ユメの現実2(ワカナの場合)
夢の番人が住むと言われる森。怖い夢を見せられるというその魔物に出会わないよう、決して近付くことの無い森、その傍に、小さくも立派な家が建っていた。
小雨のせいか、なおさら重い空気を纏い、ぼんやりと浮かんで見える室内のランプが、まるでこの世ならざるものに見える。
どんな物好きがこんな所に、家なんて建てたのか、考えてもわからないそこへ、私はじいに頼み込み、一緒に連れて来てもらった。
小さすぎる畑が広がり、数々の作物が、雨に打たれている。そんなものお構い無しに、たくさんの男たちが踏みつけ踏み潰し、どんどん家を囲んで行く。ずらりと並ぶ男たちの間を、じいが進み出た時、その家の扉が開き、大好きなエイトが、腕に田舎の娘を纏わらせ、現れる。
その姿は想像のつかないみすぼらしさ。継ぎ接ぎだらけの服を纏い、怒りのこもる表情で私たちを見回した。
「何しに来た」
「お約束の日です、エイト様、帰りますよ」
「約束?」
何のことだと、とぼけ顔のエイトは、田舎の娘を守るようにしながら、ふと私へ視線を向けた。少し驚いているようだったけれど、それでも構わないと鋭い視線を変えない。
そこまでして田舎の娘を護る気持ちが、私にはわからない。何不自由ない生活が保証され、苦しむことも、汗水流さないといけないことも、何もない生活を蹴ってまで、固執する気持ちは、やはり田舎の娘に何かしら誑かされてしまっているのか。
女の私でさえ、確かに田舎の娘の容姿、そして声音には惹かれるところがある。けれどそれはエイトあってのそれであり、一度元の生活に戻れば忘れてしまう、きっとそんな人。
きっとエイトは、私を選んでくれる。
それだけを信じて、目の前の光景を眺めていた。
眺めていた、眺めていた。
「エイトっ……止めてっ!!」
「俺は、アイネと一緒になるんやっ!!」
弱々しい田舎の娘の悲鳴にも似た叫びと、エイトの怒鳴り声にも似た叫びが重なった時、いつの間にか振り上げられていた剣が、エイトの家紋の入ったそれが、じいに向けて振り下ろされた。
生々しい音と共に、じいの肩から赤い模様が広がり、次第に腕を伝い、指先から赤い雫が滴り落ちる。
「……ーーーーきゃぁぁぁぁ!!」
ここへ来て、やっと事の重大さを知った。
他に居た男たちに、守られるように乗ってきたものへ運ばれ、私はわんわん泣いた。泣きまくった。今まで我慢していた感情と、現実に起きている事、どうやっても向かないエイトの感情、その全てを急速に理解した私は、これでもかと泣き続けた。
何が……何がそんなに、あの娘のどこがそんなに良いのよ、私もずっとずっと傍に居たじゃない、エイトの願い、何でも叶えてきたじゃない。
溢れる感情を顕にし続け、どれくらいか経った頃、その乗り物は動き出した。
小窓から見える後続車には、痛みに表情を歪めるじいと、微かに見える隙間に、涙を流すエイトもいた。
あぁ、やっと戻ってきてくれた。
どんな約束事をしたのか、どんな話をしたのかはわからない。けれど、城へ戻る同じ乗り物に、エイトが乗っていることは間違いない。
エイトは、私を選んでくれた。
「やっと……私を、選んでくれた」
肩の荷が降りたように、やっと目に見える安堵がやってきた。そう思い、心に引っ掛かっていた感情が、取れた。
そう思っていたのに。
泣くこと以外の感情を失くしたエイトは、私との生活を、淡々と送る。まるでそれは与えられた、業務の一つだと言わんばかりに。
私の求める理想の夫婦とはかけ離れた、仮面の毎日。それでも私は、エイトが傍に居てくれる、それだけで幸せだと、思う。