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ハルちゃんと校内デート

「ここが第三グラウンドだよ。体育の授業とか、体育祭、文化祭に使われるんだ」


 さすがに広いだけあって、野球部専用の第一グラウンドからこの第三グラウンドまでかなりの距離を歩いた。このグラウンドは校舎からそこまで離れていないが、第一グラウンドから歩くとなれば話は別だ。一体なぜこんな回り方をしたかと言うと――――


「お昼ごはん食べすぎちゃったんだ・・・・・・てへっ」


 という理由らしい。

 可愛らしく舌を出してウインクまでされては、従わないわけにはいかなかった。

 普段からろくに運動をしていないヒロにとってこの距離を歩くことは拷問に等しく、すでに残りの体力は0になりかかっていた。


「は、ハルちゃん・・・・・・とりあえず一回休憩しない?」


「そうだね。僕もちょっと疲れたし、第二食堂にでも行こうか」


「それって近いの?」


「うん。ほら、あそこに見えてるでしょ?」


 男とは思えないほど細く長いすらりとした指で指した方向には、真新しい建物があった。

 最近建てられたのだという第二食堂は、校舎と同じく白一色で、テラスなんかもあっておしゃれだ。


「・・・・・・カフェじゃねぇか」


 学校内の建物、まして食堂というのだから驚きである。

 中に入るとさらに驚くことになった。木目のタイルに木製風の机と椅子。メニュー板もカフェさながらだ。ドリンク一杯600円くらいしそうな、学生には少し手が出せそうにない雰囲気ではあるが、実際の所はどのメニューも手ごろな値段で、小腹をすかせた生徒達でにぎわっている。

 そんな食堂の隅の方。長机の端にいたのは、数種類のスイーツを眼前に並べて目をキラキラ輝かせている、少し恰幅のいい女子生徒だった。

 ヒロは彼女が何となく気になり、


「あの子、どこかで・・・・・・」


 眉をしかめて彼女をじっと見つめていた。


「あ~、あの子は笹宮小鳥。2組の子だね。甘いものが大好きで、放課後はよくここでスイーツを食べてるんだって」


「小鳥・・・・・・」


 ゆるふわな栗色の長髪。ぽわぽわとした雰囲気。色で例えるならパステルカラーのピンク。

 どこかで会ったような気がする。あんな感じの、小さな女の子と。


「そんな顔してどうしたの?小鳥ちゃんが気になる?だったら話しかけてみようか」


「え、いや俺は別に――――」


 だがすでにハルは、


「おーい!小鳥ちゃ~ん!」


 笑顔で手を振っていた。

 小鳥は宝石のように輝くスイーツに夢中で、どれから食べようか迷っているらしく、ハルには気づいていない。


「小鳥ちゃん!」


 ハルが近づいて行き再び呼びかけると、いちごのショートケーキを口に入れる所だった小鳥はその手を止め、


「あ~ハルちゃんかぁ~。どうしたん?」


 小鳥はフォークで突き刺したケーキを手に持ったまま、首をかしげている。

 関西なまりの甘ったるい声。やはり聞き覚えがある。


「ヒロ君が小鳥ちゃんに話したいことがあるんだって!さあヒロ君、照れてないで、ほら!」


 ハルの後ろに隠れるようにしていたのが照れていると思われたようだ。

 ヒロは慌てて訂正しようと、


「照れてなんかねぇよ!」


 と言い返したのだが、ハルはいたずらに笑い返すだけだった。


「あの~ハルちゃん。その子は誰なん?」


「あ、紹介がまだだったね。今日一組に転校生が来るって話は聞いてただろ?彼がその転校生だよ。名前は――――」


 ハルがヒロの方を一瞥。名前は自分で言え、ということらしい。


「成瀬ヒロだ」


「そっかぁ。君が転校生やったんかぁ。うちは笹宮小鳥。よろしくなぁ」


 そこまで言って、チョコレートケーキを口に入れた後、


「それで話したい事ってなんなんかなぁ?」


 唇に付いたチョコをなめとり、首をかしげてヒロを見上げる。

 ただ少し気になっただけで特に話したいことなどなかったのだが、とりあえず、


「・・・・・・そのケーキ、おいしそうだね」


 当たり障りのない無難な会話でごまかすことに。


「うん!めっちゃおいしいで!よかったら一口食べる?こっちのはまだ口付けてないし、良かったらどうぞ」


 小鳥はぽわぽわとした笑顔でヒロにチーズケーキを差し出した。

 今日一日身体と頭を酷使したヒロにとって、それは魅力的な提案だった。脳は糖分を欲しているらしく、


「あ、ありがとう。じゃあいただきます」


 机の上に置かれた、未使用のフォークやスプーンなど入った容器からデザートフォークを取り出し、三角形にカットされたチーズケーキの先端部分を一口分削った。それをゆっくりと口に運ぶ。


「!!!」


 口いっぱいに広がる芳醇なチーズの香り。適度な甘さで絶妙に調整された一級品だ。三層構造になっており、一番下のクッキーのようなサクサクの生地がいいアクセントになっている。


「どう?学食とは思えへんやろ?」


 プリンを頬張りながらへへんと自慢げな小鳥。


「ああ。これはもうそんなレベルじゃない。完全にプロの味だ」


「ぼ、僕もいいかな?」


 あまりにもおいしそうに食べるヒロを見て耐えきれなくなったのか、ハルもフォークを取り、小鳥に懇願する。

 小鳥は、


「ええよぉ」


 と一言。

 ハルもヒロと同じところから一口分削り、パクリ。


「ん~~~~~っ!」


 声にならない声を上げ、腕をぶんぶんと上下に振っている。

 その無邪気な仕草はヒロの性癖に刺さる刺さる。おかげでだらしなく口元がゆるみ、はたから見ても気持ちの悪い表情になっていた。


 あまり長居しても小鳥に悪いので、ヒロたちはケーキのお礼を言った後、食堂を後にした。

 

※※※


「あ・・・・・・」

 

 第二食堂から少し歩いたところにある、自販機が一台と木製のベンチが一つという殺風景な場所。

 そこに佇む長い黒髪の少女。まるで絵のような風景だ。そしてどこか儚く、刹那的にも思える。


「あの人は月島和葉。2組の月島涼葉さんのお姉さんだよ」


「月島和葉・・・・・・」


 手紙に書いてあった名前と一致する。涼葉と名字が同じだったからまさかとは思っていたが、姉妹とは。まとっている雰囲気も全然違う。あれは、なんというか、他を寄せ付けない感じだ。


「極度の男嫌いだから、安易に近づかない方がいいよ・・・・・・ってヒロ君!?」


「悪い!ちょっと行ってくる!」


 ハルの制止も無視して駆け寄る。


「あ、あの~月島和葉さん・・・・・・ですよね?」


 話しかけるも返事どころか反応すらない。

 ヒロのことを認識していないみたいな振る舞いだ。


「ちょっと聞きたいことが――――」


 それでもめげずに対話を試みる。

 ――――その時だった。

 左頬を隠すようにして片方だけ伸びていた前髪が風に吹かれ、下にあったそれを陽光の元に晒した。

 赤黒くただれた皮膚。見ている者を絶句させるほどひどい火傷の痕だった。


「えっ――――」


 ヒロはその様子にあっけにとられ、固まったまま動けない。

 和葉はその反応を見て、ただただ悲しそうに空を見上げ、ため息をついた。

 そして、次の瞬間――――


「があぁぁぁあああ!」


 突き刺すような激しい痛みがヒロの身体を強襲する。

 うずくまるようにして地面に倒れこんだヒロ。

 和葉は手にスタンガンを持ったまま、虫を見るような目で見下している。ヒロを襲った凶器たるスタンガンは未だバチバチと音を立てて威嚇を続ける。

 

「・・・・・・」


 和葉は凍てつくような冷たい視線を浴びせ、無言のまま去っていった。

 一部始終を観察していたハルは、大慌てでヒロの元へ駆け寄り、


「だ、大丈夫!?だから言ったんだよ!」


「ぐ・・・・・・だ、大丈夫・・・・・・さっきのはスタンガンか・・・・・・どうして・・・・・・あんなものを」


 まだうまく話せないのか、とぎれとぎれになりながらも懸命に言葉をつなぐヒロ。

 かろうじて腕には力が入ったようで、上半身を少しだけ起こすことができた。

 その様子から無事であることを確認したハルは、淡々と説明を始める。


「彼女はああして防犯グッズをいくつも持ち歩いているんだ。理由は分からないけどね。これに懲りたら彼女に近づくのはやめておくこと。いい?」

 

 眉を下げ、困ったような力強く念を押す。どうやら本気でヒロの身を案じているようだ。


「あ、ああ・・・・・・」


 ヒロは遠ざかっていく和葉の背中をじっと見つめていた。

 孤独で切ない、そんな背中を。




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