激戦フリスピー、僕の変化
「フ~リ~ス~ピ~!」
僕が固い木を削って作成した円盤、フリスピーを掲げ、声を作って叫んだ。フィーナ姉とアルジュナさんは同時に目を擦り、僕の背後の空間をまじまじと見つめる。思っていた反応と違い僕は怪訝な顔になる。
「どうしたの、二人とも」
「カイル君の背後に変な物……違う……生物なの?」
「ウム。カイルの背後に色の青い……タヌキ……かのう、あれは?」
僕は後ろを振り向くがそこには生物などいない、のどかな光景が広がっていた。二人が見た物、それは久坂さんの記憶にあった未来から来たネコ型のゴーレムの事だろう。確かに僕はそのネコ型のゴーレムの声真似をしたんだけど元になった物がどうして二人に見えたのだろう。首を捻るが答えが出る訳でなし、とりあえず置いておくことにした。
「えっとですね、このフリスピーというのはこうやって投げて遊ぶんです」
僕はフリスピーを投げる。フリスピーは空を滑るように飛んでいき飛距離を伸ばす。
「おお、結構飛んだな」
思ったよりフリスピーの出来がいいなと感心しているといきなりフィーナ姉がフリスピーを追って走る。跳躍し空中でフリスピーをキャッチ、クルリと一回転して着地する。フィーナ姉は僕の元に駆け寄りフリスピーを差し出す。
「カイル君、もう一回! もう一回!」
フィーナ姉が興奮が尻尾をブンブン降りながら言う
(フィーナ姉、ワンコの本能全開だな)
「……なるほどのう、そうやって遊ぶのか」
アルジュナさんが目を輝かせ関心しきりにに言う。
(本来は数人で投げてキャッチしてまた投げてって遊ぶんですけど、まあいいか……)
「もう一回行くよ」
僕は再びフリスピーを投げる。フィーナ姉がフリスピーを追って走る。そして跳躍、フリスピーに手が届いたと思った時、別の何かがフィーナ姉の手より先にフリスピーを奪い去った。フィーナ姉は驚愕の表情を顔に張り付けたまま着地する。フリスピーを奪ったものを見てフィーナ姉が歯噛みする。
「……アルジュナ様、横取りなんて卑怯ですよ!」
「勝負というのは非情なものよ」
アルジュナさんが自慢げに笑う。それが悔しくてフィーナ姉が地団駄を踏む。二人がこちらを見ると恐ろしいスピードで僕の元に駆け寄ってきた。
「ほれ、カイル。もう一投頼むぞ、次もワシが取るがな」
「そうはいきませんよ、次は取らせてもらいます」
「えっと……二人とも落ち着いて、これは遊びなんだから……」
「何を言っとるか、これは女の戦いじゃ!!」
「そうだよカイル君! 負けたままじゃ女が廃るんだよ!!」
二人の気迫に僕は溜め息をつき、諦観の境地でフリスピーを投げた。フィーナ姉が強く踏み込み疾走する。砂煙が立ち上る勢いだった。そしてアルジュナさんは何もない空間を思いっきり蹴った。そこに壁があるとでも言うような凄まじい音と同時に大砲の砲弾が如くアルジュナさんが射出された。
二人のスタート時に起こった強風が砂を巻き上げる。
(お遊びでそこまで真剣にならないでよ!?)
呆れている僕を尻目に二人はフリスピーを追う。フィーナ姉が跳躍、アルジュナさんが上昇してフリスピーに手を伸ばす。二人が一瞬クロスしたように見えた。スタリと着地したフィーナ姉の右手にはフリスピーが握られていた。今度はフィーナ姉の勝ちだった。
フィーナ姉が鼻た影に胸を張る。それを悔し気に見つめるアルジュナさん。二人の姿が消え次の瞬間僕の目の前に現れた。
「カイル、次じゃ、次!!」
「次も私が勝たせてもらいますよ、オバアチャン」
「クゥッ! 若造が調子にに乗りおって!!」
僕はもう何も考えず無心でフリスピーを投げる事にした。フリスピーを投げた瞬間二人が動き、所々で妨害し、フリスピーを奪い合っているのだ。二人の妨害というか戦いに僕は目を奪われる。
(二人とも凄い。アルジュナさんは神様だから分かるけどフィーナ姉がこんな事出来るだなんて……)
僕は二人の戦いがもっと見たくてフリスピーを投げる。段々壮絶バトルの様相を呈してきており、アルジュナさんが攻撃魔法を使用してきている。それを華麗に躱し、肉弾戦を挑むフィーナ姉。
(アルジュナさんって神さま何だよね!? 攻撃していいのフィーナ姉!?)
何度目の戦いが終わったのだろう。フリスピーを差し出されもう一回投げろと二人は言うが僕が限界だった。
「もうダメ……」
僕はその場にへたり込んだ。
(だかだがフリスピーを投げるだけでこんなに疲れるとは思わなかった……)
「カイルがこの様子じゃとお遊びはここまでのようじゃの?」
「そうですね、アルジュナ様」
(二人にとっては遊びだったの?)
「勝敗は残念じゃが引き分けのようじゃの。あと一回あればワシの勝ち越しなんじゃが」
「いいえ、私が一回多く取っています、私の勝ちですよ」
「一回多くって……最初の一投か? あれはルールの確認の為じゃろう? あれは無しじゃろ」
「いいえ、あの時から戦いはすでに始まっていました。だから私の勝ちです」
「お主、それはずるくないか?」
「最初に言ったじゃないですか、戦いは非情な物だと」
睨み合う二人。僕に何か出来ないか、二人を止める事は出来ないかと考えていた時、僕のお腹がクゥッとなった。二人が僕を見てクスリと笑った。睨み合っていたのにどうしてこういう時には息が合うのやら。
(二人を止めたいと思ったけどこれはないよ、僕のバカ!!)
顔を赤くする僕の後ろから優しく抱きしめるフィーナ姉。
「カワイイよ、カイル君!!」
「そんな大きな腹の音を立てるとはお子様じゃのう」
アルジュナさんが僕をからかう。
「悲しい事に僕はまだ子供ですから……」
僕は下を向いてふてくされる。
「まあ、よいよい。二人は大樹の根元に戻っておれ。ワシは……ここを何とかしておく……」
二人の壮絶バトルの影響はひどいものだった。地面には抉れた様な穴が何ヵ所も開いており、木々は倒れ、煙が立ち上り、花が散っている。何も知らない人が見ればこの場で大規模な戦闘でもあったのかと思うだろう。
「アルジュナ様、お願いします。じゃあカイル君、失礼」
そう言ってフィーナ姉が僕をお姫様抱っこをする。またやられたかと歯噛みしてるとフィーナ姉が何やら考え込んでいる。
「どうしたのフィーナ姉?」
「……カイル君、少し重たくなった?」
「ホントッ!?」
体が弱くガリガリの痩せっぽちな僕にとって太ったというのはとても嬉しい話だった。フィーナ姉も喜んでくれているかと思ったら少し様子が違った。
「あの大怪我以来、カイル君どんどん変わっていくね。嬉しいんだけど……急激すぎてお姉ちゃん少し不安だよ」
フィーナ姉は笑っているのに少し寂し気で弱々しい。僕は安心させたくてフィーナ姉の頭を撫でる。フィーナ姉が少し驚いた顔をしていた。
「カイル君?」
「大丈夫だよ、フィーナ姉。僕は変わっていくけど変わらない物もちゃんとあるから。それがある限り僕はフィーナ姉の……家族だよ」
「カイル君……」
フィーナ姉が慈母の女神のように優しく微笑む。フィーナ姉の笑顔に僕はドキリとしてソッポを向く。
「変わっていく上での目標はフィーナ姉をお姫様抱っこすることだから。フィーナ姉も恥ずかしがらせてやるから覚悟してね」
「それは嬉しいね。お姉ちゃん期待しちゃう」
「ウーッ、早く行ってよ! 僕、お腹がすいているんだから」
「任されたよ、超特急で行くからね!!」
走り出すフィーナ姉には先程の寂しそうなものとは違う、お日様の様な笑顔があって僕はとても安心した。