24 古文書調査のセッティング
七曜神社は、けして大きな神社ではない。鳥居からまっすぐ正面に、ご神体を安置している正殿と、御祈祷などの際に立ち入る拝殿がつながって建てられた社殿がある。小さなあずまやの下に作られている手水場で清めをすませ、鳥居をくぐって社殿を正面に拝した時、右手にあるのが社務所だ。常時開けておける人手はないが、インターホンをおいて、参拝客の求めに応じてお札や絵馬、お守りを授けたり、父が対応できる時には御朱印を書いたりする。社務所の中には、他に、季節ごとの行事に使う道具や古い記録類を保管する保管庫、お囃子の練習や祭り壮年・青年部の集会に使う板敷の広間などがある。神社の建物はその二つだけで、そこから少し離れたところに、私たち家族が住む家が建てられている。
林間の予備調査を終えた翌日の朝、わたしとツクモは、社務所の広間で、ツクモが持ち込んだ撮影機器のセッティングに右往左往していた。
「ふみちゃん、これ、電源につないで」
「まだ電気使うものあったの? ケーブルそんなに長くないから届かないよ」
「延長コードとか貸してもらえる?」
「こんなに長いのあったかなあ。もう少し壁際じゃダメなの?」
「それだと画面が暗くなる」
「えー? なら長い延長コードも予算で買っておけばいいじゃん。これだけの撮影機材を持ち運ぶんなら、延長コード一本増えたところで荷物は大差ないでしょ」
「今後はそうする。今日はここにあるもので何とかしないと。うーん、でもこれが繋げないとなると、今日はこれ以上進めるのは無理かなあ」
腕を組んであきらめ顔で言われると、こちらも反骨心が沸く。
「待って。なんか、どっかで見た気がする。あの、ぐるぐる巻くやつ。ドラムコード。お祭りの休憩所を設置するとき、使ったはず」
わたしは保管庫に戻ると、祭り関係の備品をしまっている棚を漁った。目的のものはほどなく見つかった。
「あったよ」
片手に下げて広間に戻ると、ツクモが大げさな拍手で出迎えてくれた。
「さすがふみちゃん! 後光がさして見えます」
「調子いいこと言うんじゃないよ、自分の準備不足を棚に上げて」
わたしは毒づきながら、言われたコードをつないでセッティングを進めた。困った様子についほだされて、また、ツクモのいいように転がされてしまった。ストレートな笑顔でほめてもらって、少し気分が上向く。その自分の単純さにあきれてしまう。
とはいえ、昨日一日歩き回って相当疲れていたのか、夕食を食べ終わってツクモを見送った後は、わたしはテレビもスマホもそこそこにベッドに倒れ込むと、朝までぐっすり眠ってしまった。ツクモはここから一時間かけて運転してS市まで帰り、朝はこれだけの道具を車に積み込んで戻ってきたのだから、わたしより確実に二時間近くは早く起床しているはずだ。怠惰な大学生と違って、社会人は仕事熱心である。ここまでわざわざ来たのだから、今日の作業時間を無駄にさせるわけにはいかないだろう。転がされた、などと子どもっぽい不満を抱えるよりは、ボスの準備不足をフォローするのは助手の務めだと大きく構えることに決めた。
「向きはこれでいいの?」
「そのアームが窓の反対側になるように置いて。そうそう。あとは、こっちの設定をするから」
ツクモは、学校で先生がスクリーンに教科書やレジュメを投影したりするのに使う実物投射機によく似た機械に、ケーブルでノートパソコンを接続し、なにやら作業していた。もっとも、大学や高校で使っていた、授業のたびに先生が抱えて持ってきて、教卓の上にのせて使えるものよりは、格段に大きい。平らな台の側面から、照明スタンドのアームによく似たくの字に折れ曲がるアームが上に伸び、そのアームの先端にレンズのついた構造体が取り付けられている。レンズは下を向いていて、アームの曲げ具合とアーム先端の構造体の角度をうまく合わせれば、台の上に置いた物体を真上から撮影できる仕組みだ。影ができないようにだろう、レンズの横には、台を明るく照らす、LEDと思しきライトも仕込まれていた。
「この台の上に古文書を置いて撮影するんだ。糸で綴じられている場合は、開いてガラス文鎮で押さえて。とりあえず、読み込みに必要なアプリが走ることは確認できたから、あとはどの文書から読み込むかの選定だなあ」
ようやくパソコンから顔をあげたツクモが説明してくれた。
「父が、閲覧していい文書はそこに出してくれてあるよ。江戸時代と、それより前のものに絞ったって言ってた。ちょうどこのごろ、土用の虫干しの時期だったから」
わたしは部屋の隅を指さした。蓋付きの大きな木箱がいくつか、整然と並べられていた。
「デジタルアーカイブにはいろんな分野の先生が関わってるから、閲覧可能なものはできれば一通りデータ化したいんだ。でも、ありがたいことに数がかなり多いから、オレが興味のあるやつから優先的にやってもらおうかな」
作業用に、折れ足の長座卓を二つ出してきて設置すると、ツクモはわたしに、パッケージに入ったままの白い手袋を放ってよこした。
「ふみちゃんも、これつけて。日本文学科でしょ。手分けして一緒に目を通してよ。目的は、この神社の昆虫に関係する記録」
「大ざっぱだなあ」
文句を言いつつも、わたしも楽しみになってきた。自分が生まれ育った神社でありながら、今まで、こういう記録に興味を持ったことはなかったのだ。
受け取った手袋をはめると、箱を開いて、一番上にあった記録から順に取り掛かった。
内容が半分くらいしか理解できないもの、崩し字が達筆すぎてわたしには歯が立たず、即、ツクモに回すものもあった。しかし、ものによっては、かなり明瞭な字で書かれていたり、瓦版のような印刷物もあったりして、さほど苦労なく大意を読み取れるものも出てきた。読み進めるうちに少しずつ、目の前の文書が伝えてくれる古い時代の記憶が、自分の中に文字と言葉を通して再現されていく感覚に魅了され、わたしは夢中になって読みふけっていた。
庄屋の家から届いたウンカの被害を伝える文書や、当時の神職が行った祈祷のおかげでカメムシの大量発生がおさまったと感謝を述べる手紙などは、ツクモが興味ありそうな分類に入れる。近隣の里から持ち込まれたらしい、庄屋の娘と藩主の側室の息子の縁組に関する相談について、当時の神職が書き留めたらしいメモは、後日改めて、の分類に。歌舞音曲が好きな、相当なドラ息子だったらしく、神職は庄屋の娘の苦労をおもんぱかって、縁組に反対したかったようだ。ちょっと笑える。読み進めるうちに、その縁組のその後がわかるメモ書きも出てきた。ドラ息子と庄屋の娘は結局祝言を挙げたが、庄屋の娘が一枚上手で、ドラ息子の道楽をほどほどに泳がせつつ、きっちり領地経営にも取り組ませて更生させた顛末に、神職が舌を巻いて感心した様子がつづられていた。幸せになったらしい。よかったな。
わたしもツクモもすっかり黙り込んで、それぞれの手元の資料に没頭していた。精読するのではなく、ざっと目を通す、というスタンスで、次々と資料を分類していく。ツクモのほうがよっぽど作業スピードは早かったが、わたしもそれなりには貢献して、目の前の資料の山が四分の三くらい、分類済になったころだった。
「ふみちゃん、これ。見て」














