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第20話『日の入り門』


 それからは二人で部屋に戻り、朝を待った。

 日の出と共に起きだして朝食を作る。今朝は麦粥にしておいた。

 大麦をよく研いで五倍ほどの水を足し鍋で炊いていく。二十分ほど煮込んだところに細かく切った乾燥ワカメを入れお塩で味付けした。粗削りな魚粉を振りかけながら頂く。


「にーちゃん、よくこんな料理、知ってるな」


 ティコが驚いた風に声を上げる。


「適当だよ」

「ふーん」


 普通のお粥にワカメを入れただけなので料理と言うには心苦しい。もしかして、この世界は調理法があまり確立されていないのだろうか? さて、今日はこれからどうしよう。


「なあ、ティコ。この街の状況が分かる場所は無いか」

「うーん、それなら日の入り門の兵士の詰め所かな」

「その辺の兵隊さんじゃ駄目なのか?」

「中央広場にいる兵士たちは周囲の村や国境に常駐してた人たちだよ。街の状況はわからないと思う」

「そうか、食べたら行ってみるか」

「うん、わかった」


 今は少しでも情報が欲しい。何か行動を起こすにしても情報を仕入れてからの方がよいだろう。


 朝食を終えゆったりとお茶を飲み食器を片付けてから家を後にした。


 一般兵舎街の低い壁を越え中央広場の南端まで歩いた。兵士たちが皆、せわしなげに働いている。「仕上げたぞ、こいつを西門持っていけ!」「予備兵は東だ! 東へ行け」「槍ももってけ!」あちこちから怒号が上がっている。これは近づかない方がよいだろう。


 俺たちは広場の南端を掠めるように日の入り門へ向けて歩いた。住宅街らしき裏道を進む。

 この辺りは住居が多い所為か、人気も無く静まり返っている。時折、離れた通りを走る兵士の足音だけが響いている。

 その時、服の中、トレーナーの胸元がブルッと震えた。


「ひゃあ!」


 思わず変な声を出してしまった。


「な、なんだい、にーちゃん急にやらしい出して」

「いや、何でもない……」


 別にやらしいことはしてないぞ。ちょっとびっくりしただけだ。


 どうやらティコには聞こえて無い様である。骨伝導式というのは本当だったようだ。服の中へ隠した骨伝導式通信機リベレーションから声が聞こえた。例の稲田姫の声でなく機械的な音声で〝定時連絡、定時連絡……。〟と聞こえてきた。


 〝ホーネス王国王都ルクリヤーの貴族街では聖女を発見できず。貴族街では聖女を発見できず。引き続き王城内の探索へ向かいます。〟と日本語の音声が流れた。


 ――成る程、ほかの社員達はこうやって情報共有してたんだ……。そして、他の社員は貴族街にいるのだろう。仕事をしていないのでちょっと罪悪感に駆られる。

 俺たちは細い路地を西へと向けて歩いた。


 街の外壁が見えてきた。高さ五メートルほどの石造りの壁の上に弓を持った兵士たちが並んでいるのが見渡せる。様子から察するにまだ戦闘は始まっていないようだ。

 しばらく歩いていると外壁にぴったりと付く形で建てられた、ビルのような三階建ての建物が見えてきた。


「にーちゃん、詰め所はあれなんだけど……」

「ああ、わかってる」


 さすがに状況を聞きに行くのは躊躇われる。建物の前に大勢の槍を持った兵士が緊張感のある雰囲気で佇んでいる。穂先を砥石で磨く兵士。怒鳴り声をあげながら矢を抱えて走る人たち。塀の上では兵士たちが弓を持ち身を屈めて移動をしている。


 見ただけでもわかる、もうあの壁の向こうには敵がいるのだ。これはいつ戦闘が始まってもおかしくは無い状況だ。事情を聴くどころか近づくことさえ躊躇われる。


「これは駄目だな。一旦帰るか」

「うん」


 戦闘に巻き込まれでもしたら大変だ。俺たちは急いで来た道を引き返し始めた。

 少しでも安全な場所へ……。俺は歩みを止めた。


「なあ、ティコ。貴族街に逃げ込む方法は無いか」

「にーちゃん、それは無理だぜ。街から貴族街へ行くには中央通りの英雄の門を通るか、色町の花の門を通るかしかないんだ」

「他には? 例えば下水道とか……」

「確かに中央通りの西側の小川から下水道に入れるけど……。そもそもそこを警備してない訳ねえだろ。あたいでも知ってる。無理だよ」

「そうか……」


 俺たちは再び家へ向けて歩き出した。貴族街や王城には近づけない。もし、会社の人間に合流が出来れば安全が確保できるかもしれないと思ったが無理そうだ。だとすると……。


「な、どうして街の人たちは皆、神殿に避難してるんだ」

「どうしてって……」

「だって、別に安全になる訳でもないんだろ」


 〝はぁ~〟とティコは呆れ果てたようにため息をついた。


「そりゃ自分の信じてる神様に祈りをささげるためだろ」

「そんなものなのか」


 俺は無神論者なのでその辺の感覚はよくわからない。


 ティコにはさらに大きなため息をつかれてしまった。


「よくにーちゃんを門番が通してくれたな……」

「ん? 通行証を出したら普通に通してくれたぞ」


 少しは揉めたけど……。


「それ、ちょっと見せてくれよ」

「ああいいぞ。通行証……と」


 俺はそう言いながらウエストバックに手を突っ込み通行証を引っ張り出した。


「にーちゃん。一体なに者なんだよ……」


 ティコが通行証を持った手をワナワナと震わしている。


「どうした」

「これ! アウケラス神の〝聖紋〟が押してあるじゃねえか!」


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