センター試験前夜
「遂に明日、だな……」
食堂にて川口がしんみりと言う。
「あっという間だったよな……」
村野もそれに同調する。二人とも今から緊張しているのか、いつもより箸が進んでいない。丸井はいつも通り、黙って食べている。
僕はセンター試験が明日に迫っていることをまだ実感できていなかった。今日の日付と試験日程を見比べてみると確かにそうなのだが、明日も単調な日々の延長に思えてならなかった。
だが目の前の二人は違った。村野が緊張するのはなんとなく理解できるが、川口までもが緊張するのは驚きだ。今までにあれほど素晴らしい成績を積み重ねてきた彼ですら失敗の不安に駆られるのは一発勝負の怖さを痛いほど分かっているからであろう。
「明日と明後日の結果で人生変わると思うと……ヤバいよな」
村野がボソッと口走る。
「やめろ、やめろ……」
最初は明るくたしなめた川口も、二言目にはトーンが下がった。場の空気が重くなる。この食卓の図に名前を付けるとするならば、「最後の晩餐」がぴったりだろう。憂鬱な沈黙が続く。僕も何と声掛けをしていいのか分からないでいた。変なことを言えば事態を悪化させかねない。自分の中で気の利いた言葉を探していると、
「大丈夫」
一言、丸井が静かに言い切る。
「急にどうした?」
村野が驚いたように丸井を見る。川口も顔を上げる。物静かな丸井が自発的に声を上げる、珍しい光景だった。そして続ける。
「みんな一年間頑張ってきたから、それを見てきたから分かる。きっと大丈夫」
そう言うと、再び無口な彼に戻り、黙々と箸を進める。一方で他の三人は箸を止めたまま、きょとんとしていた。いつもクールな丸井の熱い言葉に胸を打たれるより先に、その発言行為自体に鳩が豆鉄砲を食ったようになっていた。そして次第に言葉が胸に染み、照れくさくなる。
「丸井、ありがとうな」
川口が礼を言う。続けて村野も、
「オレも大丈夫なんだな? 九割取れるよな?」
「それは……ムズ、いや、分からない……」
一同に笑いが起きる。
「ここまで来たらやるしかないでしょ!」
泣いても笑っても明日はやってくる。勝負事に余計な心配は御法度、これまで積み上げてきたモノをぶつけるだけだ。ベストコンディションでなくてもいい。五分の状態で明日を迎えられれば明日の自分はきっと上手くやってくれるはずだ。
(とにかく無事に試験を終えられますように……)
心の片隅でそう祈りながらセンター試験前最後の夜を過ごした――。




