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第三章 究極の選択と危ない駆け引き(7)

 フードを目深く被り、口許をマントの布地で覆って顔を隠しながら、クロエは兄の悪友たちがたむろしていそうな場所を歩き回った。ジルベールが一緒でなかったら、とても女ひとりで入っていく勇気は出ないような場所ばかりだ。

 火点し頃になってようやく這い出してきた若き放蕩者リベルタンたちは、やはり予想どおり借金の申し込みを一蹴した。こっちが貸してほしいくらいだと露骨に言う者もいた。

 頭に来て、どうして酔っぱらった兄に賭博なんかやらせたのだとなじると、『資産家の娘と結婚するんだからかまわないじゃないか』とうそぶく始末だ。

 未婚の若い娘が来るような場所ではないので、どんなに悔しくても大声でなじるわけにもいかない。へたに注目を浴びれば自分の評判と名誉にかかわる。ジルベールが心配そうに囁いた。

「お嬢様、もう帰りましょう。あまり遅くなると大奥様に怪しまれます。こんないかがわしい場所に出入りしたと知れたら卒倒しますよ」

「そうね……」

 結局、歩き回って足を痛くしただけで、一リーヴルも貸してもらえなかった。盛り場をこれ以上遅くまでうろついていたら、辻君と誤解されかねない。

 足を引きずっているクロエを見かね、ジルベールが提案した。

「お嬢様、せめて駕籠か人力車に乗ったほうがいいのでは」

「お金がもったいないわ。大丈夫よ、まだそんなに遅くないし、ほら、角灯ランテルヌにも火が入ったわ。ごめんなさいね、ジル。疲れたでしょう」

「俺はぜんぜん平気です。何なら背負いますよ」

「いよいよとなったらお願い」

 笑って外に出ようとしたクロエに、かたわらから誰かが声をかけた。

「何かお困りですか、お嬢さん」

 振り向くと、明るい栗色の髪の青年が優雅にお辞儀をした。整った顔だちだが、軽薄そうな笑みのせいか何となく崩れた感じがする。洒落た服も少々派手すぎて、けばけばしい印象だ。

 クロエはつんと顔をそむけた。

「別に何も」

 歩きだしたとたん、腕を掴んで引き止められる。

「何するの!」

「やっぱり。僕は女性の声は絶対に忘れないんです。仮面舞踏会でお会いしましたよね」

 ハッとして、青年の顔の上半分を想像の白い半仮面ルゥで覆ってみる。

「──フロンサック公爵!」

 名うての悪党ルエだと聞いた、アルマン・ド・フロンサック公爵だ。

「やっぱり私が誰だかわかっていてくれたんですね、嬉しいな」

 破顔した公爵はなれなれしくクロエの腰に手を回してきた。抵抗する暇もなく、ぐいと引き寄せられる。ハンサムではあるが全然クロエの好みではない顔がいきなり近づいてきた。相変わらず香水がきつくて胸がむかむかした。

「あのときは無粋な邪魔が入ってしまって、本当に残念に思っていたんですよ」

「わたしは大いに助かったわ」

「またそんな心にもないことを」

 ふっ、と公爵は笑った。一気に鳥肌がたつ。手の甲をつねってやりたいが、ぴったりと押さえ込まれて身動きできない。

 相手が大貴族では迂闊に割って入るわけにもいかず、ジルベールはおろおろしていた。

「離してください!」

 押し殺した声で怒鳴ると、公爵はニヤリとした。

「素直じゃないなぁ。目をつり上げたあなたも可愛くて、ますますそそられるけど」

 こいつは絶対根本的な勘違いをしているに違いない。それとも超がつくほど鈍感か。

「まぁまぁ。お金に困ってるそうじゃありませんか」

「あなたには関係ありません。──どうしてあなたがそんなこと知っているのよ!?」

「たまたま小耳に挟んだんですよ。女性が困っていると放っておけないたちなんです」

 要するに立ち聞きしていただけではないか。油断も隙もない。

「こんな可愛いひとの頼みを断るなんて、男の風上にも置けない奴らだ」

 指先にくちづけられ、クロエは慌てて振り払った。手袋をしていたからまだよかった。指先だろうと素肌に触れられたくない。

 フロンサック公爵は懐から財布を取り出し、有無を言わせずクロエに押しつけた。

「お近づきのしるしに差し上げます。中身は金貨ですからご心配なく」

「あなたねっ、誤解していらっしゃるようだけど、わたしはそういう類の女では──」

「わかってますよ、マドモワゼル・ド・ヴュイヤール。あなたが由緒正しい貴族の令嬢であることくらい」


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