第一八話 黄海の鎌鼬
イメージ的には前前回の続き(?)となります
日本時間12月21日。
峰崎は妙高から垂らされたタラップを降り、桟橋に立った。
4日前、峰崎は本国からもたらされた司令によって急遽真珠湾を発ち、横須賀に戻ってきたのである。
「…流石に35ノットも出せば速いな」
「巡航速度では倍は掛かりますしね…本当は空路が一番速いのですが」
「そんなこと言っても、コイツらを置いてきちゃあ意味が無いからなぁ」
そう言い、峰崎は妙高を見上げる。
「…ですが、やはり燃費は悪いです。非常に」
「急ぎとはいえ、戦闘速度で6400kmを突っ走ったんだ。…こりゃ高野に後で怒られるかなぁ」
船も車と同じで、速度を上げればその分燃費が悪くなる。
それ故に最も燃費が良いとされる巡航速度というものが存在するのだが、大抵15~17ノット程度である。
勿論燃費がいいのは良いことだが、これではハワイから横須賀まで1週間以上掛かってしまう。
そのため、峰崎達は無茶と知りながら戦闘時の速度で帰ってきたのであった。
ちなみに35ノットというのは時速約65kmである。
17ノットが時速約31kmということを考えるとかなり速いことが分かるだろう。
「…さて、ではここまでだな」
「ええ。…峰崎司令、短い間でしたが御一緒出来て光栄でした」
「塩田、お前はこれからどうするんだ?」
「私は暫く内地で仕事を与えられるようです。詳しいことは未だ聞いていませんが」
「そうか…まぁ、良い職場だといいな?」
「ははは、少なくとも常に前線である貴方の下よりは落ち着いているでしょうな」
「それは違いないな、ははははは」
塩田と別れた後、峰崎はその脚で大本営へと向かった。
そして大本営の中に置かれた海軍軍令部のある人に会いに行ったのである。
コンコン
「どうぞ」
「失礼します」
「…来ましたか、先輩」
峰崎はそっと戸を閉めた。
促され執務室の応客用のソファに腰を下ろす。
そして向かい側に座ったのは、海軍軍令部総長、高野五十鈴である。
実は高野は大学校時代の峰崎の後輩にあたる。
峰崎の入学した歳の都合上により、峰崎が現在30丁度であるのに対し高野は23と離れているが、大学校では2期しか違わないのである。
「4日ですか…えらく速かったですね…?水上機でも使いました?」
「いや、黒鉄部隊全艦35ノットですっ飛ばして来た」
「さ、さんじゅう…!?」
サラッと出された驚愕の数字に、高野は口をあんぐり開けた。
「な、何を考えているんですか!?どれだけ燃料が無駄に…!! 」
「兵は神速を尊ぶ…と言うだろう?」
「それにしたって急ぎ過ぎでしょう!?」
呆れ顔で頭を掻きむしり、そして頭を抱えて大きな溜息をつく。
「まあ、確かに速いに越したことはないんですが…あぁ、4日もそんな速度で飛ばしたなんて…最新鋭の軍艦を酷使してくれますね」
「そういう総長サマは、突然真珠湾から呼び戻すなんて、部下を酷使してくれますね?」
「……っ!!」
普通、後輩とは言え目上の人物にこんな態度を取れば即処分物であるが……ここは高野の寛容さ故か……それともただの惰性か…。
「はぁ…ともかく、先輩にはちゃんとやってもらうことがあるんですからね」
「黒鉄部隊を動かす…となると、簡単な内容じゃなさそうだな?」
「ええ。なんてったって、ブリタニアの新鋭戦艦を叩いてもらうんですから」
「…!!…プリンス・オブ・ウェールズか」
「今現在、南シナ海で動かせる艦隊は第四、第五艦隊で編成されたシナ海艦隊だけです」
「ふむ…はっきり言って、力不足かも知らんな。…だがな、敵は1隻じゃないんだろう?我々の様な小規模部隊で太刀打ち出来るものではないと思うが」
「きっと、護衛の巡洋艦と駆逐艦を引き連れて出てくるでしょうね。あと旧式ではありますが、シンガポールにはクイーン・エリザベス級戦艦とオライオン級戦艦が2隻ずつ配備されていた筈です」
「空母は?」
「フューリアス、グローリアス、ハーミーズと見られる3隻が航空写真で確認されました」
「あの巡洋艦を改造した奴と、背高の奴か。…どうも微妙な戦力だな」
フューリアスとグローリアスはどちらも軽巡を改装して空母にしたものであり、またハーミーズはブリタニア海軍初の最初から空母として造られた"正規"空母であったが、軽巡にも劣らない水面から35mという高い艦橋を持っていた。
勿論、空母に高い艦橋は基本要らないものであり、ハーミーズの復舷性の悪さにも影響しているのではあるが…。
「確かに1隻1隻は既に旧式の艦ですが…ここにプリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レパルスが加わり一個艦隊を組めば…」
「…確かにシナ海艦隊では荷が重いか」
実際、プリンス・オブ・ウェールズ…キング・ジョージ5世級はブリタニア本国で"浮沈戦艦"と称される程の戦艦であった。
またこの時峰崎や高野は勿論、同盟国であるアメリカでさえ知らなかった事であるが…実は試験的なものではあるがジ式防壁の様なシールド発生装置も搭載していたのである。
こういった事から、ブリタニアの首相ウィルフレッド・チャーチルは建造された当初「世界最強の戦艦」とまで呼んだのだ。
「武装だけは新式でも、越後型戦艦や備前型戦艦では…」
「…だが、黒鉄部隊の装備も光学砲とはいえ20.3cmが最大だ。1発の火力だけなら越後型の積んでる35.6cmが上だろう?決定的なダメージを与えるには魚雷でもぶち込まねえと…」
「だから、先輩を呼んだんです。…"黄海の鎌鼬"を」
「…お膳立てはしてくれるんだろうな?」
「勿論。今、空軍と海軍の陸攻隊が鹿屋基地に集結しています」
「船が無いなら飛行機を使えばいいじゃないってか」
「ただし、先輩の言った通り出来るのはお膳立てだけです。プリンス・オブ・ウェールズの撃沈は艦対艦攻撃によって行って下さい」
その言葉に、峰崎はフッと微笑む。
余裕のそれにも見えるが、不敵なそれにも見える。
「全く…随分と無茶を言ってくれるな」
「参加艦艇ですが、シナ海艦隊からも可能な限りの増援を出します。果たしてそれがどれだけのプラスになるかは分かりませんが…」
「ま、無理に寄越さなくてもいい。フィリピンの方が手薄になっても困るしな」
「先輩には今月の28日までに作戦立案をして貰います」
「1週間後か。ほらな?早く帰ってきて良かっただろ?」
「うぐぐ……兎に角!頼みましたよ!」
まるで子供の様にバンバンと机を叩く高野。
しかし峰崎はそれを笑って流すだけであった。
黄海海戦。
それは、プロイセンの要請によって大陸への侵攻を開始した秋津洲海軍と中華海軍との間で起きた海戦である。
秋津洲海軍の参加兵力は、戦艦6、巡洋艦20、駆逐艦及びその他小艦艇90、潜水艦20。
それに対して中華海軍の参加兵力は、戦艦10、巡洋艦40、駆逐艦及びその他小艦艇110、潜水艦10であった。
ちなみにこの時中華とソビエトは連携が上手く行かなかったのと、ソビエトの海上戦力の殆どが欧州に集中していたためソビエト艦隊は参戦出来なかった。
それでも単純な数で秋津洲は不利なうえ、更に戦闘海域が黄海であったため中華軍の陸上基地からの航空支援もあり、戦いは困難を極めた。
また中華海軍はアメリカからの技術提供もあり新システムを搭載した精鋭艦揃いであったが、秋津洲海軍は老朽化した艦ばかり。
秋津洲海軍が勝っていたのは潜水艦の性能と、それ故の対潜兵装の性能だけであったのだ。
秋中戦争初戦、先ず空戦に於いてはパイロットの技量と、固定脚という脚の収納機構の無い旧式ながらも抜群の旋回性能を持つ九六式艦上戦闘機の活躍により互角の戦いをしてみせた。
しかし圧倒的に数の足りない秋津洲軍はこのまま持久戦になれば確実に負けることを悟っていた。
そこで海上戦力の集中投入によって制海権を手に入れ、上陸作戦を以て直接中華軍基地を叩こうと考えたのである。
だが先刻も説明したように、単純な数と性能では秋津洲艦隊に勝ち目は無い。
何かしらの秘策をもってその戦力差をひっくり返す必要があったのだ。
ここで秋津洲艦隊が目をつけたのは、水雷戦力であった。
世界連盟によって定められた条約の厳しい保有制限によって戦艦や空母等の大型艦の数を制限されていた秋津洲は、少しでも戦力を補う為に小型艦艇でも大きな戦果を期待できる水雷戦力の開発に力を入れていたのである。
これによって生み出されたものの中でも代表的なのが、大型の艦載酸素魚雷だ。
中華海軍含め多くの世界連盟諸国は直径533mmの内燃焼魚雷を使用しており、また魚雷そのものを重要視していなかったこともあり秋津洲と比べ水雷対策の水準が低かったのである。
秋津洲海軍は国内の水雷艇と魚雷艇を掻き集め、合計66隻の部隊とした。
魚雷艇部隊は5隻で一水雷郡とされ第十一水雷郡までが編成され、それぞれの指揮に水雷艇1隻が当たった。
そしてこの時考案された作戦は、漸減戦法というものを主としたものであった。
その内容は、幾度にも渡る水雷部隊や航空部隊の攻撃によって敵艦隊の戦力を削ぎ、その後艦隊戦力によって決戦を挑むというものである。
この作戦は実行され、黄海海戦では昼のうちに航空機による攻撃が繰り返され、夜の帳が下りてから水雷部隊による攻撃が繰り返された。
そして、このとき特に目ざましい活躍をしたのが第四水雷郡であり、その指揮官こそ峰崎であったのだ。
峰崎率いる第四水雷群は兎に角他部隊よりも敵艦隊に肉迫し、確実に魚雷を命中させていった。
更に峰崎が徹底させたのは、あくまでも自分達が"補助戦力"である自覚を持つことであった。
やはり軍人としては、大きな戦果が欲しい。
駆逐艦より巡洋艦。巡洋艦より戦艦と、大きな目標を狙いがちになってしまう。
しかし峰崎は敵艦隊の駆逐艦や巡洋艦を優先して狙うことで、確実に敵艦隊の戦力を削いでいったのだ。
そして遂に敵主力艦郡の外周を固める護衛部隊の一角が瓦解。
その隙を逃さず峰崎は突撃を敢行し、敵中にて煙幕を撒いたのである。
ただでさえ月が雲に隠れた中での夜間戦闘。
煙幕を撒かれ探照灯さえ頼れなくなってしまった敵艦隊は大混乱となり、他の水雷郡の突入をも許してしまったのだ。
こうなってしまえばあとは大混戦。
秋津洲側の被害も決して少なくはなかったが、中華艦隊は実質的に戦力を半減させられてしまった。
これにより主力同士の砲撃戦は秋津洲に有利な運びとなり、全滅とまではいかなかったものの黄海の制海権は秋津洲が握ることとなったのである。
その後は秋津洲陸軍の上陸作戦成功と陸上での快進撃が重なり、中華大陸の沿岸部をほぼ占拠するまでに至った。
そして、この時の活躍ぶりから第四水雷群は「鎌鼬部隊」と呼称され、峰崎自身には"黄海の鎌鼬"という異名が付いたのだった。
というわけで、高野には後輩属性が付与されました
正直迷ったんですよね…階級的には明らかに高野が上なんですけど、少し親しみやすさも付けたかったというか…
ちなみに漸減戦法については正直、日本海海戦(対馬沖海戦)を意識しています
尚、ここに出てくる水雷艇は30ノット以上出せるやつです
本当はもうちょっと遅いですし運用方法も微妙に違うんですけど、この世界での水雷艇は"そういうもの"だということで…w




