27羽 恋心を隠した天使
次の街に立ち寄った私達を待っていたのは、あちこちに設置された天幕だった。それは駐屯する軍が作った臨時の営所。
街の宿では入りきれなかったのだろう。街の外に張られた天幕の多さに、私達は驚いた。と同時に、私は「失敗した」と思った。
「本当に軍が動いていたんだな……」
実際に目にしたカレルドは、噛み締めるようにつぶやいた。
掲げられているのは、カレルドの居た砦で見たのと同じ旗。敵軍ではないのは分かる。だが、軍が居るという事は、そこにやってきたカレルドがその部隊に編入されてもおかしくない、という事だ。
部隊の独立性というものがあるかもしれないが、戦争という緊急事態でそれが何処まで通用するのか。カレルドの休暇は終わり、戦争に連れて行かれるかもしれない。そうなった時、私はこの街に放り出され、途方に暮れる。
私は頭を振った。
何を自分の事ばかり考えているのか。ここでカレルドと分かれる可能性が高ばかりか、戦争に連れて行かれて命を落とすかもしれないではないか。
「カレルド……この街に寄るの止めよう……」
不安で一杯の声にカレルドは気付いただろうか。
「今更引き返したら怪しまれるかもしれない。それにここに寄らなかったら野宿になる……」
「野宿でもいい……。ここに寄ったら……」
私はその先の言葉を飲み込んだ。
『ここに寄ったら、カレルドと一緒に居られなくなるかもしれない』
それは言えなかった。隠した言葉が己の恋愛感情から紡ぎ出されたものだったから。
「彼らが味方なのは分かってる。けれど、協力してくれるとは限らない……」
誤魔化し、嘘をついた。
「何か情報が……」
腰に回した震える手が抗議していた。それに気付いたのか、カレルドは言葉を止めた。
「……分かった。そこの森を抜けて少し大回りして行こうか」
カレルドが馬首を返し、街道を外れようとした時だった。
「ちょっと待て!」
呼び止められた。周囲には前方に居た人物以外には私達しか居ない。
「……何か?」
カレルドは様子を伺うように、鎧を纏った声の主を見る。相手は馬をゆっくりと歩かせて、寄って来た。
「何だ、カレルドか! 怪しい奴か敵かと思ったぞ」
声の主は兜のフェイスガードを跳ね上げ、笑顔を覗かせた。
「ミルフィオか。久し振りだな」
ほっとしたようにカレルドの力が抜けたのが、背中越しにも分かる。
「お前の配属先はエストアーノ砦じゃなかったか? 何でこんな所に居るんだ?」
「……ああ、休暇中でな」
カレルドは短く答えた。戦争について触れない方が良いと判断したのかもしれない。
「……お知り合い?」
私は脇の下から、ひょいと顔を出した。
「ああ、こいつは同期で悪友だ」
「悪友……って、ん? このお嬢さんが話しに聞くお前の婚約者か?」
「あ……いや、違う……」
気まずそうに答えたので、悪友さんは何かを勘違いしたようにニヤリと笑った。
「そうか、皆には黙っておいてやるよ……」
「あ……いえ、違います。私が家族とはぐれたところを、カレルドさんに助けて頂いて……、女ひとりは危険だからと実家まで送っていただいている途中です」
私は慌てて否定した。
最初についた嘘を使って。今ではその嘘さえも、カレルドを騙しているようで心が痛い。
「ああ、じゃあ、この先には行かない方がいいな」
親指で後ろを指差すと、ミルフィオは苦笑いした。
「ん? どういう事だ?」
「戦争しているのはお前も知っていると思うが……俺はあの部隊に所属していて、この辺りの見張り巡回をしている。今、お前があそこに行けば、間違いなく部隊に編入させられる。一人でも兵が欲しいところだろうからな」
彼は予想通りの言葉を口にした。




