追い比べ
机を叩く筆記具の音にたじろぎ、試験問題をめくる音に焦り、苛立つ。試験開始後十分も過ぎようとしているのに何も出来ないでいる自分がそこにいた。ひとまず現代文から取り掛かるも、内容を全く掴めず、無為に波線を引いていくだけで解答に辿り着く手がかりすら得られなかった。それならば、と古文に移るも、何ということもない単語でつまずき、それに引きずられる形で先に進めない。机を叩く音が次第に大きくなる。周りの受験生は一問ずつ確実に解答を作成している。
僕だけが取り残されていく、僕だけが――。
焦れば焦るほど蟻地獄に飲み込まれていく。やがて視界さえもおぼつかなくなり、僕は思わず目を閉じた。
(ふふっ……)
心の中で笑う。自分の勝負弱さを、自分の不甲斐なさを笑う。そしてその湿り切った笑い声は急速に心の軸を腐食していく。
(もうダメなのかもしれない)
ふと浮かんだ投げやりな言葉、傾く心が指し示す諦めの境地、勝機は潰えたと匙を投げ、筆を置きかけたその時、一筋の光明が闇を切り裂く。
(あれは、何だ……?)
眩い光に目を細める。初めは何だか見当もつかなかったが、次第に光源の輪郭が顕わになり、遂にその姿を現す。一冊の参考書、その正体は共に受験期を過ごした僕の「相棒」だった。
――「重要!」「頻出!」「注意!」――
目に入ってくるのは大量の書き込みばかり、肝心の内容はぼやけて見えない。まるで本末転倒、その通りかもしれない。しかしそれだけではなかった。思い起こす、その時々の自分の姿、今日この日この時の為に努力する自分の姿――。次から次に放たれる閃光、各々が映す自分の姿、記す字面は違えども、そこに込もった思いは一つ、
「頑張れ!」
……目を開く。台風一過のように澄み切った心に闘志の炎が燃え上がる。再び筆を握るとゴールに向かって走らせる。ライバルには随分と離されてしまった、残り時間は幾何か、果たしてここから届くのか――。
諦念の向かい風を真っ向に受ける。逆境の急坂を上る。今までに経験したことのない難局面、立ちはだかる試練の数々、のしかかる重圧、それらを一身に受けて尚、僕は首を下げなかった。残り時間わずか、ゴールはすぐそこにある。最後の力を振り絞る。
(届け……!)
最後の解答を書き終えるが先か、試験の終了が先か、どっちだ、どっちだ、どっちだ――。
――キーン、コーン、カーン、コーン……
投げ捨てるように鉛筆を置く。机を跳ねるその音は耳に届かない。内臓がとろけるような脱力感を残して、試験は終わった――。




