隙間時間の暇潰し ~彼女はきっと、それを待っていた。だから、期待した。~
隙間時間にあたしは手紙を書く。
放課後、誰もいない、教室。
そこにある、自分の座席でシャーペンを走らせる。
答えが出ないから。
ずっと、答えが出ないままだったから。
いや、誰が読んでも良いのだ。
よくある話だ。
家庭内不和で、両親が、両親と祖父が毎日毎日、飽きもせずに大喧嘩をする。
あたしは、それが大嫌いだった。
それも、夕食の時間にするのだ。
ソシャゲやオンラインゲームの日課。
もしくは、夏休みに強制的にやらされるラジオ体操。
そうと思えてしまうくらい、とにかく毎日なのだ。
まるで、義務かのごとく、本当に毎日毎日飽きずに家族は怒鳴り合いの喧嘩をしている。
内容は、父の酒を祖父が飲んだだとか、嫁にきた母の義実家に対する不満だとか。
祖父母の両親に対する不満だとか。
でも、こんな話はよくあることだ。
田んぼと畑だらけの田舎では、よくあること。
少なくとも、あたしの友人知人の家でも毎日、あるいは毎週土日になると喧嘩が絶えないらしい。
怒鳴り合いは、とてもストレスだ。
それを、あたしは日記ではなく手紙に書く。
日記でも別に良いのだろうけれど、何となくだ。
そう、なんとなく。
SNSで呟いて垂れ流しても良いんだけれど、それだと否定されるから。
インターネットという場所は、不特定多数の人と繋がるにはとても便利だ。
でも、心が弱ってる時に。
意見なんて求めていない時に。
ネットの世界ですら、マウントを取られるのはとても疲れるから。
だから、手紙という手段をあたしは選んだ。
それに、どうせこれは暇潰しなのだ。
隙間の時間に、自分に与えられた座席で行う暇潰し。
「なぁ、お前誰に手紙書いてるの?」
また来た。
あたしは、ジト目でいつの間にか目の前の席にーー誰の座席かは知らないーー座っていた同級生のクラスメイトを見た。
「昨日も書いてたよな?」
「別に」
「今どき、ラブレターとか?」
「ちがう、ただの愚痴」
「へえ、愚痴の手紙?
日記じゃなくて?」
「別に良いでしょ」
「まさかとは思うけど、遺書とかじゃないよな?」
「言ったでしょ、愚痴だって」
「それなら良いんだ」
ふと、あたしは時計を見た。
携帯端末と、教室に設置されている時計。
その両方で時間を確認する。
そろそろ学校も閉まる。
帰らなければ。
そう思うと、とても気が滅入った。
「なぁ、告白していい?」
「ここは教会じゃないよ」
「はは、ロマンチックだな」
「そう?」
「そっちの告白じゃなくて」
「じゃあ、なんの告白?」
「お付き合いしてください。ずっと貴女が好きでした」
棒読みだった。
棒読みの、告白だった。
「ロマンチックな方が好み?」
告白したあと、困った顔で同級生の男子は言った。
そして、何かを考える素振りを見せて言い直した。
「俺の心を奪った貴女。
今度は貴女の心を奪わせてください」
棒読みは相変わらずだったが、少しだけ照れを含ませていた。
「あたしを盗む、泥棒さんになってくれますか?」
一方、あたしは少しだけ期待を込めてそう聞いた。
漫画や、アニメや、映画や、小説のような。
創作物の世界のようなセリフのやり取り。
自分の世界を、自分の今いる世界を、あたしは逃げることは出来ないから。
逃げようと思えば逃げられるのだろう。
でも、勇気が無いから。
まだ、子供だから。
せめて、家族の罵り合う声が届かない場所に盗み出してほしかった。
「せめて、怪盗って言ってほしいな」
同級生の彼は、苦笑で返した。