初詣
年が明けた。決意を新たにし、初日の出を拝む。そしてその足で初詣でに向かう。途中で武下と落ち合う段取りになっていたが、一向に現れない。学業成就に効験あらたかな神社の前で一人、寒さに打ち震えていた。辺りは参拝客でごった返している。その多くは受験生とその親と思しき人々だ。その中にはわざわざ制服を着ている者もいて、それを僕は浪人生に対する当てつけのように感じ、何とも言えない気持ちになる。
「お~い、岩倉~」
向こうから間延びした、聞き馴染みのある声がする。そしてその姿を近くに捉えると、びっくり仰天、その右手首には包帯が巻かれていたのだ。
「遅れて悪かった。早く行こうぜ」
いつもの調子で言ってのける。
「いやいや、どうした?」
「ん? 何が?」
「何じゃねえよ! 右手だよ!」
「ああ、勉強してたらな、こうなった」
彼の言っていることが全く理解できなかった。勉強していて怪我をするなんて、せいぜい紙の端で指を切るぐらいのものだ。右手首を怪我するとなると、椅子から転げ落ちるくらいしか思いつかない。
「椅子から落ちた……とか?」
「勉強しててそんなことがあるかよ」
呆れたように返され、ムッとする。僕はしばらく考えた。結果、何も思いつかなかった。おそらくその真相は、僕の浅はかな考えでは到底及ばないところにあるのだろう。
「全く分からない……教えてくれ」
彼は軽くため息をつくと、仕方ないという風に口を開く。
「年末にさ、さすがに勉強しないとまずいことに気付いたのよ」
「それで急に長い時間勉強したら、この通り、腱鞘炎になってしまったわけ」
「やっぱり、慣れないことはするもんじゃないな」
「衝撃」というよりは「笑撃」といった方が近いかもしれない。その事実を聞いた途端、笑いが止まらなかった。いろいろ突っ込み所が多すぎて、笑うしかなかった。
「そんなに笑うことかよ。少しは心配してくれ」
「悪い、悪い。とりあえず初詣で済ませようぜ」
参拝の列に並んだ時はその人の多さ故、長い時間待たされるのではと覚悟していたが、意外にもすぐに順番が回ってきた。
「お前の怪我の全快もお願いしといてやるよ」
小銭を賽銭箱に投じ、柏手を打ちながら、小声で冗談めかす。
「ここは学問の神社だぞ。真面目にしないと……」
初詣でを済ませると、続けて、
「受験で怪我するかもしれないぜ」
したり顔で言ってのけた。僕も顔がほころぶ。
「最後に絵馬でも書いていこうぜ」
参道の脇に絵馬を書くテーブルとそれを掛けるスペースが設けてあった。僕はなるだけ丁寧な字で「受験合格」と書き記し、それを奉納した。ありきたりだが、受験生っぽくてなんか良い。彼も隣で何か書き上げている。
「どうだ!」
そこには「金運上昇」と書かれていた。
「ここは学問の神社じゃ……」
「あっ、そうだったか? まあ神様だし、なんとかしてくれるでしょ」
そう言って絵馬を掛ける。神様の前でさえいい加減な彼に、ほとほと呆れる。
「とりあえず金杯から。幸先良く行きたいぜ~、頼むよ神様~」
僕には何を言っているかわからなかった。それはそれとして、元旦の一連の出来事は新年の訪れを印象付け、受験に対するボルテージを高めた。センター試験まで残り二週間、悔いを残さぬよう突き進むことを静かに誓った。




