表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蛹の夢  作者: 金王丸
43/54

初詣

 年が明けた。決意を新たにし、初日の出を拝む。そしてその足で初詣でに向かう。途中で武下と落ち合う段取りになっていたが、一向に現れない。学業成就に効験あらたかな神社の前で一人、寒さに打ち震えていた。辺りは参拝客でごった返している。その多くは受験生とその親と思しき人々だ。その中にはわざわざ制服を着ている者もいて、それを僕は浪人生に対する当てつけのように感じ、何とも言えない気持ちになる。


 「お~い、岩倉~」


 向こうから間延びした、聞き馴染みのある声がする。そしてその姿を近くに捉えると、びっくり仰天、その右手首には包帯が巻かれていたのだ。


 「遅れて悪かった。早く行こうぜ」


 いつもの調子で言ってのける。


 「いやいや、どうした?」


 「ん? 何が?」


 「何じゃねえよ! 右手だよ!」


 「ああ、勉強してたらな、こうなった」


 彼の言っていることが全く理解できなかった。勉強していて怪我をするなんて、せいぜい紙の端で指を切るぐらいのものだ。右手首を怪我するとなると、椅子から転げ落ちるくらいしか思いつかない。


 「椅子から落ちた……とか?」


 「勉強しててそんなことがあるかよ」


 呆れたように返され、ムッとする。僕はしばらく考えた。結果、何も思いつかなかった。おそらくその真相は、僕の浅はかな考えでは到底及ばないところにあるのだろう。


 「全く分からない……教えてくれ」


 彼は軽くため息をつくと、仕方ないという風に口を開く。


 「年末にさ、さすがに勉強しないとまずいことに気付いたのよ」


 「それで急に長い時間勉強したら、この通り、腱鞘炎になってしまったわけ」


 「やっぱり、慣れないことはするもんじゃないな」


 「衝撃」というよりは「笑撃」といった方が近いかもしれない。その事実を聞いた途端、笑いが止まらなかった。いろいろ突っ込み所が多すぎて、笑うしかなかった。


 「そんなに笑うことかよ。少しは心配してくれ」

 「悪い、悪い。とりあえず初詣で済ませようぜ」


 参拝の列に並んだ時はその人の多さ故、長い時間待たされるのではと覚悟していたが、意外にもすぐに順番が回ってきた。


 「お前の怪我の全快もお願いしといてやるよ」


 小銭を賽銭箱に投じ、柏手を打ちながら、小声で冗談めかす。


 「ここは学問の神社だぞ。真面目にしないと……」


 初詣でを済ませると、続けて、


 「受験で怪我するかもしれないぜ」


 したり顔で言ってのけた。僕も顔がほころぶ。


 「最後に絵馬でも書いていこうぜ」


 参道の脇に絵馬を書くテーブルとそれを掛けるスペースが設けてあった。僕はなるだけ丁寧な字で「受験合格」と書き記し、それを奉納した。ありきたりだが、受験生っぽくてなんか良い。彼も隣で何か書き上げている。


 「どうだ!」


 そこには「金運上昇」と書かれていた。


 「ここは学問の神社じゃ……」

 「あっ、そうだったか? まあ神様だし、なんとかしてくれるでしょ」


 そう言って絵馬を掛ける。神様の前でさえいい加減な彼に、ほとほと呆れる。


 「とりあえず金杯から。幸先良く行きたいぜ~、頼むよ神様~」


 僕には何を言っているかわからなかった。それはそれとして、元旦の一連の出来事は新年の訪れを印象付け、受験に対するボルテージを高めた。センター試験まで残り二週間、悔いを残さぬよう突き進むことを静かに誓った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ