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プロローグ

―――眼から火花が飛び散った。

頭に強い衝撃を受けると本当に火花が出るのだと僕ことカイル・ワルトハイムはこの時知った。その後の後頭部の激痛、そして背中を塗らす生ぬるい液体の感触を気持ち悪いなと思いながら意識が暗転した。暗転する直前に誰かの悲鳴を聞いたような気がした。


「カイル君!!」


フィーナ姉の声だったような気がする。どうか落ち着いて、僕は大丈夫だからと言いたかったがすでに声を出す事が出来なくなっていた。



「……イ……く……イル…くん……カイル君ッ!!」


最も親しい人の緊迫した声に僕は目を見開く。そこにはダメな僕の世話をしてくれる犬の獣人メイドさん、フィーナ・レイクス姉さんが心配げにこちらの顔を覗いていた。


「フィーナ姉……」


僕は掠れた声でフィーナ姉の名前を呟き、手を伸ばし頬を撫でる。疲労の色が濃く、涙を流した跡が見て取れる。


(ひどい顔になっているな、僕がそうさせたんだろうな……)


「ゴメンね……」


僕は心の底から誤った。


「カイル君……」


僕の声を聞いたフィーナ姉は髪の色と同じ栗色の瞳から大粒の涙を流し僕の顔に幾つも落ちる。涙でクシャクシャになっているのにその顔は非常にきれいだなと思った。

フィーナ姉は不意に顔を近づけてくる。唇が触れるくらいの距離まで顔を近づけてくる。それにドキマギしているとフィーナ姉は僕の頬をぺろりと舐めた。一回二回ではなく何度もペロペロと舐めてくる。よく見るとフィーナ姉のおっきなお尻の辺りになる栗色の尻尾がブンブンと音を立てて振られている。

フィーナ姉は嬉しい事、感激するような事があると本当の犬のように僕の顔をペロペロと舐めてくるのだ。


(フィーナ姉は美人だし、いい匂いがするし、女性的なところが大きいし、抱き着かれた時の柔らかい感触が気持ちいし、年頃の男の子には色々困る所が多い。そんな人にペロペロ舐められるのは非常にマズい! お願いだからヤメテッ!!)


僕は心の中で悲鳴を上げるが、僕が心配させたからこの状況になったと思うと何もいう事が事は出来ず、されるがままになった。ちなみに僕が十三才、フィーナ姉は十五才。


それから僕はフィーナ姉におぶさり、僕とフィーナ姉の住居である屋敷の離れに運ばれる。そこが僕とフィーナ姉の住居となっている。

僕はこれでも領主の末弟として生まれたがある理由から領主の息子とは思えない生活を送っている。その理由は幾つかあるがその最大の理由は僕の容姿だろう。両親や二つ上の兄は金髪碧眼だが、僕は黒髪黒目なのである。両親の特徴を受け継いでいないこの容姿。父は母の浮気を疑うがそれを証明する術がない。母は僕を生んだのと入れかわる様に死んでしまったのだから。当事者である母は自分を見ることなく死亡し、死ぬ間際に子供を頼むと頼まれては父もそれを無下にする事も出来なかった。母を溺愛していたという父は母を信用したがったがこの子供はと疑惑と信用の狭間の中、自分が出来る最大限の譲歩が普段顔を合わせない様屋敷の離れに住まわせる事だったのだろう。

最低限だが資金援助があるし、フィーナ姉の介護もあってかなり快適ではあるがこれではよくない。せめて一人で最低限の事が出来るようにと歩行用の杖を持て一人で外に出たのだがこれがよくなかった。足を持つらせ後ろに倒れてしまう。後頭部の位置に大きな岩がせり出しており、そこに後頭部をぶつけたのだ。死にかけたようだが、フィーナ姉が犬の獣人特有の嗅覚で僕を見つけ、あまり得意ではない治癒魔法をかけ続けてくれたようだ。おかげで一命をとりとめる事が出来た。フィーナ姉アリガトウ。


離れの裏手の井戸の前に運ばれ、そこで僕はフィーナ姉に全裸にされる。ガリガリで肋骨が浮いているし、手足も細く見られるのは恥ずかしい。だがフィーナ姉は気にしない。

僕は脱がされた服を見て顔をしかめる。


「血でドロドロになってる……」


「そうだよ、カイル君! 頭から血がいっぱい出てて本当に死んじゃうかと思ったんだよ! 怖かったんだからね!」


「でも最低限の事は一人で出来るように……」


僕はさらに言いつのろうとしたがフィーナ姉に涙目で睨まれ何もいう事が出来なくなった。


「ゴメンナサイ……」


謝る事しか出来なかった。


「よろしい……」


右手で涙を拭うと、桶を井戸に投げ込み、滑車を回して桶を引き上げる。そして水を続けて二、三度頭から勢いよくかけられる。


「ヒィッ! フィーナ姉冷たい……」


「生きてる証拠だよ、カイル君」


「もう少しお手柔らかに……」


フィーナ姉が笑顔を見せるがこの笑顔が非常に怖い。まだ、怒っているようだ。僕は口をつぐむ。フィーナ姉は後頭部や背中に張り付いた血を布で拭ってくれた。色々と触られると非常に変な気分になってくる。ぼんやりとしているとフィーナ姉にパンッと背中を叩かれる。


「終わったよ、カイル君」


「ありがとう、フィーナ姉」


全身を乾いた布で優しく拭かれ、新しい服を着せられるととてもすっきりした。ついさっきまで死にかけていたとは思えない快適さだった。


「カイル君、ここに座って」


僕はフィーナ姉に言われ井戸から一メル|(一メートル)ほど離れた場所を指差されそこまでよたよた歩く。それぐらいなら歩く事は出来るのである。何とか目的地に到着する。


「うん、そこに座って、膝は立てて、そうそう」


フィーナ姉に言われた通りに座ると、フィーナ姉が後ろに回り背中と膝の裏に手を回りホイッと持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこである。立場が逆転している為王子様抱っこなのだろうか。僕は咄嗟にフィーナ姉の首に手を回す。体が密着して恥ずかしい。


「フィーナ姉これって……」


「ご主人様をお姫様抱っこするのはメイドの特権なんだよ、カイル君」


「そんな特権聞いた事ないよ」


「いいから、いいから」


満面の笑みのフィーナ姉。お尻の尻尾が凄い勢いで振られている。とても喜んでいるフィーナ姉に文句を言う事は出来なった。


「安全運転でお願いします……」


「任されたよ!!」


フィーナ姉に鼻歌交じりに軽々と運ばれ僕は非常に情けなくなった。


(いつか、逆にフィーナ姉を抱っこしてやるんだからな……その為の記憶と知識を得る事が出来たしね)


今日の夜から早速試してみようと僕は思った。



その日の夜、寝室にて―――

読んでいた本を閉じ、ランタンの火を消そうとした時だった。寝室のドアが二度ノックされる。


「いちいちノックしなくてもいいのに……開いてるよ」


僕がそう声をかけるとドアが開きピンと立った犬耳が続いてフィーナ姉が顔半分をこちら出して僕を見つめている。


「フィーナ姉どうしたの?」


フィーナ姉は答えない。何か言い淀んているようだ。そんなフィーナ姉の態度に僕は怪訝な顔をする。もう一度聞いてみた。


「フィーナ姉どうしたの?」


「あのね……カイル君……一緒に寝ない?」


何をもじもじしているかと思ったらそういう事が、でも……


「だが、断る!!」


「ええ、どうしてぇぇ!?」


先程の態度はどこへやらフィーナ姉はずかずかと僕の寝室に入ってきた。ゆったりとした白いワンピースに専用の枕を持参していた。


「フィーナ姉寝相悪いんだもん。獣人の脚力で蹴っ飛ばされたら怪我するよ」


「そんなことはしません!」


「都合の悪い事、記憶から抹消しないで下さい」


涙目でウーウー唸るフィーナ姉に失笑しながら僕の隣りをポンポンと叩くと満面の笑みを浮かべて潜り込んできた。


「でも、どうして今日に限って?」


その疑問にフィーナ姉がぎろりと睨む。


「今日の昼間何があったのか忘れたの?」


すっ転んで頭を強打、大量出血の末に死にかけてた事を言っているようである。僕は笑ってごまかした。


「今日一日は何があるか分からないんだから隣で要介護させてもらうからね」


「寝巻に枕持参って介護じゃなくて一緒に寝たいだけでしょ」


「ダメ?」


ここでフィーナ姉は上目使いで聞いてくる。破壊力抜群の可愛さを醸し出すフィーナ姉。僕はその破壊力に耐える事が出来ない。僕は溜め息を一つつく。


「参りました、もう寝よう。何か疲れた……」


フィーナ姉は僕の枕の隣りに自分の枕を置きそこに寝転んだ。


「介護するって言ったのに……」


呆れ顔の僕はランタンの火を消してから、フィーナ姉の隣りの寝ころび毛布を掛けた。


「お休み、フィーナ姉」


「お休み、カイル君」


そうして僕とカイル姉は目を閉じる。そして二時間後、僕は激しい衝撃と共にベットから転げ落ちた。


「……やってくれたね、フィーナ姉」


寝相の悪いフィーナ姉はやっぱり僕を蹴っ飛ばしてくれた。幸せそうな顔で寝ているであろうフィーナ姉に何かイタズラの一つでもしてやろうと思ったがやめておいた。下手に何かするとお仕置きが怖い……。それはさておき、いいタイミングで起こしてくれたと思っている。早速試してみた事がある。僕はベットの縁に腰かけると、両手をこすり始める。多少熱くなった所で両手を少しは無し、近づけたり離したりする。すると手の間の空間にが反発するような感触があった。


「これが気の感触なんだ?」


僕は離した手の間の空間の感触を感じながら少し感動していた。


僕が頭を打って死にかけていた時、僕はある人物の人生を追体験していた。僕のいる世界とは別の世界で生きていたその人は僕と近い境遇であり僕よりもひどい状況にあった。余命一年と宣告されながらも心はおれず必死に己を鍛え死の運命を覆したのだ。その人が形意拳という武術と仙道という異世界の魔術を学び死の運命をひっくり返したのだ。

追体験した事で武術と仙道の知識が僕の頭の中に刻みこまれていた。


「クサカマサトさんあなたの知識と技術使わせてもらいます」


僕は何もない空間に呟いてから日が昇るまで仙道の実践を行った。













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