第1話 出逢(であい)
さあはじまりました。どうなるでしょう。どうなるかわかりません。たのしみにしててくださいね!
『君のためなら世界を駆け巡ろう この世に手に入らぬものなど、何もないのだから』
青年は最近聴いたお気に入りの音楽のフレーズを口ずさんだ。歌を歌いながら富士山麓でバイクを走らせていた。バイクの轟音轟いて、周りに歌は聞こえないはずだ。
と、青年は、周りの様子が少しおかしいことに気が付いた。いつの間にか、舗装された道路が途切れて、気が付いた時には、体ごとバイクから放り投げられていた。
「…痛ってー」どうにか起き上がる。その足で道から外れたバイクのエンジンを止めにいき、半分薮に突っ込んでしまっているバイクの本体を起こした。体の節々が痛い。
バイクにつけていたスマホは無事だった。そのことにほっとしながら画面に目をやると、方位磁針アプリがくるくると待機中になったままで動かず、壊れていた。現在地すらわからない。
「参ったな…」青年は独りごちた。スマホで確認できた時刻は夕方17時ごろで日にちは5月5日。山は暗くなり始めていた。どこからかカラスの鳴き声がする。
仕方なくスマホを持ったまま、その辺を歩いた。と、石にぶつかった。よく見ると、何か書いてある。
「これは、何だ…?」スマホで照らしてみた。よく見ると何か文字のようである。
「ア、ケ、ヨ…。『開けよ』か…?」
青年が呟いた途端、ゴゴゴゴゴゴ、と地鳴りがしだした。驚いて呆然としていると、ふいに地鳴りは止んだ。辺りが埃っぽい。
「ゴホッ、ゴホッ、な、何だ!?」咳き込みながら、青年は目の前の光景に目を奪われた。獅子の頭が付いた大きな門が目の前にあった。
「入ってよいぞー」
と気の抜けたような女性の声が聞こえた。門が、音を立てて、向こう側へ開いていく。
青年は戸惑っていた。何だ、この今の現象は!?
「どうした父上、入らないのか?」また女性の声がした。『父上』という言葉に引っかかりを覚えながらも、好奇心が勝った。
「そんなに言うなら、お邪魔します…」
おずおずと入ると、大きな音を立てて門は閉まった。
青年は、またも目の前の光景に目を奪われることになる。見渡せば、本棚、本棚、本棚…。背表紙に書いてあるのは何語なのか、暗くてよく見えない。青年は好奇心をそそられて、1つの本を手に取った。古い。今にもバラバラになりそうなほどボロボロである。試しにページを開いて読んでみたが、何語かもわからない。
のに、その本から突然火が出た。開いたページから火が燃え広がっていく。
「うわあ!!」青年は大声を出してその本を放り出し、その場にへたり込んだ。あまりの出来事に、心臓がバクバク言っている。なので、すぐ隣に人が来ていることに気が付かなかった。
「父上、何をしているのだ?」
「ひ、火が…」やっとのことでそう言う。今度は、『父上』という言葉に違和感を覚える余裕すらなかった。
「火がどうしたのだ?ってこれか」
突然現れた金髪の女性は、何もなかったかのように、燃えている本をその手で閉じて、本棚に戻した。火は収まった。そのことに心底安心する。
と、女性が言った。
「父上、カレーライスというものを作ってみたのだ、久々だから一緒に食べるか?」
その笑顔は、なぜか見覚えがある、と思った。3年前に失くした笑顔にそっくりだ。でも、目と背が違う。目の色がその女性は青かった。そして背は小さく、何故かちょっとトロンとした目をしていた。
「俺、君の…」
「父上?」
「じゃないですけど!!」ちょっと声が大きくなってしまった。女性はびっくりしている。青い目を両手でゴシゴシ擦り、女性は言った。
「君、名前は?」
「千葉…。千葉優也と言います」
「すまなかった、ちばさん。寝ぼけてて…。私はシャーロット・ハインツだ」
「外国の方ですか?」
「そうだ、ドイツ人だ」シャーロットは、髪をかき上げながらにっこりと微笑んだ。
「もしや、君は…」シャーロットの言葉のその先は聞こえなかった。大きなお腹の音がしたから。
『ぐうぎゅるるぅー』
シャーロットは赤面した。それがかわいく見えて、優也はぷっと吹き出した。
「お腹の音みたいですね」
「お腹の音だ、昨夜から何も食べてないんだ…」ちょっと困った顔をして、そしてちょっと笑いながら、シャーロットは言った。
「カレーライスを、一緒に、食べないか?」
それが2人の出会いで、付き合いの始まりだった。