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第6話『ティコ』


 〝にしししし〟と太陽の様な笑顔をこちらへ向けて、十二歳くらいの少女が語り掛けて来る。確かに笑顔は可愛いが見た目はガキなので対象外である。これなら緊張をすることも無い。


「あたいはティコ。にーちゃんこんな所でワークロに餌なんてやって何してるんだい。危ねーぞ」

「すまん、助かった。俺の名前は美空井烈みそらいれつだ。ちょっと面白そうだったから餌をやったら、えらい目に合ってしまった」


 それにしても、この鳩の様な生物はワークロと言う名前なんだな……。


「あいつら結構狂暴なんだ。油断してたら血まみれにされっぞ」

「そうなんだ……」


 ――危なかった……いや、すでに少し血が出てる。今度からは気を付けよう。


「そんでにーちゃんはここで何してたんだよ」

「ん? いや、市場の方に行って宿を探すつもりだったのだが……」

「そうかい、だったらそこの大通りを〝日の出門〟へ向かって進めば何軒か見つかるぜ」


 そう言ってティコは東に見える大きな通りを指さした。


「なあ、どこの宿が安くて美味いんだ」

「美味い? この街で食事を出す宿は貴族街のホテルだけだぜ、にーちゃん」

「そうなのか」

「この国の決まりじゃあ料理は資格を持った料理人が作らないといけないんだ。だから大きなホテル以外料理は出さねえよ」

「ふーん、それなら料理屋はどこが美味いんだ」

「うーん、教えてやってもいいけどな……。あたいはこれから晩飯釣りに行くとこだったんだ」


 そう言ってティコは手に持った棒をこちらに向けた。先端に乱暴に糸がくくり付けられている。どうやらこの棒が釣り竿のつもりらしい。


「だったら宿も教えてくれたら飯おごってやる。どうだ」

「やった!」


 こうして俺はティコと連れ立って、東にある市場の方へと歩いて行った。



 ティコに聞くとここは日の出門市場通りという名前らしい。

 つい数日前までは戦争前という事で物凄い活気があったという話だ。だが、いよいよ本格的に開戦前となり、今では多くの店が閉まっている状態なのだそうである。


「それでも野菜とかは毎日農家から送られてくるから、何軒かは元気に店を開けてんだよ」

「ふーん、そうなんだ」


 確かに数えるほどの露店が通りに出ている。そのほとんどが野菜や魚などの生鮮食品を扱っている店のようだ。逆に衣料や生活雑貨のお店はまるで見かけない。


「なあ、ティコ。他の店はどうしたんだ」

「さあ? でも、お金のあるやつは安全な他の国に逃げて、お金のない奴は田舎に隠れてるって話だぜ」

「お前は避難しなくても良いのか」

「うん、あたいはこの街の孤児なんだ。だから避難する場所なんて最初からねーよ」

「孤児?」

「ああ、去年親父が国境沿いの戦で負けて死んじまった。今は国から兵隊に支給される補償で生活してる」

「そうなんだ……」


 うかつに質問してしまった。結構重たい話だった……。


「あんま気にすんなよ、にーちゃん。どうせオヤジが生きてるときもあんま家には帰ってこなかったから生活は変わってねーんだから」

「そっか……」


 十二歳程度の子供に気を使わせてしまった。はずかしい。


「おっ、そこを曲がったとこのお店だぜ」


 そう言ってティコは元気よく駆け出した。

 どうやらこの国の子供はしたたかで元気らしい。ほほえましい事だ。


「何人の顔見てニヤニヤしてんだよ、気持ち悪りーな」


 そして、口も悪いようだ。



 この店の名前は〝市場の飲んだくれ亭〟というらしい。この世界に来て初めて文字が読めない事に気が付いた。看板の文字が読めなかったのだ。会話は普通にできるのに。何故? メニューも読めなかったのでティコに適当に頼んでもらった。


 間仕切りの無い広く喧騒に満ちた店内。至る所に天井からランプが吊り下げられている。ニ十席以上あるテーブル席にカウンター。そのほとんどに客がいて主にお酒を楽しんでいるようだ。カウンターでグラスをぶつけ合う音や、テーブルに座る女性の話し声が聞こえて来る。


 この街の名物は魚の料理だそうだ。この王都ルクリアーは南が海に面している。そこで採れる新鮮な海産物が自慢との事だ。


 頼んだ料理が運ばれてきた。

 アジのような魚の塩焼きと赤身魚のクリームシチュー。切り身のムニエルのような料理もある。そして、主食は異様に硬いパン……これは大きめのクラッカーと言った方が良いかもしれない。それぞれを二人前頼んで銅貨三枚という値段らしい。


 ちなみに貨幣は十石貨が一銅貨で、十銅貨が一銀貨であるらしい。価値的には銅貨一枚千円程度になるようだ。

 早速、料理を頂くことにしよう。


「うん、うまい」


 どの料理にもハーブが使用されていて独特の香りがあるが、レストランで出されるような味付けでは無く、どこか家庭的なホッとする味なのだ。スーパーの半額弁当やカップ麺で鍛えられた俺の舌でも美味しく感じられる。


「そうかいそう言ってもらえると紹介した甲斐があるってもんだぜ、にーちゃん」


 そう言いながらもティコは脇目も振らずガツガツと食べている。


「ティコ、もうちょっと落ち着いて食えよ」

「馬鹿だなー、ご飯は食べられる時に食べるんだ。そう親父が言ってたぞ」

「お前の親父さんは兵士だったからそうだろうけども、お前はもっと落ち着いて食え」


 そして、馬鹿はお前だ。


「わかったよ」


 今度は落ち着いて食事を始めたティコが、内緒話をするように手を立てて囁いた。


「そんで、にーちゃんは何でこの街に来たんだよ。こんな時期に……只の観光じゃないんだろ」

「一応、巡礼で来てる」


 俺は右手に持った先割れスプーンを止めてそれに答える。


「そいつは嘘だな」

「どうしてそう思う」

「巡礼者なら真っ先に神殿に顔を出すもんさ。それにそんな変な服は着てないぜ」

「変なって言うな。これが俺の普段着だ。まあ、観光だよあと四日この街に滞在して出発する」

「ふーん、だったらあたいが観光案内してやろうか。ただし駄賃を弾んでくれたらだけどな」

「いくらだ」

「一日、銅貨一枚でどうだ」

「それなら明日お願いするよ」

「やった! でも失敗したな、もっと吹っ掛けておけばよかったぜ。にししし」


 そう言ってティコは屈託のない笑顔を向けた。


 本当にこの街の子供は《《したたか》》だな……。


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