第一六話 赤坂会議
ここでちょっと日本に戻りますよ
今のとこ出番の少ない"総長"達の回です
一台の黒いセダンが、帝都の夜景の中を走る。
後部座席に乗っているのは、海軍軍令部総長 高野五十鈴である。
しかし、後部座席に座るのは高野だけでは無い。
もう一人、若い女性が高野の隣に座っていた。
鶯色のセミロングという特徴的な髪に、服装は白衣という出で立ちの彼女であるが、軍令部総長の高野の隣で脚を組むという豪胆な振る舞い。
あからさまに異様な光景であったが高野は特に気にしている様子も無かった。
セダンは帝都東京、赤坂のとある料亭の前で停まった。
運転手が後部座席の扉を開け、二人を降ろす。
「君。今晩は遅くなるだろうから、先に帰りなさい」
「お帰りの際は宜しいのですか?」
「ああ、構わん」
「諒解しました」
高野の指示を受け、運転手は再びセダンに乗り込み去って行った。
「へーぇ、五十鈴ちゃんも偉くなったもんだねぇ」
白衣の女性は小馬鹿にしたような笑みで高野を茶化す。
しかも下の名前でちゃん付けである。
すると高野はさっきまでの態度からは想像もつかない、ある意味普通というか、歳相応というか、そんな態度で喋り出した。
「そーですよ、今の私は偉いんです。なんたって海軍軍令部総長ですからね!」
わざとらしく胸を張る高野。
その様子は、とても軍の高官とは思えない。
「まーったく、無い胸を張っちゃって…」
「なっ…!!」
「どうなのぉ?昔は『これから成長するんです!』とか言ってたけどさぁ」
「う、うううう煩い!そんなの放っておいてください!!立場的には私の方が上なんですよ!?」
「あーら職権乱用ー?」
二人が料亭の入り口でまるで学生のようなやり取りをしていると、奥から武田が呆れ顔で出てきた。
「貴様ら何をしている。さっさと入れ、みっともない」
会の参加者は4人であった。
まずは陸、海、空、各軍の軍令部総長である東条、高野、武田。
そして白衣の女性–––総合技術廠、通称総技廠の実質的最高責任者である平賀由鶴だ。
「さてさて、ようやく全員集まったことだしな。早速乾杯と行こうじゃないか」
東条が乾杯の音頭をとり、全員が盃を掲げる。
「...全く、貴様らわざわざあんな所で茶番を繰り広げることもないだろうに...」
武田が盃を傾けながら文句を言う。
「い、いやあれは由鶴ちゃんが変なこと言うから...」
「あっはは、こんなのが海軍軍令部総長サマってんだからねぇ?」
「どーいう意味ですか!?」
ケラケラと笑う平賀。
高野は不満気な表情のままブツブツとボヤく。
「そもそもクーデター後の変革で私はどっかの艦隊司令になる予定だったんですよ。なのにギリギリになって山本さんが...」
本来海軍軍令部総長の役職には、山本が就く予定であった。
しかし突然山本が「俺は今の役職から動かん」と言い出し、代わりに高野を推薦したのだ。
当時まだ士官学校を卒業したばかりの高野からしてみれば、「これから出世出来るよう頑張るぞー!」と思っていた矢先突然海軍の頂点に放り込まれたようなものである。
「ははは、まぁいいじゃないか。結果こうして陸、海、空、技、それぞれのトップが“同期“になったんだからな」
実はこの四人、軍士官学校の同期である。
かつて士官学校は陸、海それぞれ別の場所にあったのだが、15年前空軍が創設されるのと技術者専門の士官学校を設立するにあたって、全てを統合した新たな学校を建てたのである。
『特別養兵大学校』。通称"特養大"。
三浦半島の走水に建てられたこの学校は実質的に大学のようなものだ。
学部のような形で陸、海、空と別れており、更にその中で学科のような形で様々な分野で別れているのである。
但し技術関係に関しては陸海空それぞれの技術科がそれに当たる為、所謂"技術学部"は存在しない。
そんな統合士官学校とも言えるこの学校の同期である彼等は、学生時代を共に過ごした仲であった。
「一時期は陸海空それぞれの仲の悪さが目立ったりもしたが、その心配も暫くは無いだろうしな。山本殿もそこを考えたのだろう」
「まぁそれは…そうかもしれないですけど…」
「それに見方を変えれば、それだけ五十鈴が山本殿に気に入られているということだろう?」
そう言い、東条は盃の中の酒を飲み干す。
「それ自体は嬉しいんですけど…私なんかで良いのか…」
「貴様、一応海軍部の首席卒業者だろうが。貴様が駄目なら誰だったら良いんだ」
相変わらず呆れ顔の武田である。しかし直ぐに真面目な表情に戻ると東条の方を向いた。
「ところで東条。フィリピンの方はどんな具合だ?」
「む、一応報告書は届いていると思うが」
「それは確認した。だが、私は現状ではなく貴様の予想を聞きたい。攻略には時間が掛かりそうか?」
「長引くかどうか…か…」
東条は腕を組むと、ウーンと唸る。
「一応今は順調と言えるだろう。だがもしマッカーサーがマニラで籠城するとなれば、こちらが敗北することはないだろうが時間が掛かる」
「奴が撤退するのかどうか…というところか」
「ああ。マッカーサーが撤退してくれればマニラも降伏してくれるかもしれないが…もし徹底抗戦となれば面倒だな。流石にマニラを戦略爆撃するわけにもいかないし…」
「『海鷲』からは、アメリカ本国がマッカーサーのフィリピン脱出も計画しているという話ですが…」
この海鷲というのは現在海軍がアメリカに潜入させている諜報機関のことであるが、詳細は後に語られるであろう…。
「マッカーサーが簡単にそれに乗るとも思えないがなぁ…何でもあの男は随分と負けず嫌いらしいじゃないか」
「負けず嫌いねぇ…何ともまぁ面倒臭そうな話だこと?」
「一応海軍も、敢えて相手の後方は塞がないようにしています。オーストラリアの方に逃げてくれれば有難いのですが…」
「マレーの方に行かれるとな…正直あの男と何度も戦いたくは無い」
「…フィリピン攻略が完了する前に、マレー侵攻を始める可能性もある…と?」
その武田の言葉に、東条は更に難しい顔をする。
「ある…と言うか、せざるを得ないだろうな」
「兵力に余裕はあるんですか?」
「中国戦線を縮小させているからな」
「中国戦線を…!?」
高野にとっては驚愕の話であった。
中国戦線の縮小化の案自体はかなり前から存在した。
しかし軍備や、世間的にも海軍以上に蔑ろにされていた陸軍にとっては、この案は受け入れ難いものだったのである。
それこそ、陸海軍が相当仲が悪かった時期だ。
他国と比べれば、老朽艦の使い回しやお下がりの兵装ばかりである海軍であったが、それでもまだマシであったのだ。
陸軍は兵の訓練こそ海軍に劣るものではなかったが、何より兵装の貧弱さが否めない。
主力戦車は国産ではあるが、はっきり言って他国のものとは比べ物にならない程脆く、そして砲門口径も小さい。
対中戦線では中国軍の戦車と五角にやり合っていたが、対ソ戦線ではノモンハンで大敗北を喫していたのである。
歩兵装備もまた同様であり、軽機関銃に至ってはもう40年は後継装備が開発されていない。
「陸軍が中国侵攻を止めるなんて…」
「ま、これでも陸軍軍令部総長だからな。根回しには苦労したが、これで対中戦線で損耗は抑えられる」
「ほう…?よく関東軍を抑えることが出来たな」
この関東軍は、対中戦争の発端とも言えるだろう。
秋津洲政府がプロイセンから中国侵攻の要求を受けた際、最初は秋津洲政府も躊躇したのである。
しかしこの時、勝手に動いたのが関東軍であった。
秋津洲共和国の数少ない植民地であった満州に駐留していた関東軍は、命令が無かったのにも関わらず侵攻を開始したのである。
結果、そのまま対中戦争が始まってしまったのであった。
「あぁ…実はな、あまりこういうことはしたくなかったのだが、クーデターの際に関東軍の司令官と一部将校を命令無視で更迭したんだ」
「そうなんですか…!」
「その代わりに俺が信頼出来るやつを配属した。ま、流石に今勝手に動くやつはいないだろう」
「ふむ…しかし、対中戦線の縮小は中国大陸の米軍基地化の懸念もあるのではないか?今のうちに戦力の増強を図り、一気に反攻作戦に出てくる可能性もあると思うが」
現在の中国軍は、実際中国人で編成された米軍と言っても良いだろう。
使用されている殆どの兵器は米軍が提供したものであり、また資金面でも援助しているのは米軍だ。
実際、中国大陸には多くの米軍基地、飛行場が存在している。
武田の心配は、日本が侵攻を控えている内にこれらの基地、飛行場が更に増えるのではないかということだった。
ただでさえ膠着していた戦線であり、更に今日本側は一部の兵を撤収させている。
もし敵が攻勢に出れば、恐らく戦況はこちらの不利になるだろう。
しかし、武田の懸念に対し東条は何故か笑みを浮かべる。
「それについてだが…実はある作戦を計画していてな。その為に最前線の関東軍に、俺の命令で動かし易い人間を送り込んだんだ」
「作戦…ですか?」
「ああ、そうだ」
そう言うと、東条は黒いファインダーを鞄から取り出す。
そしてそれを開き、高野と武田の二人に見えるように卓に置く。
「「…!?」」
その内容を一読し、高野と武田は驚愕する。
しかし、平賀は内容も見ずにニヤニヤしている。
「陛下からも承認を得ている。これならお前達も文句無いだろう?」
「そりゃ最高指揮権のある陛下の承認があるなら、文句の言いようが無いですけど…」
「…由鶴、貴様は知っていたのか?」
平賀の様子に気付いた武田は、すぐさま平賀に問い掛ける。
すると平賀はニヤニヤと笑みを浮かべたまま盃をグイッと傾けた。
「もッちろん、知ってたよ?ヒデちゃんに相談されたからねぇ、"貢物"について」
「"貢物"…か。しかし、大丈夫なのかこれは?下手をすれは利敵行為と言われることも…」
「ま、そう言うやつもいるだろうな。だがそこは流石に平賀とも話し合って詳細を決めている。戦況を不利にする様なものではないさ」
「…なるほど、もし上手くいけば戦況は大きくこちらの有利に動きますね」
「何より中国の存在は我々の"大亜細亜計画"には欠かせない存在だ」
大亜細亜計画。この大層な名前の計画は、日本帝国の企む計画の中でも特に大きく、重要なものである。
だがその内容は第一級の機密として秘匿されており、一般人は勿論、軍属でさえ知る者は少ない。
果たして…?
「そして、今俺が進めている対中作戦…これの成否は、マレー攻略やフィリピン攻略の成否も影響するだろう…」
「…絶対に、失敗出来ない訳ですね」
東条の言葉に、高野は深く頷く。
しかし即座に武田が割り込む。
「だが既に報告は届いていると思うが、現在英領シンガポールには英国の強力な艦隊が配備されている。空軍管轄下の九七式大艇が偵察を行った」
「へぇ、九七式?あんなので偵察したの?あんなボロ飛行艇でよく頑張るねぇ」
「ボロとはなんだ!…まぁ、旧型なのは否めんが」
「由鶴ちゃんだって分かってますよね?予算不足で長いこと大艇の研究も進んでなかったこと…」
「陸軍ではあまり運用しないが…九七式と言うと、40年以上古いものになるのか」
「だーから今うちの航空部門ががんばってんでしょが。まったく、ココぞとばかりに要求満載にしてくれちゃってぇ」
ここで珍しく平賀が困った顔をして頭掻く。
「速く堅く強く…って、皆飛行艇に何求めてんの?空中戦艦でも作んの?」
「まぁ平賀や空技廠の連中には申し訳ないが頑張ってくれ。さて、話を戻すが…どうやら英国はシンガポールに新鋭戦艦を派遣したようだ」
「…プリンス・オブ・ウェールズ…ですね」
今度は高野が困り顔になり、眉をひそめる。
「はっきり言って、今フィリピンや東シナ海に展開している艦じゃ太刀打ち出来ませんね…」
高野を悩ませるこのプリンス・オブ・ウェールズというのは、キング・ジョージ5世級という英国の最新鋭の戦艦である。
14inch四連装光学砲2基8門と14inch連装通常砲1基2門を備え、更に最新の防御システムが施されている。
砲口径は米戦艦メリーランドの16inchに劣るものの、大口径光学砲を装備していながら速力29ノットという快速の戦艦であった。
「英国が何かしらの増援をシンガポールに送ることは予想していました。ですが、まさかキング・ジョージ5世級の1隻まで出してくるとは思いませんでした…」
「流石は英国だな。我々は思っていたより侮られていなかった…か」
この時、もし長門と陸奥…或いはハワイ攻略に参加した新造戦艦を出せるのであれば簡単であったのかもしれない。
しかしハワイ攻略に向かった聯合艦隊はハワイ諸島から動かせない状況にある。
ハワイ奪回を狙う米国の攻撃があるかもしれないからだ。
一部航空戦艦は本国に帰投したものの、こちらも本土防衛で動かせない。
そもそも航空戦艦では砲撃能力で劣る為、砲撃戦では先ず勝ち目が無いだろう。
「…なぁ、高野」
「はい?」
「黒鉄は動かせないか?」
「黒鉄部隊…ですか?ええ、あれは"建前上"聯合艦隊所属なだけなので、確かに自由に動かせますが…」
高野は口元に手を当て、思考を巡らせる。
「でもいくら防壁を搭載しているとはいえ、所詮は巡洋艦と駆逐艦で構成された小規模部隊…とても一個艦隊に太刀打ち出来るものではないと思いますが…」
「しかし、米太平洋艦隊相手に大立ち回りを演じて見せたんだろう?」
「あれは結局陽動でしたし、敵戦艦の撃沈には至っていませんよ…」
「…高野。ならば我々空軍も動いてはどうだろうか」
「扇ちゃん…?」
「鹿屋基地の陸攻隊も出すのだ。100機以上の陸攻による航空攻撃ならば敵艦隊を撃滅までは出来なくとも、それなりの損害を与えることは出来る」
「んー?でもさぁ、一式陸攻でも届かなくない?シンガポールの艦隊なら、戦場は南シナ海でしょ?片道攻撃は出来ても帰れないよ?」
「確かに鹿屋基地から南シナ海までは約3000kmある。一式陸攻の航続距離は爆装して3400km…往復はとてもじゃないが出来ん」
「…となると、どこかで補給させるんですか?」
「ああ。フィリピンだ」
「フィリピンですか!?」
「しかしだな武田。フィリピン攻略まで待つ暇は無いぞ?それに新たな飛行場を作る時間も…」
「確か今、ルソン島北部攻略部隊はマロロスまで進撃しているんだったな?」
「あぁ、そうだが………そうか!イバ基地とクラーク基地だな?」
東条も閃き、手を叩く。
イバ基地とクラーク基地とは、フィリピンルソン島のマニラから北西に位置する"元"米軍の基地である。
今は日本軍の侵攻がマニラを目前とするマロロスまで進んでおり、既にイバ基地とクラーク基地は日本軍の占領下にあったのだ。
「よし、では俺からイバ基地とクラーク基地を占領している部隊に司令を出しておこう。高野、お前もそれでいいな?」
「はい。私も直ぐに黒鉄部隊を動かします」
「私も直ぐに陸攻隊指揮官に作戦立案をさせよう。それと高野、海軍管轄下の陸攻も此方の指揮下に置いても構わんか」
「わかりました、空軍の指揮下に入るよう司令を出しておきましょう」
「(うはぁ、大きな作戦がこんな酒の席で決まっちゃったよ)」
夜は更けて行く。
しかし4人の宴は熱く、そして深くなって行く。
完全ではないが、一枚岩となった軍隊はどのような動きを見せるのか…?
現場の経験が少ない若者が長とは、如何なものなのか?なんて考えもあるかもしれませんが、彼等は皆、それぞれの恩師から教えを受けています
高野なら恩師というのは山本ですが、そのうちそれぞれのストーリーも書いていきたいですね




