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昆虫オタクと神社の娘【完結済】  作者: 藤倉楠之
第七章 波乱のチャリティ・ガラ

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69 天秤のつり合い

 フロアの片隅に設けられたステージでは、次々と寄付された品物が紹介され、オークションに移ろうとしているところだった。


 品物は様々だった。地元企業が用意した自社製品の詰め合わせや菓子などの比較的実用的で手ごろなもの。父が提供した絹織物も、拍手で迎えられていた。ハンドメイドらしいニットやアクセサリー、パッチワーク。桐江さんと交流のあるアーティストの提供した絵画や切り絵といったアート作品や、陶芸、ガラス細工、中には彫金作品まであった。


 ステージがスポットライトで明るく照らされて、周囲のフロアの照明が落とされていた。窓の外も夕暮れが近づいてきたせいで、ステージが水族館のライトアップ水槽みたいに浮き立って見える。


 チャリティーオークションの主役は、桐江さんのご友人方と、実業家やメディア関係の年配の人たちだった。紹介されたものを拍手や歓声で盛り上げ、何に入札しようか、などと近くの人たちとおしゃべりに興じている。


 オークションにはさほど興味のなさそうな人たちは、料理のテーブルのそばで談笑したり、窓の外で時折光る、季節の名残りの蛍を指差して歓声をあげたりしていた。


 そうか、蛍は都会の人には珍しいか。もう一か月早ければもっと見事だっただろう、と思ってしまうのは田舎育ちの性である。今はもう八月の半ば。蛍のピークは六月下旬から七月なのだ。


 わたしたちは、オークションの参加者からも、食事の提供されているテーブルからも少し離れたところで立っていた。飲み物を置いておしゃべりを楽しめるよう、点々と配置された小さいテーブルのあるあたりだ。


 テーブルにそれぞれ飾ってある花は、会場の他の装飾と統一された、ブルーと白が基調のアレンジメントだった。トルコキキョウやグラジオラス。ユリの仲間。アザミみたいな形の青い花は、名前もよく知らない新顔の種類だった。所々に差し込まれた、ミニヒマワリや紅花、マリーゴールドの山吹色が元気なアクセントになっている。


 ユリが好きな桐江さんの気まぐれに振り回されつつ、花屋さんとアレンジメントの相談をしたエピソードを面白おかしく話してくれた後で、ツクモはちょっと心配そうにわたしを見た。


「ふみちゃん、疲れてない? ちゃんと食べられた?」


「うん。お姉さま集団があれこれお勧めしてくれてなんか色々少しずつ」


「ありがとう、相手してくれて。母もすごく喜んでた」


「いや、どう考えても、相手してもらって、お世話してもらったのはわたしの方だからね。こういう場は右も左もわかんないんだなって実感しちゃった。我ながら無茶したよ。ツクモに迷惑かかってないといいんだけど」


 本心だった。異世界とはよく言ったものである。どこかで根本的な常識や前提がきっとずれているのに、どこまで会話が進んでも全くそれが目に見えないのだ。一歩踏み出した先にあると思っていた床が薄い氷の板で、足をのせた瞬間に踏み抜いてしまうかもしれない、という感覚にも似た、漠然とした恐怖がずっとあった。


 やっぱり、ツクモはわたしとは違う世界の人なのかもしれない。これまで、ツクモのことを浮世離れしてると思っていたし、由奈ちゃんともそんな話を少ししたけれど、来てみたらこちらの世界で完全に浮いているのはわたしのほうだ。


「迷惑だなんて全然。さっきおふくろとしゃべってるの小耳にはさんだんだけど、藤原さん、ふみちゃんのことはべた褒めだった。いつも辛口なんだけど」


「じゃあ、お花のおかげかな。みんな見たいものを見るんだよ、きっと。小さい頃からよく知ってる、かわいい文史朗君にいいことがありますようにって、お姉さま方はずっと思っているんじゃないかな。そのせいで、ツクモがくれたお花が、乙女なお姉さまたちの目に、わたしがツクモの理想のガールフレンドに見えるような魔法を掛けちゃったんだと思う」


 わたしは、ステージ付近で楽しそうにしている、往年の、いや永遠の乙女たちを眺めた。何人かの家族ぐるみの長い付き合いらしいお姉さまは、嬉しそうにツクモが小さいころのちょっとした話も色々教えてくれた。彼がこういう周囲の人たちから、すごく可愛がられて素直に育ってきたのがよくわかる。


 本当はわたしはそんなに釣り合う女の子じゃないと思う。なんでもできて、生まれも育ちもよくて、性格もまっすぐなツクモには。お姉さまたちの気遣いに、どんどん申し訳なくなって、いたたまれなくなってきたのは確かだった。否定しても否定しても、お姉さまたちはわたしがツクモのガールフレンドだと勘違いしてるし。


 ツクモはちょっとむっとした顔をした。


「また、映画みたいに難しい話になった。わかんないよ。わかるように説明してよ」


「なんで? ツクモがくれたお花が、わたしを本物よりいい子に見せてくれたって言っただけだよ」


「ふみちゃんはいい子だから。見せるも見せないもないから、意味が分からない。オレにとっては、最高の友達だよ。ふみちゃんは女の子なんだから、理想のガールフレンド、で何が違うの」


 うん。乙女軍団が期待しているガールなフレンドは、そういう文字通りの意味ではないと思う。でも、ツクモだから、そこの機微が分からないのはしょうがないか。


「金山の言ったこと、まだ気にしてる? 取り入ろうとしてるとかなんとか。あんなのどうでもいいよ。あいつ、家柄がどうとか、そういう意味のないくだらないことばっかり言うんだ。でも、あいつのお祖父さんがやたらそういうこと言いたがる人だから、あいつもちょっと気の毒なんだけど」


「そうなの?」


「オレは金山翁はあまり好きになれない。たまにこういう席で会うけど、すぐ、血筋がとか、家柄がとか言う。そのくせ、実力主義だと言って、あいつのお兄さんたちはずいぶん競争をさせられたらしい。あいつも、お母さんが奥さんじゃないし、十歳を過ぎてから引き取られたから、その面でまず血筋が悪い田舎育ちで後れを取ってるとか、合理的じゃないことをお祖父さんからたびたび言われてたって。お兄さんたちよりよけい実績を見せなきゃいけないみたいなプレッシャーがあるらしいって兄貴が言ってた」


「ツクモのお兄さんが?」


「兄貴は金山のお兄さんたちのうち、一番年下の人と中高で同級生だったから。小さいころから友達付き合いをしてる。家でそういうことを言われるせいなのか、あいつは学校では逆に、金山家の血筋とか家柄とかを鼻にかけて自慢するみたいなところがあった。オレはよくそれで絡まれた」


 わたしは、チャリティーオークションで盛り上がっているあたりから少し離れた壁際で、面白くもなさそうに舞台のほうを見ている金山さんの遠い横顔を見た。


「お父さんは?」


「亡くなってる。亡くなってからずいぶん後にリョウキとお母さんが見つかったから、家の中がもめたって」


「金山さん、名前、リョウキっていうんだ」


「うん」


「色々複雑なんだね」


「らしいね。うちはそういうのとは無縁だからよくわからないけど」


 仲良しのツクモとお兄さん。しっかりと会社と家庭の舵を取っているであろうお父さん。社交界で堂々と花形をはるお母さん。しかも、たっぷりとツクモに愛情を注いで、好きなことをのびのびやらせつつも、本人が苦手で嫌がるこういう場にもちゃんと連れてきたり、礼儀作法をびしっと身につけさせたりして、いろんなことを経験させている。さらにツクモは勉強もできる。見た目もいい。見た目は金山さんもなかなか華やかな人だけど、気を遣って磨き上げたみたいな華やかさで、ツクモの、清潔感はあるけど無造作で無頓着な感じとは全く違った。


 金山さんには、ツクモがどんな風に見えていたんだろう。


 お兄さんたちとは緊張関係。お父さんはいない。お母さんは肩身が狭い。おじいさんは、最初から彼の出自をけなしているくせに、人一倍の実績を求めてくる。


 金山の家は築井の家より格が上だとよく言っていたね、とさっきツクモは金山さんに言っていた。でも今の企業規模から言えば、ツクボウの方がよっぽど大きいはずだ。そういった家同士のライバル意識の因縁の相手であるツクモに勉強でまったく勝てない、となったとき、金山さんの家での立場は、競争心の強いおじいさんから掛けられる言葉は、どんなものだったのだろう。


 さっきわたしが感じた、いたたまれなさ、周囲との天秤の釣り合わなさを、金山さんは十代の早い時期から何十倍もの強度でずっと感じて、そこから逃げ出すこともできずに生きてきたんだろうか。ツクモにわたしが釣り合わない、というさっきの暴言は、とりもなおさず金山さん自身が急におじいさんの家に引き取られて、そこでしたたかに味わわされた矛盾や傷つきの残響だったのだろうか。


「ふみちゃん、なんだか悲しい顔になってる」


「うん、ちょっと考えちゃった」


「何を?」


「もしわたしが金山さんの立場だったらとってもきつかっただろうってこと」


「そうかもしれないけど、だからってふみちゃんにひどいことを言っていいってことにはならない」


 ツクモは険しい顔になった。


 そりゃそうだ。同様に、ツクモにはツクモの苦労があったわけだ。――友達付き合いが上手くできないとか、相手や自分の感情をうまく読み取れないとか。金山さんがいくら大変でも、ツクモに意地悪をしていい理由にも一切ならない。


 そのときだった。

 ふいに、会場の一部で悲鳴があがった。


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ヘッダ
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フッタ

― 新着の感想 ―
[気になる点] なんだかなぁ、金山君があの子とダブる(ぇ [一言] それはそうと悲鳴ですと!?(゜Д゜;)
[一言] そうですね。自分がつらい思いをしたことが人に嫌がらせをしていい理由にはなりません。 そして、悲鳴は?
[良い点] 何だかんだと言っても、郁子さんも結構ニブイ。 普通の男性ならば、好意を抱いていない異性との距離を詰めようとはしないものです。 勿論、好意の種類が必ずしも恋愛感情ではなく友情の類であるかもし…
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