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自由広場の横。芝生の上で空は目が覚めた。
わずかに痛む左頬に触れながら体を起こす。
「空ニィ気がついた?」
「いてててて」
平野と小松の姿はない。陸はたこ焼きと焼きそばの入ったプラスチック容器を持っている。
「なんでクニツル持ち歩いてないのさ? こーゆーときの冷やす物なくて困るじゃん」
「いや待て。まず冷やすような事態はそうそう起こらない」
「月に二回は起こってるような気ぃするけど?」
「…………」
空は過去を思い出す。否定する言葉が出なかった。だだ、冷やすことになる原因は陸の拳である。
「クニツルはあれからずっと無反応のままだし……。平野さんと小松さんは?」
「時間が遅くなってきたからって帰ったよ。クニツルが動かなくなって――四日は経ってるよね」
陸は指を折りながら答えた。
空は自由広場の真ん中にある時計を見た。
夜の8時を回っている。
「帰るか」
「うん」
****
空は寝る支度を済ませ、布団にもぐっている。
空は明日学校で謝らなければと考えを巡らせる。
まずは椿沢に対して誤解を解かなければいけない。
そして平野。彼女にしてしまった行為もわざとではないとはいえ、謝らなければいけない。
さらに六班メンバーにも。誘いを断ってしまったこと。
祭りはまだ二日残っている。今度は自分から誘おう。と。
空はあの感触を思い出す。柔らかい感触。
しかし、その邪念を払うように首を振る。
部屋の中に充満しているラベンダーの香り。
安眠効果を期待して今日もアロマ加湿器を稼働させている。
謝罪。邪念。謝罪。邪念。
空は脳内で戦っていた。平野の大きな乳の感触を思い出さないように。
小清水に謝るシーンを想像する。次に湊。しかしどうしても湊の胸に視線が向かう。
空は首を振る。湊はあきらめ竹田。これは成功する。
次は川谷。
空は目を開けた。
体を起こしあぐらを組む。顎に手を当てて考える。いや、思い出す。
しかし思い出せない。
なにを思い出せないのか。
「川谷さんの顔ってどんな顔だったっけ……」
空は今までの思い出を辿るように思い返す。しかし、川谷の顔には白いモヤがかかったように思い出せない。
シルエットが似ていると小清水に言われたせいか、無理にモヤを払おうとすると椿沢の顔が出てくる。
「…………」
消しゴムのこと。図書委員でのこと。ピッピマートで買い物したこと。
「…………いや。川谷って誰だっけ? そんな人いたっけ?」
空の中から川谷という存在が薄くなり。消えた瞬間だった。
再度横になり、空は目を閉じた。
次の日。朝。
陸は目を覚ました。
学校の支度を済ませツインテールもバッチリ。
しかし、肝心の朝ごはんがない。空がまだ起きてこないのだ。
陸は珍しいと思いながら空の部屋へ向おうとしたとき。インターホンが鳴った。
平野と小松が来たのだ。
陸は二人をリビングに待たせ、空の部屋へ向かった。
中に入ると、布団に潜ったままの空。顔まで布団をかぶっている。
「空ニィ! いつまで寝てんの! 朝だよ朝!」
いつもならすぐにパキンと起きる空だが、まったくの無反応。
「空ニィ!!」
陸はおかしいと思いながら馬乗りになる。
布団の上から両肩を掴むように揺さぶる。
「空ニィ!! 朝!!」
そのとき布団がめくれて空の顔が出る。青白くなった空の顔が。
「空……ニィ?」
陸は空の顔に触れた。
体温という温かさはなく、冷たくなった顔。
「……え……なに? 空ニィ? なにこれ? ドッキリ? どっかに隠しカメラでも仕掛けてんの? ねえ! 空ニィ!!」
空はうんともすんとも言わない。
ただただ陸に揺さぶられ続ける。
リビングにいる平野と小松は異変を感じていた。
二階から聞こえてくる陸の叫び。
「清香ちゃん……なんか様子が変じゃない?」
「たしかに騒がしいですわね」
「見にいこうよぉ」
「ええ」
二人は階段を上がる。
だんだん大きくなってくる陸の叫び。
二人はただ事ではないと感じ、階段を駆け上がった。そして、部屋に入る。
「空ニィ!! 空ニィ!! 返事して!! お願いだから!! 起きて!! 空ニィ!!」
涙を流しながら空を揺さぶる陸の姿。
「陸さん!? 一体どうしたというのです!?」
平野が問うも、陸の耳には入っていない。
小松は恐る恐る近づき、手で口を押さえた。
「き、き、清香ちゃん!! 救急車!! 救急車呼んで!! 早く!!」
「え!?」
平野は状況を理解した。
「わ、わかりましたわ!」
平野は階段を駆け下りる。携帯電話はリビングにある鞄の中。
そして、リビングに入ろうとしたとき。平野の視界になにかが入った。
確認するため、なにかがいた玄関を再度見る。
「あ、あなたは!? 副会長!?」
玄関に立っていたのは椿沢。
目からは光が失われ、不気味に笑っている。体は左右に揺れ、靴のまま玄関を上がってくる。
平野は不思議に思ったがそれどころではない。救急車を呼ばなければいけないのだ。
リビングで鞄をあさり携帯を取り出した。
そのとき、平野は携帯を持つ手を掴まれる。
掴んでいたのは椿沢。
「な、なにをするのですか! 一刻を争うかもしれないのですわ! 離してくださいますか!!」
椿沢は不気味な笑顔のまま口を開く。
「その必要はありません。やっと、やっと手に入れたのですから」
「はあ!?」
平野は強引に振りほどき電話をかけた。
「ふふふ。無駄なことを。……まあいいでしょう」
椿沢はそう言い残し、家から出ていった。




