失恋
十一月も中旬を迎えたある日の夜、梨華ちゃんから、明日どうしても会って話がしたい、と連絡があった。彼女の誕生日を目前にし、突然の呼び出しを受けたことに首をかしげるも、連絡を取り合ううちに、誕生日は都合がつかなくなった、ということが分かった。幸いなことに誕生日プレゼントはすでに手配済みで、後は手紙を一筆したためる段取りであったため、特段狼狽えることはなかった。明日に備え、早めの床に就く。頭の中では明日のデートプランをあれこれと練りながら――。
翌日、時間に余裕を持って待ち合わせの場所に向かった。先月のデートで購入した上着を羽織り、カバンにはプレゼントを携えて。態勢は整っていた。後は彼女に気分よくいてもらえるように上手に立ち回るだけだ。駅に着くと、すでにそこには彼女がいた。
「ごめん、待たせた?」
「ううん、そんなことないよ」
彼女の応答にどことなく素っ気なさを感じる。
「急に呼び出してごめんね……」
「大丈夫!じゃあこれから昼ご飯でも……」
「ちょっと公園で話さない?」
僕の言葉を遮るように言う。その言葉に覇気はない。僕はただうなずくしかなかった。公園に向かう途中、会話はほとんどなかった。今日は初めから機嫌が悪いらしい。僕はこの状況をいかに乗り切るか、そればかり考えていた。
公園に着く。夏祭りで訪れて以来の公園には物寂し気でくたびれた晩秋の風景が広がっていた。彼女は黙ってベンチに腰掛け、僕も続く。そこはちょうど二人で花火を眺めた場所でもあった。
「ここで花火、見たよね!」
沈黙に耐え切れずに僕は口を開く。
「うん、きれいだったね」
虚ろな目で虚空を見つめながら彼女は答える。心ここにあらず、といった様子だ。
「また来年も見た……」
「ねえ、今日は大事な話があるの」
僕が言葉を言い切る前に、彼女が切り返す。
「なに?」
「ん~とね、やっぱりどうしよっかな……」
何か迷いがあるのか、再び口を閉ざそうとする。
「ええ、気になるじゃん! なになに?」
この時の僕は何も知らなかった。
「理由は聞かない?」
彼女はまっすぐな視線を僕に向ける。
「聞かないから、約束する」
余計な約束をしてしまう。
「じゃあ、言うね……ごめん、別れてほしいの……」
その瞬間、僕の世界は凍り付いた。今の今まで予想だにしなかった別れを突きつけられ、ただただ固まり、目を伏せるしかなかった。
「ごめん……」
彼女も押し黙る。
「うん、いや、でも、なんで急に……」
頭の中は混乱を通り越し、混沌としていた。この状況に際しどう対処すべきか、見当もつかなかった。
「理由は聞かないって言ったよね……」
「たしかにそう言ったよ、だけど……それとこれとは話が違うよ……」
心はさめざめと泣いていた。しかしそれが涙腺を伝わらぬよう、僕は必死に堪えた。
「そういうところだよ……」
「えっ……そういうところってなにさ……」
彼女は急に立ち上がる。
「さっき聞かないって約束したでしょ……本当にごめん、サヨナラ」
そう言い残し、彼女は走り去ってしまった。僕はその背中を目で追うばかりで、その場から動けないでいた。やがてその姿は見えなくなった。これは夢か現か、確かめるように彼女のいた場所に触れる。まだほのかに暖かい。その時、抑えていた感情が形となり、頬を伝う。咄嗟に空を見上げる。滲んだ視界に飴色の低い空が広がっていた――。