第二〇話 出港用意
かなり間が開いてしまいました…
「総員、配置に付け」
艦長によって配置に付けの号令下る。
妙高艦長を務めるは、加山宅雄大佐。
この人物は共和国海軍第二艦隊所属であった防空巡洋艦『三室』の艦長を長年務めていたベテランである。
勿論山本とも知った仲だ。
「出港準備!」
『出港準備ーー!!』
加山が叫ぶと、それを艦橋要員が復唱する。
「舫い綱、離せー」
係留用の舫い綱が順番に解かれ、最後の1本を残し全て解かれる。
すると待機していたタグボートによって曳船され、妙高はゆっくりと桟橋から離れていく。
「動力回路接続、推進器始動」
艦尾の舫い綱が収納され推進器が使用可能になったのを確認し、推進器に動力回路が接続される。
「ラッパ用意」
その指示を受け、信号員がラッパを構える。
このビューグルとも呼ばれるラッパは、かの日局クレオソートを主成分とする胃腸薬の印でも有名なものであるが、トランペットと違いバルブやピストンは無い。
依って音の変化は唇の形と息の圧力によって出すのである。
「出港用意!」
軽快なラッパ号令が響き渡り、続けて――
『出港よォーいッ!!』
威勢の良い号令が艦内に響き渡る。
「舫い綱、1番離せー」
最後の舫い綱が離され、漸く"出港"である。
『曳船使用終了。曳船舫い綱離せー』
「曳船感謝する。両舷前進微速」
「ヨーソロー、両舷前進びそーく」
操舵手の慎重な操舵により、妙高は港の外へと向かう。
他の艦も出港作業を終え、妙高の後を追う。
「出港完了であります、峰崎司令」
「よし、このまま奄美大島沖まで直行。対潜警戒だけは怠るな」
「は、諒解しました」
目指すは第一補給地点にして随伴部隊との合流地点でもある、奄美大島近海である。
コンコン
「入れ」
「失礼します」
司令官室に入る葦原。
この司令官室、又は長官室というものは戦艦や空母といった大抵の大型艦には存在し、戦艦長門の様な大艦隊の旗艦を務める艦のものは(戦闘艦としては)特に豪華である。
しかし妙高のこれは実は後付けされたものであり、初期の設計には存在しなかった部屋なのだ。
その為、有るのは最低限の設備だけ。
広さは三畳強程度といったところであろうか。
ベッドと机で殆どのスペースは埋まっており、大型水上艦の司令官室にしては些か窮屈なようにも思える。
「各部署の点検、完了しました」
「そうか。どうだ?いよいよ実戦だが…この艦には慣れたか?」
「はい、もう大丈夫です。最初は練習艦とはあまりに違うことに戸惑いましたが…」
「まぁ、半分退役してるボロ艦じゃなぁ」
葦原は江田島の兵学校にて練習艦での練習航海や演習の経験はあったものの、最新鋭の軍艦での乗艦経験は無かった。
本来であれば兵学校の最終訓練で、任務中でない現役艦に乗艦するのだが…。
山本が勝手に飛び級卒業&特進させてしまった為、そのカリキュラムを通らずに大尉になってしまったのだ。
更に練習艦といえば、旧式艦を使い回していた共和国海軍でさえ使い回し切れなかった、半分退役しているような超老朽艦である。
その時葦原が乗艦したのは練習艦"松島"という艦であり、現役時代は連合艦隊所属の装甲巡洋艦であったらしい。
しかしその現役時代というのは半世紀以上前であり、旋回式砲台でさえ実用化されたばかりの時代である。
勿論搭載兵装は時代に合わせて換装されていたようであるが船体の老朽化はかなりであり、いい加減退役させないといつか練習航海中に沈むのではと揶揄されていたくらいだ。
「特に新型主砲には驚きました。あんな本格的な光学主砲が実戦配備されていたなんて…」
「そういえば元々は砲術科志望だったそうだな」
「はい、光学砲の知識自体は兵学校でもある程度教わったのですが…丁度その頃にアメリカとの関係が悪化したので技術供与の話も無くなってしまって」
「あぁ、その頃か…」
アメリカとの同盟が継続されていれば今頃、アメリカ軍が使用している最新式…ではなくその二世代程前の光学砲が高額で導入されていたのだろう。
重要な所はブラックボックスにして超高値で兵器を売りつける。
もし買わなければ同盟の破棄やら在外米軍撤退やらで圧力をかける。
アメリカお得意の商法だ。
「秋津洲政府が世界連盟から離脱することを決定した時は焦りに焦ったものだが、まぁお陰様で誰に咎められる心配も無く兵器開発が出来るようになったからな」
しかし勿論、世界連盟から離脱したことで完全に悪者扱い。
国交を断絶した/された相手国も多く、やはり失ったものも多かったのは事実だ。
「この国は...それでやっていけるのでしょうか...?」
「ふむ?」
「あ、いえ。なんでもないです…」
「…そうか。まあまずは今我々がすべきことに集中しよう」
この後、黒鉄部隊は2日半掛けて奄美大島沖まで移動。
佐世保港より出張っていた補給部隊より物資の補給を受け、その後更に3日掛けシナ海艦隊が一時の停泊地としている、ルソン島より北約50kmの位置にあるバブヤン諸島を目指した。
また鹿屋基地の航空機部隊集結とこの黒鉄艦隊の移動は連盟軍側にも諜報部隊を通して報されており、いよいよ日本軍が南西方面へ大攻勢を掛けに来たと判断したマッカーサーはフィリピンより脱出することを決断。
米軍のマニラ撤退は闇夜に紛れて行われ、黒鉄部隊バブヤン諸島到着の前日にマニラは市長の同意の下降伏。日本の占領下となった。
出港作業の過程は現代の海上自衛隊のそれを参考にしています
なかなか旧海軍のものは調べても出てこないことが多いですね




