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第二章 春の妖精あらわる?(5)

 大真面目に問われてクロエは焦った。

「そっ、それは言葉の綾というか何と言うか……」

 オーレリアンは寂しそうに笑った。

「いいんだ、実際そうだからね。だったらせめて、取り柄の顔が彼女の気を引いたことを最大限利用しなければ。うまくすれば、何かしら融通してもらえるかもしれない」

「──え。ちょ、ちょっと待ってお兄様! もしかして、ほとんど初対面の女性にいきなり借金を申し込むつもり!?」

「まずいかな?」

「当たり前よっ、いくらお兄様が絶世の美男子でも、ドン引きされて二度と会ってもらえないわ!」

「そうだろうか……」

「そうよっ」

「そうですっ」

 ジゼルも憤然と同意する。

 クロエは頭を抱えた。こんなに綺麗な顔をしているのに、何故もう少し頭が回らないのだろうか。けっして馬鹿ではないのに、オーレリアンには駆け引きとか計算能力とか、そういう類のものが昔から著しく欠けているのだ。

 クロエはこめかみに浮かびそうになる青筋を懸命に押さえ、懇々と言い聞かせた。

「いい? お金のことを口にしてはだめ。絶対にだめよ。──ジル! ジルはどこ」

 声を張り上げると、ひょいと戸口から少年が顔を出す。

「御用でしょうか、お嬢様」

「あなた、お兄様についていって、物陰から見張っててちょうだい。お金がどうのと言い出したら後ろからパチンコで小石をぶつけてやるのよ」

「おいおい、それはあんまりじゃないか」

 びくついた兄の情けない抗議はすっぱり黙殺する。

「ジル、パチンコ得意よね?」

「もちろんです」

 彼は二股になった木の枝にゴムを結んだ手作りパチンコを、得意そうに膝丈ズボン(キュロット)の後ろから取り出した。

「こないだなんか飛んでる鳩を打ち落として、焚き火で焼いて喰ったんですよー」

「あんたねぇ!」

 目をつり上げた姉に一喝され、ジルは肩をすくめた。

「だって腹減ってたんだもん……」

「あんたひとりで食べたわけ!? どうせならついでに五、六羽獲っといで!」

「そっちかよ……」

「ジル、頼むから頭には当てないでくれよな。額の腫れがやっと引いてきたところなんだ。それから、あんまり大きい石は痛いからいやだぞ」

「大丈夫です、旦那様。ケガのないようにどんぐりにしときますから」

 姉弟に伴われ、オーレリアンはやっと台所から出て行った。クロエはテーブルに肘をついてこめかみを揉んだ。

「ああ、もう! どうしてわたしがこんなことまでいちいち指示しなきゃいけないのよ」

「まぁまぁ、お嬢ちゃま。珈琲でも飲んで。カフェ下がりの出涸らしですけどね、新鮮な牛乳を入れれば美味しく飲めますよ。はい、どうぞ」

「ありがと、マドレーヌ」

 受け取ったカップを口許に運びながら、クロエは憎たらしくも美しいユーグの顔をつらつらと思い浮かべた。

(あいつなら、きっと初対面の女性からでも余裕で貢がせるんだろうな……)

 いかにも世渡り上手っぽいし。きっと今まで口八丁手八丁で生きてきたに違いない。

 クロエはむうっと口を尖らせた。

(ふん、だ。お兄様はあんな悪党ルエとは違うのよ。不器用だけど、誠実だもの)

 オーレリアンが浮世離れした天使なら、器用で不誠実なユーグはさしずめ堕天使に違いない。

「……あんな奴、どうでもいいわ。どうせ二度と会わないもの」

 ぽつんと洩らした呟きが、頼りなく湯気に紛れた。


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