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短編集  作者: アッサムてー
3/3

ココロを救う言の葉は、きっと何時だってたった一言なのだと思う

 「みんな、凄いなぁ」


 2連休初日のことである。

 古びたパソコン画面に映るのは、いまや珍しくもない創作投稿サイトだ。

 彼女が見ているのは、そのサイトに投稿された作品の数々である。

 今読んでいる数々の作品は趣味で書かれていながら、その完成度はプロ顔負けである。

 本当に様々な作品を読んだ。

 正直なところ、完成度はピンキリだ。

 好みの問題もあるだろう。

 ただ、それこそ星の数ほどある作品の中から自分好みの作品と高確率で出会えるかと言うと、意外とそうでもなかったりする。

 だからこそ、極々稀にまるで赤い糸で結ばれているんじゃないかと錯覚するほど性癖にドンピシャな作品と出会えた日には、鼻血が出るほど嬉しくなってしまうものだ。

 彼女は食べかけで、まだ半分残っている袋菓子を手元に引き寄せる。

 中身が湿気ら無いように口を折りたたんで、輪ゴムでさらに閉じてあるそれ。


 「…………」


 少しだけ、本当に少しだけ寂しそうな顔になって彼女は袋菓子を開けて中身を口へ放り込む、ついでに五百ミリのペットボトルに入ったジュースもごくごくと飲み干した。

 まるで、一瞬だけ出てきた寂しそうな感情を飲み込むように。


 「これに比べて、本当にこっちは駄作だよ」


 視線をパソコンの横へやる。

 そこには無造作に置かれたルーズリーフ。

 ルーズリーフには、お世辞にも綺麗とは言えない文字が、びっしりと書き込まれている。


 「価値が無い」


 それでも、この書くという行為は彼女を現実から遠ざけてくれた。

 ルーズリーフの中身は、彼女が他でもない自分自身のために書いた物語。

 誰にも読まれることの無い、物語達。

 一度、たった一度だけこの積み上げられた物語のいくつかを、この投稿サイトのアカウントを取得して投稿したことがある。

 結果は散々だった。

 少しくらい、読んでもらえるものだと思っていた。

 でも、先にいくつもの面白い作品がタダで読めるのだ。

 タダで、販売されているものと変わらない品質のものが読める。

 その素晴らしさを彼女も知っているからこそ、残念で、寂しくなってしまった。

 彼女に才能はなかった。

 何かを作って、発表したとしても、誰かの興味を引くようなそんなものを作る才能が無かった。

 そして、運もなかった。

 無けなしの、ほんの少しだけある承認欲求。

 それを満たしてくれる、たった一人に巡り会う運すらなかった。


 一度だけ大量更新した物語達は、今でも誰の目に触れることもなく、この電脳の世界に存在し続けている。


 「価値があるものを書かないと、見向きもされない」


 その独白は、誰にも届かない。

 お菓子を食べながら、お気に入りの、いまハマっている小説の最新話を楽しむ。


 「こんな話を自分も書きたいよ」 

 

 価値ある話を書けたら良かった。

 でも、才能を与える神様も、運命の神様も、そんなものは与えてくれなかった。

 ずっと端役の人生。

 考えるだけ惨めになるので、考えないようにする。

 考えないようにするには、読書が都合が良い。

 だから、彼女は読む。



 まるで、中毒者のように。



 最新話を堪能したあとは、ほかのユーザーの新作検索に勤しむ。

 主に短編である。

 短編は簡単に読めるので、新規ユーザーを掘り出すのにうってつけなのだ。

 読み漁り、そのエッセイを見つけた。

 読んでみて、共感した。

 画面の向こうで、この人は嘆いていた。

 読まれない、感想が貰えないことに。

 その事に、彼女は共感した。

 だから、そのエッセイを書いたユーザーの他の作品を読んでみることにした。

 面白かった。

 少なくとも、彼女の書いた物語よりも何百倍も面白かった。

 これだけ面白いのに、感想が貰えないのだという。

 これだけ面白く書けているのに、反応がないのだという。


 世界は平等に理不尽で不平等だと思う。


 結局は、運なのだ。

 結局は、数の暴力なのだ。


 欲しいのは、批判ではない。

 欲しいのは、優しい一言。

 そう、たった一言だ。

 欲しいと言う。

 それすらも、その意思すらも、叩かれる荒んだ世界。

 世界はちっとも優しくない。

 

 「…………」


 世界だけじゃなくて、彼女を含めた人間も優しくなんてない。


 優しくないことを自覚している彼女は、エッセイの作者の他の作品を短編に搾って読んでみた。

 やはり、どれも面白かった。

 特に気に入った三つの作品に感想を書き込む。


 そして、ある程度楽しんだあと別のユーザーの作品を巡回する。


 そして、その日は終わった。

 翌日、またお菓子とジュースを用意して、今日はBGMにお気に入りの曲をプレイヤーでかけながら、作品の巡回をしようとパソコンの電源を入れてサイトにログインした彼女に、ダイレクトメッセージが届いていた。


 昨日感想を書き込んだ、作品の作者(ユーザー)からだった。


 少し彼女が引くくらい喜んでいた。

 よほど、嬉しかったようだ。

 たった一言、二言の感想だった。

 でも、それがよほど、嬉しかったらしい。

 そこには、自信を打ち砕かれて筆を折ろうと真剣に考えていた旨が記されていた。


 「喜んでもらえたなら、何よりです」


 彼女はそう呟いた。

 そして、なんとなく投稿したまま放置している自作品をチェックしてみた。

 閲覧数は、やはりゼロ。

 感想すらもらえない、そんな現実が飛び込んでくる。

 やっぱりなぁ、と彼女はまた残念そうにしながら作品の巡回に勤しむのだった。

 



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