思い出は春の虹とともに
僕が住む街には夕日がきれいに見える場所がある。
城山の展望台。
昔お城があった場所。石垣だけが残るその場所からの眺めに僕はいつも勇気付けられた。辛いことがあったとき、悲しい出来事があったとき、僕はいつもここにやって来た。そして、今、僕はまたここに居る。おそらく最後になるであろうここからの夕日を眺めるために…。
就職が決まった。今夜の夜行でこの街を出て東京へ旅立つ。今日でここの夕日も見納めだ…。
朝から降り始めた雨はまだ止まない。もうすぐ日没の時間だというのに。肝心なときにこれだ。まるで僕の人生そのものだ。
中学に入って好きな子が出来た。同じクラスなのに、声もかけられなかった。三年かけてようやく声を掛けた時にはもう遅かった。
「ごめんなさい。付き合っている人が居るの」
僕はここで涙を流した。あの日も雨だった。けれど、その雨が僕の涙を洗い流してくれた。
高校の時、父が事故で亡くなった。葬式が終わってからここへ来た。土砂降りの中を傘もささずに走った。
「これからはお前が母さんを支えてやるんだぞ」
父の声が聞こえたような気がした。雨に霞む街の明かりがわずかな温もりを僕にくれた。
展望台の東屋の中で雨が止むのを待った。まだ止みそうにない。時計を見た。
「そろそろ行くか…」
ベンチから腰を上げて傘を開こうとしたとき、雲の隙間から光が差し込んできた。天気雨だ。
「狐の嫁入りだ」
独り言のように僕はつぶやいた。
「誰が狐だって?」
その声に驚いて僕は振り返った。中学時代に3年間思いを寄せ続けた彼女だった。
「どうしてここに?」
「ここに来れば会えるような気がしたから。ずっと見ていたのよ。いつもここで夕日を眺めていたでしょう?」
「君も?」
「ここには来ていたけれど、私が見ていたのは夕日じゃなくてあなただったんだけどね」
「えっ? でみ、君には付き合っている人が…」
「高校に入ったら自然消滅しちゃったわよ。本当はあなたが先に告白してくれていれば…」
いつの間にか雨は止んでいた。そして、雨上がりの空に鮮やかな虹がかかっていた。
思い出は
雨のにおいと
涙色
旅立つ春の
虹の輝き
彼女は大学へ進学すると言った。東京の大学に。僕たちは東京での再会を約束して山を降りた。初めてつないだ彼女の手はとても柔らかくて温かかった。
たくさんの思い出を残して僕は旅立った。東京で新しい思い出を作るために。