暗雲
「うわぁ……」
思わず声が出る。手元の数字に落胆の色が隠せない。
「手応えあったのに……」
隣で村野も同じような気持ちでいることだろう。いつものように騒がしいラウンジにあって、この二人の空間だけは静まり返っていた。最初にそれを受け取った時は目を疑った。村野はともかく、僕としてはいま一つ力を出し切れなかった先月の「全国模試」、総合で偏差値を一〇近く落とす結果に終わるとは夢にも思わなかった。志望校判定も今年最低のC判定、目の前の現実を受け入れられずにいた。
「この前の模試、どうだった?」
遅れて川口が登場する。村野と二人、顔を見合わせては肩を落として見せた。
「ああ……なるほどね」
そう言って席に座る。
「川口はどうだっだ?」
村野が聞くと、
「ここで言うのもなんだけど、結構良かった」
そう言うと、成績表を机に広げた。
「すげぇ……全部良いじゃん……」
村野はその成績表の数字に思わず感嘆の声を上げる。僕は取って付けたように賛辞を述べるほか、何もできなかった。嫉妬ではない。唯々悔しかったのだ。
「おう、お前ら! 模試どんな感じ?」
突然声がしたと思えば、僕の隣に平田が座り込む。彼は全身から意気揚々とした雰囲気を醸し出していた。
「お前、顔に良かったって書いてあるぞ」
川口が微笑を浮かべながら指摘する。
「あ、バレた? そうなんだよ!」
待ってましたといわんばかりに平田は成績表を机に出す。そこには僕の描いていた理想的な数字が並んでいた。
「今回は久しぶりに冊子にも載ったぜ」
今日の平田はいつになく嬉しそうだ。
「お前、いつ勉強してんだよ……よくそんな点数が取れるよな」
村野が恨めしそうに言う。
「まあ模試は得意だからよ」
笑ってごまかす。アクシデントがあったと言え、ちょっとした気の緩みから一度交わした相手に再び差し返され、自分の不甲斐なさに腹が立つ。
「岩倉、落ち込んでるのか?」
何も言わない僕を見て、話しかける。
「いや、まあ、それなりには……」
なるべく感情を出さないように努めた。虚勢も張った。でも落胆の色は隠せない。
「過ぎたことは忘れろよ。しかもあの日だろ? 運が悪かったんだって」
悪気なく慰めてくれているのは分かる。だが侮辱的に聞こえて仕方がなかった。そんな彼を反射的に睨みつける。
「そう怒るなって……別に悪気はないぞ!」
そんなことは分かっている。分かっているのに、気持ちを抑えきれない。
「そろそろ講義が始まるな……」
村野がわざとらしく思い出したように言う。
「たしかに! そろそろ行かないと……」
いつもは講義に姿を現さない平田もそれに続ける。
「あんまり気に病むなよ。たかが模試なんだから」
そんな一言を残し、平田は予備校を去った。続いて川口、村野も講義に向かった。僕は大失敗に気力が奪われ、何もする気が起きないまま、早めの帰路に就いたのだった。