彼女
「岩倉くん、こっち、こっち!」
主導権はいつも彼女にある。僕は彼女に言われるがまま、ついて行く。ただ、はぐれないように右手は繋いだままにして。
焼きそば、イカ焼き、綿飴にかき氷、様々な屋台を食べ歩く。もちろん彼女が全部食べられるわけもなく、残った分を僕が食べる。
「岩倉くんって細いのによく食べるね!」
そう言っていたずらに笑いかける。
「あ! 金魚すくいだよ!」
次に興味を引いたには金魚すくいらしい。彼女は店の人にお金を渡すと、二本のポイを受け取った。
「はい、片方あげる。がんばって!」
「よし……!」
それを受け取ると、腕まくりをして見せた。夢見心地な気分は相変わらずだが、先程よりは余裕が出てきた。そしていざ金魚を目の当たりにしても取れる気はしなかった。金魚すくい自体は何度もやったことはあったものの、取れた試しがなかった。
「あっ……」
今回もその例に漏れず、一分も経たないうちにポイは破れてしまった。
彼女は、と言うと、真剣な眼を水面に向け、狙いを定め、機を窺っていた。すると機敏にポイを水面に滑らせ、赤い金魚をお椀に収めた。
「やった~!」
手を取って喜びを分かち合う。傍目に見れば一組のカップルにしか見えない振る舞いを自然とできるようになった。それほどまでに気持ちも落ち着いてきたようだ。結局、二人合わせて取れた金魚はその一匹だけだった。
「はい、あげる!」
突然、金魚の入った水袋を手渡された。
「えっ……うちじゃ……」
「大切に育ててね!」
そう言い残して彼女は先に行ってしまった。
「困ったなぁ……」
首を傾げる。寮の自室では金魚は飼えない。
「岩倉くん、早く!」
僕らはいつも彼女のペースだ。
すっかり日は暮れ、辺りには夜の帳が下りていた。かれこれ二時間以上も歩き通しでお互い疲れてしまい、ベンチに腰掛ける。
「今日は付き合わせちゃってごめんね」
少し遠くに聞こえる祭りの喧騒とは対照的に、静かに話しかける。
「いや、こっちこそ何もできなくてごめん……でもすごく楽しかった」
彼女がニコリと笑ったのを最後に二人の間に沈黙が流れた。
何か話さないと……そう思いながら話題をあれこれ探す。
(いっそ気持ちを伝えてしまおうか……)
ほんの数分の沈黙が悠久の時に感じられる。そのいたたまれないに意を決して、
「あの!」
そう言うや否や、遠くで轟音が鳴り響き、夏の夜空に花火が打ち上がる。
「あっ! 花火だ!」
彼女は短く言う。先月も見たそれに比べると、小規模な感は否めないが、今まで見たどの花火よりも新鮮でかつ幻想的だった。
「さっき何か言いかけた?」
彼女はこちらをまじまじと見つめる。一瞬引いたかに見えた緊張の潮が急激に満ち返す。こうなったら腹を括るしかない――再び意を決して思いの丈を言の葉に込める。
「あの……初めて会った時から……その、好きでした……」
「良かったら……付き合ってくれませんか?」
そう言い切ると視線ごと顔を伏せってしまった。大変月並みな表現になるが、今にも飛び出そうなほど心臓が高鳴っている。顔も紅潮していることだろう。ただ幸いなことに、夏の音と夏夜の暗がりで相手に悟られることはない。
「こっち向いて」
顔を上げ、そちらを見やる。すっと顔が近づき、重なる。
「よろしくお願いします!」
気が付くと、花火は終わっていた。夏の終わりのことだった。
自室に帰り着いてもなお、動悸が収まらない。心身ともに夢物語を漂うかのようにふわふわしている。ベッドに横になっても眠気が襲ってくる気配すらない。梨華ちゃんは寝てしまったのだろうか、メールの返信が途絶えた。もうすぐ日付が変わる。この現実感のなさを打開したい、そんな気持ちに駆られる。
目を閉じて今日一日を振り返る。朝は普通に置き、予備校へ向かった。午前と午後の講習を終えると、梨華ちゃんに誘われるがまま、夏祭りへ出向き、そして……。
『Brrrr……』
突然、携帯電話のバイブ音がこだまする。
(梨華ちゃんか!)
そう思って携帯電話を急いで開くも、とんだ見当違い、いつもの彼であった。相変わらず長い文面で読むのも辟易とする。文面から察するに、なんと彼は失恋をしてしまったらしい。その影響からか、直近の模試の出来も芳しくなく、近頃は日々の勉強にも支障をきたすほど落ち込んでいるようだ。無理な恋愛はするものではないな、と他人事のように笑う。そして文面にはなかったが、おそらく電話をしようということなのだろう。ちょうどよかった、今晩は何故か人と話したい気分なのだ。早速携帯電話を片手に電話を掛ける。
「もしもし?」
「もしもし? ちょっと話を聞いてほしいんだけど……」
今晩は眠れそうにないだろう――。




