ユメの夢(ワカナの場合)
「大きくなったらぜったい結婚しようね!」
「うん」
あの人は、私というものがありながら、決して目に入っていない。いつも遠くから遊びに来ているのに、たくさんのお土産を持って来ているのに、貧相でボロボロの服を着た、どこかの田舎の娘に心を奪われている。
生まれた時からの許婚、こんなに傍にずっと一緒にいても、振り向いてもらえない。
それでも私は未来を信じて、彼の言葉を信じて、こうして結婚適齢期を迎えた。
「明日は婚約の日、やっと私を見てくれたのね」
彼の顔には傷が一つ。昨夜、誑かされ続けている田舎の娘と、駆け落ちしようとしたところを、使用人に見つかり、お父様に殴られたとかなんとか。
私の事を、私の気持ちを、簡単に捨てようとするから。
でもそんな気持ち持ってちゃいけない。
いち国王の妃になるのなら、この先もありえること。ここはぐっと我慢する。
そう決めて、ここへ嫁ぐことにしたのだから。
「エイトさん。あの……これからも、よろしくお願いします」
「あぁ」
気持ちの籠らない返事もまた、今に始まったことじゃない。
そうして始まった私たちの新婚生活は、やはりどこか余所余所しく、業務的に交わされる言葉と行為。すぐに身ごもった私へも、その態度は変わらなかった。
「ねぇ、エイトさん」
ある日の業務的な一日の中、私は思い切ってエイトさんへ聞いてみることにした。
「何?」
「もし、あの娘ともう一度会えるなら……会いたい?」
私の言葉にあからさまに驚きと、喜びを浮かべたエイト。けれどすぐいつもの表情に戻り、そっぽを向いた。なんて子供なんだろう、なんてわかり易いんだろう。
「別に、もうどうでもいい」
「そう。じゃあもういい加減、私へその目を向けてくれませんか?」
「向けてるじゃないか」
「一度だって、向いたことありません」
今度は私が、エイトへ目を向けることもせずに話した。
お腹をさする私へ、向けられている気がする視線。でも気付かないフリをして、私はそれを続けた。
「私はずっとずっと、幼い頃から貴方を見ていたつもり。でもエイトさんは気付いてくれない、それでもいいと思ったから、私はこうしてあなたと結婚した」
「そう、なんだ」
今度はちゃんとエイトへ視線を向けると、その瞳は潤み、今にも泣き出しそうだった。
どうして泣くのよ。どうして、私じゃないの? その涙は……どうして私じゃないの。
「だからね、この子が生まれたら、ちゃんと家族になりましょう?」
「家族……?」
「えぇ、家族よ」
葛藤を続けているらしい、エイトの視線は、やはり私なんかを見ていなくって、でも……それでも、私のお腹を見てくれているから、子供にくらいは、向けられるのだろうか。
「この子が産まれるまで、私は何も気にしない。けれど、この子が産まれたら、しっかりと父親らしく……して下さい」
「……あぁ……そうだな」
初めて肯定された返事を、子供を利用したとしても、そうされたことに、私は初めて少し、安堵した。
これで、エイトさんは私を……見てくれる。
私の安心が、いつまでも続きますように……。