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蛹の夢  作者: 金王丸
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雪解け

 九月も後半に差し掛かり、金木犀の良い香りが漂う季節になった。受験まで半年を切り、焦りやプレッシャーが日に日に募っていくのかと思えばそうでもない。現に周りを見渡しても、そんな様子は見受けられない。ラウンジにはいつもの「ラウンジ組」が陣取り、なにやら騒いでいる。自習室で寝ている者も相変わらず多い。


 個人的にも夏期講習を迎える前の方が今より緊張感を持っていた気がする。依然として、やるべきことはキッチリとこなしているつもりなのだが、このままいけばすんなり合格できるのではないか、見通しは明るい、そんな風に考えるようになり、自分に甘くなっているのも否めない。


 「遂に今週末か~」


 夕食時、村野が思い出したかのようにつぶやく。そう、三日後には二回目の全国模試が迫っているのだ。


 「今回はマジで自信あるんだ! A判定以外取れる気がしない」


 村野が続けて言う。おちゃらけた表情ではあったが、声色は発言同様、自信に満ち溢れていた。確かにここ最近のヤツの頑張りようには目を見張るものがあった。そう(うそぶ)きたくなる気持ちもわかる。


 「あんまりフラグを立てない方がいいぜ」


 川口は相変わらず上手な手つきで魚の身をほぐしながら笑う。


 「そのポジティブさだけは見習いたい」


 ぼそりと丸井がつぶやく。確かにそうだ。その鋼のようなメンタルを少しくらい分けてほしいものだ。


 「岩ちゃんはどうなの? 自信満々?」

 「いや、普通だよ。普通にやるだけ」


 正直、今回の全国模試にそこまでの思い入れはない。次なる目標は二回目の「実戦模試」であり、今回は数ある模試の一つとしか捉えていなかった。そして、特別な対策を講じなくても普通のコンディションで臨めば、それ相応の結果が得られることを信じて疑わなかった。


 「そういや岩ちゃんさ、遂に授業サボりだしたらしいな!」


 突然の指摘に虚を衝かれた思いだった。


 「まあ、現代文だから良いかな~って」

 「でもその時間遊んでいるわけじゃないぜ!」


 ムキになって必要のない反論をする。


 「でもその時間、予備校の自習室で見かけたことないぞ!

 「さては、デートだろ!」


 図星だった。故に返す言葉が見つからない。このままばれたら色々面倒なことになる。頭の中で必死に言い訳を考える。


 「いや、それはさ、その……」


 村野だけではなく、川口も丸井も合いの手を入れて追い込んでくる。


 「どうなんだよ!」

 「いやいや、違うって!」


 自分でも分かるほどに目が泳いでいる。語気を荒げれば荒げるほど追い詰められていく。


 (もうダメだ……)


 そう思った矢先、


 「う~す」


 平田が現れた。


 「まだ食べ終わらない?」

一同、戸惑い気味に頷いた。久々の登場にも関わらず、それを感じさせない振る舞いを見て驚く。


 「ん? なんかあったの?」

彼はポカンとした表情で僕らを見渡す。


 「いやいや、こっちのセリフだわ! お前こそなにしてたんだよ!」

村野が大きな声で問いただす。


 「なにって……ちょっと遠出してただけよ。お土産もあるんだぜ!」

手渡されたそれは、以前にも彼がお土産としてくれた物と同じ物であった。


 「近々なんか模試とかあんの?」

 「……今週末にあるぞ」


 川口が半ば呆れた表情で答える。


 「今から準備してもなんとか……ならないか!」


 彼は自嘲気味に笑っていた。だが、その様子からは受験に対しての焦りなど微塵も感じなかった。

そこからしばらくは、村野と平田が延々と喋り通し、時折それに川口がツッコミを入れるという、いつもの食堂漫談を傍で聞いていた。


 「岩倉、元気にやってるか?」


 突然、平田が話を振ってきた。何気ない日常会話を交わすことすら久しぶりで、妙な緊張を覚えた。加えて、質問も意味深長なもので答えに窮する。


 「えっ……うん……」


 お茶を濁す。すると、平田はポツリと、


 「そうか……またよろしくな!」


 そう言い残して食堂を後にする。その背中を追うように僕らも食堂を立ち去った。その日、自室に帰る僕の足取りはやけに軽かった。



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