夏祭り
あれから三日後、夏期講習も終盤に差し掛かかった頃だ。午後の講習も終わり、寮に帰ろうとした矢先、後ろから聞き馴染みのある声が飛んできた。
「岩倉くん!」
声の主は梨華ちゃん、先週一緒に勉強をした梨華ちゃんだ。
「お、おう」
振り返って応答する。余りに急なことで驚いて気の利いた言葉が出ない。あれ以来、メールのやり取りはあったものの、対面するのは初めてだったのだ。
「なんかそっけないのね。メールではあんなに饒舌なのに……」
可笑しそうに言われ、赤面の至りだ。
「一緒に帰りましょ!」
彼女はそう言うと、僕の手を引いて予備校から連れ出した。突然の行動に、何が何だか分からないまま、導かれるほかはなかった。
「どうしたの? なんかあった?」
不思議そうにこちらを見やりながら聞く。心臓の鼓動は異常に高まり、いやにノドが乾く。思考回路もオーバーヒート、平常の状態では有り得なかった。
彼女はずんずん進む。向かいに渡る帰路の交差点も構わず、まっすぐに。
「オレ、あっちなんだけど……」
向かいを指し示しながら、思い切って言う。彼女は一瞬立ち止まるも、即座に、
「公園はあっちなの!」
そう言うと再び進み出した。
(公園に何の用があるんだ……?)
思考が浮ついて何も浮かばない。そうして、しばらく歩いていると、浴衣を着た人達がちらほら見受けられるようになった。信号で立ち止まる。そして、よくよく目を凝らすと、電柱に「夏祭り」の看板が立て掛けられているのに気付いた。
(これってもしかして……)
「お祭り、行こうか!」
公園を目の前にして、彼女からお誘いを受ける。断る理由など、無論ない。
「はい……」
ぶっきらぼうに聞こえないように、はにかみながら、それに応じる。照れ隠しはもうやめた。今はただ、天にも昇ろうとする己が気持ちの高揚を抑えるのに必死だった。
そして答えを聞いた彼女の、晩夏に注ぐ西日に照らされたその笑顔が、とても、とても綺麗だった――。




