異世界からの死者
――――白く塗られた外壁が特徴的な一軒家。小さな庭がついていて、縁側には子供用プールが干してある。中に入り、一階にあるリビングへ。
南向きに取り付けられた大きめの窓から眩しいくらいの光が差し込み、室内を明るく照らしている。クーラーのよく効いた部屋は、外が灼熱地獄だということを忘れさせてくれるほど快適だ。
まず目を引くのは3人掛けの大きなソファー。誰がどう見ても、一目で高級品だと分かる。その正面には迫力のある大画面テレビ。その隣に置かれたシックな本棚には難しそうな本が整然と並べられている。中央には真っ白な丸いテーブルが置いてあって、そこに小学生くらいの子どもたち5人が囲むように座っている。なぜか顔がぼんやりとしていて、かろうじて分かるのは輪郭と口元くらい。それでも楽し気な様子は伝わってくる。
最初に口を開いたのは、短髪の少年だった。少年はパーティー開けされたコンソメ味のポテトチップスをつまみながら、水玉模様の綺麗なグラスに注がれた濃いめのカルピスでごくっと流し込み、
「なぁ、今日はどこ行く?山の方でも行ってみないか?」
真っ黒に日焼けした肌から白い歯を覗かせながら他の4人に提案する。黒字で『根性』とプリントされたダサいTシャツに深緑の短パンという服装は、見るからに運動ができそうな感じだ。
そんな少年に食って掛かるのは、
「だ、だめだよ!あそこは入っちゃダメだってお母さんが言ってたもん!」
同じく黒字で『忍耐』とプリントされたダサいTシャツに、淡い赤色の短パンを履いた少女。肩までで切りそろえたショートカットの黒髪を揺らして反論する。口をとがらせ、ぶーぶー言いながらもカルピスを一口。
「うちは行きたいなぁ」
甘ったるい口調で周囲にパステルカラーの謎の球体をまき散らせながら、ぽわんとした柔らかな雰囲気を醸し出しているのは、肉付きのいいぽっちゃりとした少女。猫の後ろ姿が書かれたTシャツに、フリルの付いた可愛らしいピンクのロングスカートが、さらに彼女のぽわぽわ感を演出している。栗色のふわふわした長髪をいじりつつ、一度に5枚ほどつかんだポテトチップスを豪快に口に運ぶ。
「そんなことより勉強しようよ。昨日も遊んだし」
少年の提案をバッサリと切り捨て、一人まじめに算数ドリルを開いているのは、艶やかな黒髪を兎のキャラクターが付いたゴムでくくりポニーテールにした少女。鎖骨が見える純白のタンクトップに、膝までのデニムパンツという、他の4人とは違った大人な雰囲気がうかがえる。
「勉強嫌だ!絶対嫌だ!海行きたい!海行こうぜ!海!」
両手を広げて大きな声で騒ぎ立てるのは、身体も大きな丸坊主の少年。短髪の少年に比べ、一回りほど大きい。赤いアロハシャツにクリーム色の短パンという、南国を感じさせそうな服装だ。海はいいよなぁ。ほんとにいいよなぁ。などと、彼の頭の中は海のことでいっぱいなのだろう、独り言が止まらない。
「海・・・・・・ってお前泳げないだろうが!うん。やっぱ山だな。でっかいカブトムシ取って売りに行こうぜ!」
海坊主を一刀両断。短髪少年はどうやら現金な子どもらしい。子どもの憧れである昆虫の王者。それを愛でるのではなく売りに行く。これは大物になりそうな予感しかしない。
海坊主は、ちっちっちと指を左右に振りながら、
「知らねぇのか?海岸に流れついた変な形の木って、物によっては結構売れるんだぜ?昨日テレビで見たんだ!」
「お前・・・・・・やるじゃねぇか!じゃあ海だ!海にけって~~~~い!」
「「けって~~~~い!」」
と、おもむろに立ち上がった少年二人は、肩を抱き合い満面の笑みをたたえながらゆらゆらと横に揺れている。
それを見て、居ても立っても居られなくなったショートカットの少女は、
「じゃ、じゃあ私も行く!」
ビシッと右手を上げて参加の意思表示。
「海もええなぁ。ぷかぷか浮いて、気持ちええやろなぁ」
ぽっちゃり少女の目には、海の上を浮き輪でゆらゆら揺蕩う自分の姿が映っているに違いない。だが、依然としてポテトチップスにご執心なようで、すかさず手を伸ばし、目にもとまらぬ速さで口に放り込んでいる。
「・・・・・・ほんっと、男子ってなんでこんなにバカなの?」
ポニーテールの少女は、鉛筆を持ったまま頬杖をつきながら、はぁ・・・・・・と大きめのため息をつく。算数ドリルは先ほどから全くはかどっていないらしく、鉛筆を器用にくるくると回しては落とす、を繰り返している。
「もう宿題なんかほっとけよ!ほら行くぞ!」
短髪の少年は海坊主と組んでいた肩を外し、ニカッとはにかみながらポニーテールの少女に手を伸ばす。
少女はしばらく悩んだ後、開いていた算数ドリルをパタッと閉じ、あきれたように笑い、
「・・・・・・しょうがないわね」
と、一言。少年の手に掴まり、ゆっくり立ち上がる。
短髪少年を筆頭に、クーラーで冷え切った身体を温めるように陽炎漂う炎天下へと飛び出していった。
「――――せ!」
蝉の声に混じってどこからか声が聞こえる。どこかで聞いたような、透き通るような声。
けれど、少年たちの誰でもない。それは大人びた声だった。
「――――成瀬!」
「ん・・・・・・」
そろりと、重くのしかかった瞼を開く。ヒロは自分が瞳を閉じていたことすら忘れていたらしく、状況を把握できていないようだ。
眼前に広がるのは澄み切った青い空と、遮られることなく降り注ぐ太陽光――――ではなかった。
狭い視界の中心に映るのは先ほど出会ったばかりの美少女だった。横一文字に結んだ目からは大粒の涙がぽたぽた滴り落ち、せっかくの美貌が台無しになるほど目立つ透明の鼻水を両穴から覗かせ、美しく白い頬を紅潮させながら小動物のようにわなわなと震えている。
「へ・・・・・・」
涼葉の半開きだった口がぽっかりと開き、空気が漏れたようにして声を出す。
目を見開いたまま、金縛りにあったように動けないでいる。
「なん・・・・・・で」
つぶれていたはずの顔も、へこんでいたはずの腹も、切り刻まれたような傷も、折れていたはずの腕も、いつの間にか元通りになっている。そっと触れる肌に血は残っているものの、そのぬくもりは確かに生命が宿っているのが分かる。
ヒロの濁りきっていたはずの瞳は輝きを取り戻し、微笑みながら涼葉を見上げ、
「すごい顔してんな、お前。なんで泣いてんだよ・・・・・・」
眉を下げ、微笑みながら、心配そうに口を開いた。
「っ・・・・・・喋んないで!いいから黙ってて!今救急車呼ぶから!」
「救急車・・・・・・?」
――――誰か怪我でもしたのか?
身体を起こそうと腕に力を入れ、起き上がろうとしたとき後頭部に違和感を感じた。
手を伸ばし、恐る恐る触ってみると――――
真っ赤な液体が指先にべっとり付着し、手首までたらりと流れた。
「え!?なにこれ俺の血!?」
ガバっと身体を起こすヒロ。
額に張り付いた髪の毛をかき上げると、視界がクリアになった。
そのクリアな視界で自分の身体をくまなく観察する。全身血だらけであることにぞっとしながら、
「制服がぁぁぁぁぁあああ!」
思わず叫んでしまった。
ナイフか何かでずたずたに切り付けられたように上下ズタボロの制服。血が染み込んでいて、ちょっとやそっとでは落ちそうにない。
カッターシャツとその下に着こんでいた薄手のTシャツも犠牲となっており、不健康な白い肌が露出している。
「一着しかないのに!なんだよこれ!どうなってんだよ!」
不思議なことに、肉体にダメージは残っていない。どこを探しても傷一つない。
派手に染め上がった制服に似合わない自分のきれいすぎる身体に違和感を覚えていると、
「ほんとに平気なの?動いても大丈夫なの?」
涼葉が涙を手の甲で拭いながら、上目遣いで心配そうに見つめる。
「大丈夫も何も、ほら」
ぶんぶん腕を振り回す。その腕はさっき妙な折れ方をしていた方の腕だ。
涼葉は涙をぬぐうのも忘れ、ポカンと口を開きながら、
「うそ・・・・・・でしょ・・・・・・」
桃色だった顔色が急速に青ざめ始めた。
「嘘じゃねぇよ。それよりも何があったか説明してくれ。お前の腕を引っ張ったあたりからなにも覚えてないんだけど」
ヒロは血まみれの後頭部を気にしつつも、驚きのあまり時を止めた涼葉に、
「ってそれより怪我してねぇか?」
「あ、あたしは大丈夫・・・・・・ってなんで心配されてんのよ!どう見てもやばいのはあんたの方じゃない!」
涼葉は一度大きく深呼吸をして、
「はねられたのよ。あんた」
落ち着いた声で静かに言い放った。
指さす先には事故を起こした二台の大型トラック。片方は横倒れになっている。
「冗談は――――」
しかし、真剣な眼差しには嘘偽りの色は皆無。
「まじで?」
そう聞き返すとほぼ同時に、遠巻きにその一部始終を見守っていた群衆がスマートフォン片手に集まってきた。無機質なシャッター音は、止まらいないどころかどんどん大きくなっていく。
「なんかまずくないかこれ」
「そんなの気にしないで――――と、とにかく今は救急車を――――」
ごそごそとブレザーのポケットをまさぐる涼葉。その間にも奴らはゾンビのように群をなしてじりじり距離を詰めてくる。
「いいから!ほら、行くぞ!」
とっさに涼葉の手を握り駆けだした。
まるで先ほど見た、短髪の少年に触発されたように。