追及
夏が終わる。光陰矢の如しとはよく言うが、これほど時間の流れを早いと感じる一年はないだろう。やるべきことをきっちりと成し遂げた者、あるいはそうでない者の両方に等しく、夏の終わりは訪れた。
「もう夏も終わりかぁ~」
川口が独り言ちる。彼は何かにつけ、時間のことに言及する。それだけ危機感があるということなのかもしれないが。
「今年はかなり勉強したし、去年とは全然違うぜ!」
ソフトドリンクをすすりながら村野が言う。
今日は夏期講習が終わったこともあり、近くのファミレスにいつもの四人で集まり、打ち上げめいたことをしていた。しばらくすると村野が切り出す。
「岩ちゃん、最近良いことあった? まさか、彼女とか?」
思わず口にしていたドリンクを吹き出しそうになる。全くの図星であったが、悟られるわけにはいかない。
あくまでも平静を装いながら、
「いやいや、なわけないでしょ! 勉強が恋人みたいなもんさっ!」
ベタなことを言っているのはわかっている。でもそれでもしないと彼女の存在が明るみになりそうで危険極まりない。僕は秘密主義だ、そして面倒事は御免だ。だから谷中以外にはまだ彼女の存在を明かしていなかった。
「なんか最近妙に明るいというか、幸福感が滲み出てるというか、とにかく様子が変だぞ! 絶対に彼女だろ!」
村野の追及は続く。その的確な分析力は勉強に生かされるべきだと切に思う。
「最近、英語の勉強しすぎてて、難しい日本語、分かんないんだ、ごめんな」
訳の分からないことを言っているのは百も承知、何としても交わしてやろう、それだけだった。
「英語か~英語なかなか伸びないんだよね。なんか良いやり方、あったりしないの?」
取り敢えず話を逸らすことに成功し、ホッとひと安心、勉強法を早口でまくし立てる。
「英語はね、とにかく書いて、聞いて、発音して、読めばいいんじゃないかな!」
「単語も、熟語も、文法も、和訳も、整序問題も、取り敢えず書いて覚えることだね!」
「長文は読めばいいし、リスニングは聞けばいい!」
「どうだ、簡単なことだろう!」
「クソみたいなアドバイスだな……」
村野は呆れたように笑う。でも実際、英語はこんな感じだ。急がば回れ、ではないけれども、ああだ、こうだと効率的な勉強法を模索しても、結局シンプルに「読む」、「書く」、「聞く」、「話す」に敵う勉強法はないのではないかと考えるに至った。
「まあ、詳しくは川口に聞いてくれ」
そう言うと、川口は面倒事を押し付けやがって、と渋い顔をして見せた。
その後二時間くらいそこに居座ることになるが、その間、彼女について再び追及されないか、気が気でなかった。