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誰も知らない転校生

 市営のバスに揺られること約30分。途中何度か乗下車のために停車を繰り返しながらようやくたどり着いたのは、山間部に建てられた、白く美しい校舎が山の緑に映える大規模な学校だった。


「おぉ・・・・・・」


 ヒロの口が自分の意志とは無関係に開いたのも、その光景の美しさと壮大さに見とれてのことだろう。

 山を切り開いて建てられたのであろう、広大な敷地に迫力満点の校舎。ヒロの目の前には鉄製の校門がどんと構えている。当たり前だがすでに生徒の姿は無く、ヒロと涼葉の二人だけが校門の前に立っていた。


「どう?なかなか綺麗でしょ?ここが逢坂高校よ」


 涼葉は鼻の穴をぷっくりと膨らませ、自分の持ち物でもないのになぜか自慢げに語る。


 校舎はコの字型の三階建て。下から順に三年生、二年生、一年生の教室が八クラスずつ設けられている。野球部・サッカー部・陸上競技部・テニス部などのメジャーな部活から、初めて聞くようなマイナースポーツ用の物まで、広大な敷地面積を最大限に利用した複数のグラウンド。他にも体育館や水泳場、武道館なども完備。文科系の部活動に関しても、生徒の力が最大限発揮されるようにと、必要なものは大抵そろえてくれている。事実、どの部活動も優秀な成績を収めている――――らしい。

 ここまではすべて涼葉の受け売りだ。バスに乗っている時、聞いても無いのに眩しいくらいの笑顔で嬉々として語ってくれた。全く、たいして興味もない話を聞かされるなんて迷惑もいいところだ。


「いや、来てみたはいいけど・・・・・・」


 ヒロはまだ戸惑っていた。転校生としてこの学校に通うということに。

 何のために?なぜ紫陽町からこの街の、この学校に飛ばされたのだろう?

 そんな疑問が頭から離れない。


「普通さ、異世界ものって言ったら、王様なり、どこぞの魔法使いなりがその経緯の一切を説明してくれるだろ?でもここはそれが無い。勝手に呼ばれた上に放置プレイって・・・・・・。不親切すぎる・・・・・・」


「そんなこと言っても、どうせ行く所無いんでしょ?転校生っていうならもう転校生で良いじゃない!それに、こういう時はその場の流れに乗っておくべきよ!じゃないとお話が進まない!」


 どうやら涼葉はヒロよりも適応が速いらしい。この状況を受け容れている。流石は中二病だ。

 まあこいつの言うことはもっともだ。とりあえずは流れに任せておくのが定石ってもんだし。


「お話って・・・・・・どうなっても知らないからな?」


「どうなるにしてもさっきのよりひどいことは起こらないはずよ。たぶん・・・・・・」


「フラグ立てるんじゃねえよ!」


「冗談はこの辺にして・・・・・・行きましょうか」


「冗談!?他人事だと思って・・・・・・っておい!聞けよ!」


 ヒロの呼び止めにも応じず、薄ら笑いを浮かべながら校内へ入っていく涼葉。

 揺れるポニーテールを追いかけ、ヒロも続く。


「やっぱ中もすごいな・・・・・・ちょっとした植物園じゃねえか」


 春と言えばお馴染みの桜をはじめ、丁寧に手入れされた木々と色とりどりの花々が出迎えてくれた。

 昇降口までの道を華やかに彩ったそれらは、ヒロの脳内を支配していた疑問の数々を一瞬にして吹き飛ばしてくれた。


「でしょ?」


 胸を反らし、自慢げな涼葉。


「なんでお前が威張るんだよ!」


 と、涼葉にツッコミを入れていると、昇降口の前に人影が見えた。

 目を細めると、スーツ姿の貧相な男が腕時計を気にしながら辺りをきょろきょろと見渡していた。

 彼はこちらに気付くとゆっくり近づいてきて、


「もしかして・・・・・・君が成瀬ヒロ君?」


「は、はあ・・・・・・」


 ヒロの方を向いて声をかけた。

 その隣にいた涼葉にも気づき、


「つ、月島さんも・・・・・・おはよう」


 ぎこちなく挨拶。

 涼葉はコクリと頭を下げるだけで、返事はしなかった。


「いや~待ってたよ。私は斎藤だ。君のクラスの担任をしている。よろしく。・・・・・・それにしてもずいぶんと遅かったね。何かあったんじゃないかと心配したよ。・・・・・・なぜ女子用の体操服を着ているんだい?」


「ぐっ・・・・・・そ、それは・・・・・・まあ色々ありまして・・・・・・」


 ここまでの経緯を説明しようにも、どこからどう説明していいのか分からない。たぶん先生には理解してもらえないだろう。

 だからヒロは戸惑うだけで、ちゃんとした返答はできなかった。


「ま、まあ無理に説明しなくてもいい。もうそろそろ午前の授業が終わるころだ。昼休みに入る前に一度自己紹介だけでも済ませておこうか」


「は、はあ・・・・・・」


 自然に、ごく自然に転校生として扱われているこの状況に恐ろしささえ感じる。

 どう返事をしていいのか分からない。


「うーん。流石にそのままの格好ってわけにもいかないから、先に着替えようか。制服はもう届いているから更衣室で着替えてね。それから教科書なんだけど、こちらの手違いでまだ用意ができていなくてね。来週には到着するそうだから、しばらくは隣の席の子に見せてもらって。じゃあ行こうか」


 斎藤はそのままくるりと踵を返す。

 だがヒロにはどうしても聞きたいことがあった。

 担任ならば転校の詳細についてなにか知っているはずだ。それが分かればこの世界に飛ばされた理由が見えてくるかもしれない。


「あ、あの」


「なんだい?」


 斎藤は足を止め、笑顔で振り返った。


「俺の転校手続きとかって、いつ、だれがしたんですか?」


 穏やかに流れていた空気の流れがピタリと止まる。


「いつ・・・・・・だれが・・・・・・」


 腕を組み、目を閉じて必死に思い出そうとするが、


「おかしいな・・・・・・よく思い出せない・・・・・・転校生の君がそれを知らないのかい?」


「・・・・・・はい」


 転校の手続きがどのようなものかは分からないが、これには違和感を感じる。仮に転校手続きが正規に行われたとして、担任の教師が何も知らないわけがない。

 そんなヒロの複雑な心中を察したのか、


「ふむ・・・・・・。気になるなら調べよう。制服に着替えたら一度職員室に来てくれるかな?」


「・・・・・・わかりました」


 ヒロがうつむきながら答えると、斎藤はにこやかにうなずいた。

 そうして止まっていた足を再び前へと進める。

 が、ヒロの足はそう簡単には動かなかった。


「・・・・・・成瀬」


 後ろからトントンと肩を叩かれ振り返る。


「あたし二組だから。なにか分からないことがあったら来なさい」


 涼葉はそう言って足早に去ろうとした。

 だがヒロはそんな彼女を呼び止め、


「ちょ、ちょっと待って!できれば放課後一緒に帰らないか?」


「なにあんた。あたしに気があるの?気持ち悪いんだけど」


 極限まで目を細め、嫌悪感を丸出しにしている。

 ヒロの心は少々えぐられたが、ここで引くわけにはいかない。


「ち、違うわ!俺のこと知ってるのってお前くらいしかいないし、この街のこともよく分からないし・・・・・・頼れるのは月島だけなんだ。頼むよ」


 涼葉は『頼れる』という言葉に眉をピクッと反応させた。

 ヒロは彼女の唇の端がかすかに動いたのを見逃さなかった。

 うれしいのだろうか、心なしか顔も赤い。


「ふ、ふーん。・・・・・・別にいいわ。下校途中の生徒が大勢いたら今朝みたいなことになりかねないし、終業のチャイムが鳴ってから1時間後にしましょう。図書館で待ってるからあんたもどこかで時間をつぶしてから来なさい」


「お、おう」


「じゃあまた後で」


 先に下駄箱へと向かった涼葉を見送り、斎藤に学校の説明を一通り受けた後、一年一組の下駄箱へと向かった。


「じゃあ靴はそこ入れといてくれるかな」


 下駄箱の端。ちょうどヒロの目線の高さほどに、誰にも使われていない箇所が一つだけあった。少々汚れてはいるが問題なく使用できる。

 赤く汚れたランニングシューズをしまい、来客用のスリッパを履いた後、斎藤と共に一階の男子更衣室へと向かった。


※※※


「おなか痛い・・・・・・」


 思った以上に斎藤と話し込んでしまったので、教室にたどり着いたのはちょうど3限目が終わったころだった。そのせいか教室内はざわついている。

 結局のところ、ヒロの転校に関する資料の一切が紛失しており、その詳細はわからなかった。

 もはや学校の管理責任を問われるほどの事件だ。だがこうなるであろうことはなんとなく想像していたので、あまり落ち込まなかった。


 ヒロは一年一組の教室の前で、汗でべっとりと濡れた手を握り締めて立っていた。

 着なれないブレザーにはかなり苦労した。特にネクタイ。今までろくに結んだことがなかったので、どうすればいいか分からず、なんとなくのイメージで適当に結んでしまった。だが、人間やれば意外とできるもので、それなりの見た目にはなった。

  

 ――――少女漫画に登場するイケメン転校生はどんな気持ちだったのだろう。

 とてもじゃないが、あんな自信たっぷりに振る舞うことなんかできない。


「おなか痛い・・・・・・」


 もう一度同じ言葉を繰り返す。

 隣にいた斎藤はにこやかに、


「そう緊張することは無い。落ち着いて自己紹介しよう。それじゃあ行こうか」


 斎藤に促され、ゆっくりと中に入る。

 途端に静まり返った教室。総勢40名の視線が一気に斎藤とヒロに向けられる。


「はい。静かに。みんないったん席に座ってくれるかな。それでは今から転校生を紹介します。彼が新しいクラスメイトの成瀬君です。成瀬君、自己紹介を」


「・・・・・・成瀬ヒロです」


 斎藤に向けられていた視線が一気にヒロに集まった。

 ――――あの時もこんな感じだったな。

 過去のトラウマがフラッシュバックし、思わず次の言葉に詰まる。その様子を見たクラス連中が発したざわざわとしたノイズが、そのまま悪意となってヒロに襲い掛かる。

 手汗が噴出して止まらない。額からも汗が流れだした。呼吸も乱れている。

 ――――ああ、もうだめだ。


「いやそれだけかよっ!」


 ノイズの海を割ったのは、一番後ろの窓際席から届いた鋭いツッコミだった。


「転校生だよな!?もっとあるだろ?どこから来ました~とか、趣味は釣りです~とか、好きな女の子のタイプはまじめ系献身女子です~とかさぁ!」


 そう言ってきたのは大柄な男子生徒だった。モデルのように堀が深く、眉もキリリとしている。いわゆるソース顔ってやつだ。それに加えて雑誌に出てきそうなオシャレ短髪カット。雰囲気から察するに、クラスのムードメーカー的な人間なのだろう。かなりモテそうだ。


「成瀬君だっけ?いいか?転校生っていうのは最初が肝心なんだ!このままじゃなんの特徴も無いモブになり果てるぜ?」


 彼の一声でクラスがドッと笑いに包まれる。

 その空気に助けられ、縫い付けられたままだったヒロの口は自然と開いた。


「しゅ、趣味は・・・・・・ゲーム。好きな女の子のタイプは大人っぽくてちょっと隙のある・・・・・・ってこれは言わなくてもいいだろ!」


 自分で思っていたよりも大きな声が出た。

 すると大柄イケメンは、


「ほほう。なかなかいい趣味だな。気が合いそうだ。・・・・・・まあ、あんまりいじめてもかわいそうだしな。この辺にしといてやるか!俺は熊木(はじめ)だ。よろしくな!成瀬!」


 ヒロにくしゃくしゃの笑顔を向けた。グーサイン付きで。

 なれなれしくもいきなり呼び捨てで名前を呼んできた熊木。

 だが今のヒロにとっては、彼のそんな無遠慮さが心地よかった。


「あ、ああ。よろしく。熊木」


 斎藤は一部始終を和やかに見守り、生徒たちが一旦落ち着いたところで、


「じゃあ成瀬君、君の席はそこね」


 指さした先は、教卓から近い前の方の席。そこしか空いてなかったとはいえ、かなり残念だ。

 ふらふらとその席まで移動し、椅子に座る。ぎいぃと軋む音が増谷高校を感じさせる。改めてここが知らない学校だということを思い知らされた。

 特に持ち物があるわけでもないが、なんとなく気になって机の中をまさぐってみる。


「ん?」


 中には一通の手紙が入っていた。

 何の装飾も無い、真っ白な手紙。宛名すら書かれていない。まさか、誰かが席を間違えてラブレターを入れたのか?せめて誰宛かくらい書いておけよな。なんてドジっ子なんだ。


「・・・・・・」


 悪いとは思う。けれど気になるのも本心だ。

 

「ごめんなさい」


 湧き上がる好奇心には抗えず、ついに手紙を開いてしまった。

 中には二つ折りの紙。誰にも見られないように、机の下でこっそりと開く。


『成瀬ヒロ様


 この世界のヒロインたちを救ってください。このままではこの不安定な世界は彼女たちごと消滅してしまうでしょう。すべてのヒロインを過去のしがらみから解放し、その先へと突き動かすことができるのはあなた以外に成し遂げられません。


 どうかこの世界に未来を』


 お手本のようにきれいな字でそう書かれていた。なぜかその文字一つひとつから悲痛な叫びのようなものが感じられる。


「なんだよこれ・・・・・・ヒロイン?消滅?俺にしかできないって・・・・・・」


 ただの悪戯かもしれない。しかし、ここに書かれていることが本当だとしたら、異世界転移の理由としては多少強引だが納得はできる。もちろんまだ謎の部分は多いのだが。

 

「じぃ~~~~~~」


 手紙を見つめたまま硬直しているヒロの顔を、一人の男子生徒が下から覗いていた。


「わっ!」


 謎の効果音と視線に気づいたヒロは、咄嗟に手紙をポケットに押し込んだ。


「成瀬君!さっきは大変だったね!まあ彼も悪気があったわけじゃないと思うんだ。許してあげてね」


 そう言ってきたのは小柄な男子生徒(?)だった。髪は茶色で、目はくりくりしていて、チワワのような可愛さを感じる。制服は間違いなく男子用なのだが、女子生徒がコスプレをしていると言われても簡単に信じてしまうほどに女の子なのだ。

 ここが増谷高校なら、思わず好きになってしてしまいそうな輩も出てくるだろう。

 ヒロは不覚にもちょっとドキッとしてしまった。それでもなんとか冷静さを保ちつつ、チワワの方を向き直る。


「・・・・・・あ、うん。大丈夫だ。あのままだったら何も言い出せないままだったしな。一応、あいつには感謝してるんだ」


 もしあの一声が無ければ、クラスの連中の評価としては『地味で暗くてやばい奴』だっただろうな。


「なら良かった!僕は間宮ハル!愛情を込めてハルちゃんって呼んでくれると嬉しいな・・・・・・」 


「は、ハルちゃん!?」


 愛情を込めてって。初対面の相手に何を言ってるんだこいつは。

 などと、困り果てた顔をしているヒロに気付いたのか、


「嫌なら別にいいんだ・・・・・・」


 うるうると栗色の瞳を涙でにじませながら、超絶あざとい上目遣いで見つめ返してきた。

 そのあまりの可愛さにヒロは半強制的に同意せざるを得なかった。


「わ、分かった!・・・・・・ハルちゃん」


 やはり少し恥ずかしいので、ごく小さい声で呼んであげた。

 

「聞こえないな・・・・・・」


 が、それが通用する相手でもなかった。その上またうるうるしだしたので、


「ハルちゃん!」


 割と大きめの声で言ってあげた。

 恥ずかしさでヒロの顔は真っ赤に染まり、それを見たハルはにかっと満足げに笑った。


「うん!ありがとう。それで・・・・・・僕は何て呼んだらいいかな?」


「別に、なんとでも呼んでくれていいよ。名字でも名前でも」


「じゃあ・・・・・・ヒロ君、って呼ぶことにするね。よろしく、ヒロ君!」


「・・・・・・」


 あどけない笑顔にノックアウト。

 もう男の子なのか女の子なのか分からない。だがそんなことはもはやどうでもいい。

 ただ、今ヒロの頭の中にあるのは、


「好きです」


 それだけだった。

 感情が脳を介さずにそのまま飛び出したように、自分で言ったという自覚さえない。

 ――――その瞬間、ヒロの背筋に悪寒が走った。数名の男子生徒が目をぎらつかせて近寄ってくる。

 狩りをするライオンのように獲物であるヒロを取り囲み、


「ハルちゃんに告白するとは良い度胸だ!それは我らがハルちゃん親衛隊と知っての狼藉か!厳正なる処罰を下してくれよう!」


 親衛隊のリーダーであろうか。制服の上からでも分かるほど筋肉質な男が、その太い腕を組んでヒロを見下している。

 男たちの背後には熱い、熱い熱気が感じられ、目には炎が宿っていた。


「ま、待てよ!今のはノーカンだ!ていうかハルちゃんって男・・・・・・だろ?さっきのは友達的な意味でだな――――」


 そう言いかけると、なぜかハルはうつむきながら、


「そう・・・・・・だったんだ・・・・・・」


「おいーーーー!なんでお前がそんな悲しそうな顔してんだよ!」


 でもやっぱり可愛くて、それ以上は何も言えなかった。

 そんなハルの姿を見た親衛隊は、


「貴様ぁ!ハルちゃんを悲しませるとは良い度胸だな!血祭りにあげてくれよう!」


 筋肉男はヒロの胸倉をつかんで凄み、


「よくも俺らのハルちゃんを・・・・・・」


 茶髪の男は血の涙を流し、


「僕の目が黒い内はハルちゃんに指一本触れさせないぞ!」


 ヒョロ眼鏡は中指で眼鏡をくいっとあげた。


「いや、お前の目は間違いなくピンク色だよ!ってハル・・・・・・ちゃん!こいつらどうにかしてくれよ!」


 すると、目元を両手で覆っていたハルはぷふっと吹き出して笑い、


「ちょっといたずらが過ぎたかな?さあみんな、解散解散」


 と、手をひらひらさせて親衛隊連中に指示を出すと、


「ハルちゃんがそう言うなら・・・・・・」


 隊員たちはヒロを睨みつけながら散っていった。


「ふぅ・・・・・・」


 ヒロのため息と同時に、4限開始のチャイムが鳴った。


※※※


 終業のチャイムが校舎内に鳴り響く。放課後が訪れた。


「あ゛~~~疲れた・・・・・・」


 怒涛の一日がようやく終わり、ゾンビのように顔面蒼白になっているヒロ。

 謎の手紙に加え、転校生の宿命である質問攻め、そして極めつけはハルちゃん親衛隊による監視。


 ハルとは隣の席だったことが彼らの癪にさわったらしい。特に授業中、教科書を見せてもらっていたときなんかは敵意丸出しの視線を背中でひしひしと感じていた。


 比較的まともそうなクラスメイトを捕まえて話を聞いてみると、ハルちゃん親衛隊とは、全校生徒の3割ほどが属する巨大な組織らしく、男女が入り混じり、ハルちゃんをどのように愛でるかを日々議論し合っているとかいないとか。

 彼らの中にも派閥があるらしく、『ハルちゃんは男の子』というグループと、『ハルちゃんは女の子』とするグループ、さらに『ハルちゃんは男の娘』とするグループ。計三つの派閥が存在するそうだが正直どうでもよかった。


「じゃあ校内探検にいこうか!」


 ぐで~っと机に突っ伏していると、ハルに腕をつかまれた。


 先ほどハルにトイレの場所を聞いたとき、「この学校広いから大変だよね。もしよかったら放課後色々案内してあげようか?」と聞かれたのだ。

 涼葉との約束までまだ時間はある。ちょうどいい暇つぶしになると思い、「じゃあ頼むよ」と、お願いしたのだったが、依然として親衛隊の目はぎらついていた。彼らの目から逃れるように、ハルに腕を組まれながら足早に教室を後にする。


※※※


「ここが美術室で、あっちが――――」


 一通り校者内の案内を終え、次はグラウンドなどの施設を案内してくれることに。

 再び訪れた下駄箱。血で汚れた靴を見せたくは無いが、何か聞かれたらペンキで汚れたことにでもしておこう。言い訳を考えながらロッカーを開けると何かがはらりと靴の上に落ちた。


「手紙・・・・・・」


 見覚えのあるそれを拾い上げる。


「これって――――」


 相変わらず真っ白で、宛名も何も書かれていない。

 封を開け、二つ折りにされた紙を開くと、


『第一のヒロイン 月島和葉』


 教室で見た手紙と同じ筆跡でそう書かれていた。

 紙の真ん中に、細く美しい字で、ただその一行だけが。


「ヒロく~ん!なにしてるの?早くいこうよ!」


 先に靴に履き替えたハルがヒロの方を向いて、マスコットのように手を振っている。逆光と重なり、その笑顔は眩しく輝いているように見えた。


「お、おう!」


 すでに一枚収納している方のポケットに手紙を突っ込んだ後、その眩しさに目を細めながら手を振り返して、ハルの後を追った。

 

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