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1 毛

 今日から新しい生徒の家庭教師の担当が始まる。耳年増(みみどしま)京香(きょうか)さん高校二年生。今は三月だから、新高校三年生と言ってもいいかもしれない。


 女の子の担当は初めてだから少し緊張する。とりあえず、今日は勉強よりも、生徒と打ち解けることを目標に頑張ろう。


「不束者ですが、ご指導のほどよろしくお願いいたします」


 担当の子は、真面目で控えめな性格の子だった。かと言って、無口なわけではなく、聞いたことには答えてくれるし、分からないところは質問してくれる。本当に教えやすい理想的な生徒だった。


「それじゃあ最後に、いま教えたところの演習問題を解こうか。わからないことがあったら聞いてね」


 彼女はコクリとうなずき、黙々と解く。なんて素直で良い子なのだろう。やはり、良いところの子は礼儀作法をしっかり仕込まれているに違いない。うちの妹たちにも見習ってもらいたいものである。さて、彼女が演習問題を解いている間は暇だから、大学のレポートでも書いて時間を潰しておこう――――。


「先生、終わりました」


「早っ! 本当だ。全部解き終わってるし、たぶん全部合ってるよ。頑張ったね」


 正直、引くほど速い。僕が現役の時、彼女ほど早く解けただろうか。いや、今勝負しても負けるかもしれない。


「ありがとうございます。次は何をするのでしょうか?」


「今日はこれでおしまいのつもりだったけど、一時間も余ってしまったね。少し休憩しようか」


「きゅうけい…休憩!? わ、わたし初心者ですので、お手柔らかにお願いします」


「いったい何の話!? 勉強をやめて、ゆっくりお話でもしようって意味だよ!」


「失礼しました。大学生は性欲の権化だと母から聞いておりましたので、少し早とちりしてしまいました」


「びっくりするよ、もう。しかし、演習問題解くの凄く早かったね。おそらく僕よりも早いし正確だと思うから、自信もっていいと思うよ」


「えへへ、褒めても何も出ませんよー」


 彼女が撫でてほしそうに頭を突き出してくる。艶々の長い黒髪を乗せた小さな頭は触りたくなるほどの美しさだが、セクハラ判定されたらたまったものじゃない。


「さっきの話を聞いたばかりなんだから、頭なら撫でないよ。こんなことで捕まってる場合じゃないからね」


 彼女がしゅんと項垂れる。


「そ、そんな。私、髪のお手入れにはかなり気を使っている方なのですが…。ショックです」


「違うよ! 君の髪の毛を触りたくないから、頭を撫でないと言っているわけではなくて、世間体が気になるから撫でないんだよ。その…君の髪はとてもきれいだと思うよ」


「へ! まさか体毛に興奮するご趣味がおありで!?」


「そこまで極端なこと言ってないよ! 男の子が女性の綺麗な髪を見て美しいと思うのは、一般的な価値観じゃないかな。桜や紅葉を見て美しいと感じるぐらいに。女の子は髪を見ても、そうでもないの?」


「確かに。私も女優さんや友達のサラサラの髪に見惚れてしまうことが良くあります。どうして、長くて艶々の髪は魅力的に見えてしまうのでしょう?」


「なんか本能的に魅力的に見えるらしいよ。長くて綺麗な髪を作るには、バランスの取れた栄養を長期的に摂取してる必要がある。つまり、髪がきれいな人は、健康である確率が高いから本能的に魅力的に見えるらしいよ」


「それで、長くて美しい髪に見惚れてしまうわけですか」


「そゆこと。どっかの人類学者の予想だけれどね」


「もう一つ、髪の毛に関する疑問があります。お聞きしても良いですか?」


「なんでもは答えられないけれど、気になるから聞くよ」


「どうして頭に生えている髪の毛は綺麗に見えるのに、床に落ちている髪の毛は汚く見えるのでしょうか」


「…たしかに」


「もともとは、どちらも頭に生えていた髪の毛さんたちです! 見た目も一緒なのに、ただ抜け落ちたというだけで、差別するのは良くないと思います」


「たかが髪の毛なんだから、そこまで感情移入しなくても」


「いいえ、よくありません。百歩譲って、抜け落ちた髪の毛さんは天寿を全うしたので仕方ないとします」


「えらく熱く語るね…」


「しかし! 生えているムダ毛を汚いと言って、髪の毛と差別するのは許せません。人間の進化の過程で残ってきたものなんですから、必ず役に立つ理由があるはずです」


「うーん…。ムダ毛っていうぐらいだから無いと思うけどなあ。てか、僕たち今日、初対面だよね? もうちょっとソフトな話題にしない?」


「だから、ムダ毛処理や脱毛をしている女子が許せません。剃刀なんて肌の角質層を傷つけますし、剃った後はチクチクします」


「僕の話が届いてないなあ。そうは言うけれど、君の太もも、えらい綺麗だよ。チクチク感も知っているてことは、お手入れしてるんじゃないの?」


「な、何バカなこと言っているのですか! 私にムダ毛なんて、生まれたときから一度も生えてきたことがありません。皆さんより、一足お先に進化させていただきました」


「なんかさっきと言ってることが矛盾しているような気がするけれど。ホントかな? 近くで見ると、黒い点々が見えるけど」


「わーわー違います! これはホクロ、シミ、そばかす的な何かですからっ! なんたって私パイパンなんですからね!」


「ちょ! いきなりなんてこと言いだすんだよ。恥じらいを持て!」


「じ、実はわたし…パイパンなんです」


「やっぱり恥じらいを持っても言っちゃダメ! もうどっちでもいいから話題を変えよう」


「信じていただけないなら、こうですよ。ほら!しっかり目に焼き付けてください!」


「とんだ大ハズレの生徒じゃねえか」

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