思い出の場所(後編)
「いや~、びっくりした! こんなところで鉢合わせるなんてね」
そう言いながら僕のテーブルに移動してきた。
「ホントにびっくりした」
彼はここで何をしていたのか、気になる。
「お前、こんな日にここでなにしてたんだ? もしかして誰かと待ち合わせ?」
聞こうとしていたことを先に聞かれてしまった。前の彼女との足跡を辿ってここまで来たなんて言えるはずがなかった。言葉に窮する。
「つーか、その箱、なんだよ!」
しまった、あの箱をテーブルに置いたままにしていた。僕は素早くそれをカバンにしまい込む。
「そんなに見られたらまずいモノなのか?」
彼は笑いながら僕に問いかける。しまった、咄嗟の行動が裏目に出た形になった。
「いや、なんでもないよ……」
僕はただ笑っていた。これ以上追及してくれるな、ひたすらにそれだけを願って。
「ふーん、まあいいけどさ」
彼は含み笑いを浮かべて、コーヒーを啜る。目の前には平田がいる。二人きりの喫茶店、考えてみれば彼と二人きりというのは初めてかもしれない。そう思うと、とても不思議な気持ちになり、ちょっとだけ緊張する。
「お前こそ一人でなにしてたのさ」
「ああオレ? することなくてぶらついてて、たまたま入っただけ」
頭を掻きながら答える彼の傍らには、中身の詰まった重そうなカバンが鎮座している。
「てかお前、トイレ行きたかったんじゃねーの?」
そう言えば、とそのことに考えが及んだ瞬間、腹痛の第二波が僕を襲う。次は本物に違いない。
「ちょっと行ってくる!」
僕は再びトイレに向かった。
(ふう……大量、大量)
トイレから戻った僕はその光景に声を失った。
「これ高かっただろ? オレにはちと小さかったけど」
小指につけた指輪を見せながら、平田は笑っていた。
「おい! ちょっと待て!」
「わかった、わかった。返すから!」
彼はゲラゲラと笑っていた。対照的に僕は激しく動揺し、押し黙ってしまった。すると彼の口から一言、
「これは梨華も喜ぶだろうな!」
耳を疑った。彼の口からその名前が出てくるとは思いもよらなかった。
「えっ、なんで……」
「なんでだろうな! こっちが聞きたいよ」
彼は皮肉っぽく笑ってみせた。
「もしかして村野たちから……?」
心当たりはそれしかなかった。精一杯ごまかしてきたつもりだったのに、彼らの知る所となっていたのは予想外だった。
「いや、あいつらは知らないでしょ。彼女の存在は疑ってたみたいだけど、それが誰かは分かってないはずだぜ」
ますます分からなくなる。それに伴って、頭の中で沸々と疑問が湧いて出る。なぜ、どうして……。聞きたいことが多すぎてまとまらない。狼狽する僕を傍目にメニューを広げる。そして一言、
「特大パフェ!」
彼は再び噴き出すように笑い始めた。それを聞き、ハッとする。ようやく察しがついた。
「これを一人で食べるのは相当きついぞ!」
「全部見られてたのか……」
今更ながらに赤面する。そして彼の高笑いが収まるとポツリ、
「アレは相当に気分屋だから……難しいよな」
口元は相変わらず緩んでいるのに、彼はやけに物憂げな表情を浮かべていた。
「ん? どういうこと?」
「まあまあ、続きは後で。こいつの力を借りてね」
そう言うと彼は右手をクイっと返してみせた。野郎で過ごすクリスマス・イブは始まったばかりだった。