第4話 殺意
いよいよ、リアルメイカーという言葉が出てきます。よろしくお願いします。
ドイツ、フランクフルトの5月6日は、春だというのに、一日中薄曇りで寒かった。
まるで、私の心境だな、と白髪の混じる老人は思った。目の前の金髪で、少し垂れ目な、そしてその目が完全にいってしまっている男の言葉はあまり聞こえてこない。面会を申し出たのは、自分だというのに、である。老人は、窓の外を見て、雨が降りそうだ、などと思っていた。
「おっさん、聞いてるか!?」
と、小さなガラス越しの窓穴越しに、声が聞こえてきた。その声でふと我に返る。
「すまない。何だったっけかな?」
「俺が、殺したんだって言ったんだよ」
「ふむ……」
老人は、携帯を取り出し、おもむろに操作し始めた。そして、男に見えるようにその画面を持って行った。
「……これを見ても、そう言うか?」
目の前の男の表情が恐怖とも驚愕ともとれる表情で歪んでいった。
「こ、これは!?」
そこに写っていたのは、シャーロットと老人のツーショットだった。老人は穏やかな表情で、ゆっくりと言った。
「そうだ。娘は、シャーロットは、生きている」
「何で!!何でだ!!俺を置いて日本に行くっていうから、この手で殺っちまったのに……!」
男は、その時の感触を確かめるように、手錠をかけられた自分の手のひらを見ていた。その手を顔の前までもっていき、終いには頭を抱えた。
「シャーロットは、今、日本で静かに暮らしているよ。命拾いしたな。じき、罪も軽くなるかもしれんな」
老人が言うと、男は今度こそ気が狂ったように、笑い始めた。
「は……ははははは……こんな事があるなんてな!まるで昔有名になった本『リアルメイカー』みてーじゃねーか!!ひゃっはー!!もう一度殺してやらあ!俺のものになるまで、な!!」
「シャーロットは、君のものにはならない。そもそも恋人は、自分の『物』じゃない。君はそんな考え方をしているから、シャーロットに愛想をつかされたんだ、違うか?」
「おっさんには関係ねえ!!」
男は大声を出した。老人は、動じなかった。
と、男側のドアが、ガチャリという音がして開いた。
「ベルク、時間だぞ」
「君は、この収監所から仮に出られたとしても、シャーロットには会えんぞ。私が、会わさない。もう二度と、な」
ベルクはその言葉をきいたのか聞いていないのか、分からなかった。部屋から連れ出される瞬間と同時だったからだ。老人は、それを見ると、静かに立って、呟いた。
「やれやれ、彼は私のストッパーではなかったようだな」