ユメの現実(ワカナの場合)
エイトはただひたすらに、泣く日々を送っている。私が宥めたとて、それはその時ばかりで、少し目を離せば窓から外を眺め、やはり泣いていた。
「エイトさん、私が傍に……居ますから」
「……居なくていい、こんな俺は、お前には相応しくない」
そうしてまた泣き始めるエイト。
私との婚約のため、無理やりここへ押し込められている、それは分かっている。
婚約二ヶ月前、エイトは駆け落ちをした。
幼い頃から好意を寄せていた、田舎の娘。身分も違えば生活も違う。そんな二人が幼い頃はまだしも、大人になった今でも、文を交わし、愛を語り合っていたとは、その時知った私も、そしてエイトの両親も、心底驚いた。
血に物狂いで探し回り、多額の懸賞金を掛けて探し回った結果、番人が住むと言われ、近寄ることの無かった森の端に、その家はあった。
それでも、私はそんなエイトを好きになろうと努力した。自分を好いてもいない、ましてや他の女に気持ちも体もどっぷり浸かった男と、生涯共に生き、後継ぎを作らなくてはいけない。
こんな皮肉な、最低なことがあるだろうか。
誰よりも傍でエイトを見続け、誰よりもカレを理解していた使用人は、私の気持ちを察し、田舎娘をなんとか呼び出すと、一つの案を告げた。
「残り一ヶ月、エイトの為に尽くしなさい。尽くして尽くして、尽くしまくって、あなたの変化に気付くことが出来たなら、私たちはあなた達が見つからなかったことにします」
「じぃ、それじゃあ私はどうなるの?」
素直な気持ちを、使用人のじぃと、田舎娘に投げかける。田舎娘は唇を噛むように黙りこみましたが、じぃは心配されませんようにと、続きを言い切った。
「気付かれないならば、それまでの仲。エイト様は返していただきます、そして完全に縁を切る、そういう理由で、エイト様の前で死んでもらいます、もしくはそれ同等の行為を」
「殺すの?」
「えぇ。じゃ無ければ、未練が残ります。ワカナ様に失礼で。そして、無いと思いますが、もしあなたの変化に気付いたならば、更にもう一ヶ月だけ、あなたたちの生活を見守りましょう。でも、一ヶ月経てば、エイト様は返していただきます。一ヶ月も夢を見させて差し上げるのです。こんな寛大なことはございませんよ」
私たちの前で、じっと話を聞いていた田舎の娘は、何かを言いかけ、再び口を閉ざした。
田舎娘とはいえ、容姿端麗であり、穢れの知らない瞳は、女のわたしであっても吸い込まれそう。そんな瞳が少し潤んで、無意識に私の心をつかむ。
分かっている。望んでも結ばれることが許されなくて、でも大好きで……そんな気持ち、同じ女として、わからない訳では無い。わからない訳では無いけれど、身分も違えば、生き方も違う。
仕方の無いこと。
田舎の娘を見ない振りして、私はじいの横顔を見つめた。
「何か言いたいことがあるなら、聞いてあげましょう」
辛く厳しい話をしている、それを分かっていながらも、優しさを忘れないじいは、やはりエイトへ長年付き添うことが出来る賜物だろう。そんなどうでもいい事を考えながら、俯いた田舎の娘を、今度こそしっかりと見つめ、言葉を待った。
小さな深呼吸が聞こえ、ゆっくりと挙げられた顔に、私は驚いた。
泣きながら、笑っていた。
「素敵な夢を見せてくださり、ありがとうございます。ご婚約者様の為にも、気付かれない努力をします。だけど……お言葉に甘えさせていただき、一ヶ月だけ、甘えます。自分勝手でごめんなさい」
聴き入ってしまいそうな美しい声、その声が謝罪と共に語る。大好きな気持ちを、必死に抑え、その決意を言葉に乗せて、田舎の娘は去って行った。
「ワカナ様、お見苦しいところ見なくてもよろしかったのに」
「エイト様が、どのような娘に誑かされているのか、この目で確かめたかったのです」
心配そうにはなすじいへ、私は必死に言葉を探す。
あの美しさと強さ、私には人欠けらも無い。完全に負けたと思ったけれど、それを察しられては、私の長年の想いが無駄になる。
私は……私は……エイト様のお嫁さんになるんだから。
苦しく長い一ヶ月は、あっという間に過ぎ去り、約束の日になった。