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蛹の夢  作者: 金王丸
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招かれざる客

 それからの二、三日というもの、受験前の追い込み期のような生活を送った。それこそ三食と風呂、トイレ以外の時間をひたすら勉強することに費やした。ここまで勉強に没入できたのは僕の意地の所為だろう。ちっぽけなプライドの反発、負けられないという意地、人間を何かに突き動かす原動力はいつもそれらであると改めて実感させられた。


 「本番」まで残り一週間、未だ経験のない一日十五時間の勉強時間で更に追い込みをかけ、前を行く平田を捉え――差し切る。


 「今日はこんなところかな」


 夜中の十一時前、今日の勉強を終えた。ホッと一息つき、ベッドにへたり込むと、今まで気持ち一つで押し留めていた疲労感がドッと湧く。一日中机に張り付いていた身体はその疲労から余計な随意運動を拒絶し、フル稼働していた脳みそはこれ以上使ってくれるなと言わんばかりに、睡眠を誘う。


 おぼろげな意識の中、なんとはなしに携帯電話の電源を入れる。すると三日ぶりに開いたその画面には不在着信二件と十通以上のメールを知らせるメッセージが表示された。発信者はいずれも同一人物だ。


 そのメールというのも三日前から今日に至るまで、毎日複数通送られており、その全てが彼の恋愛について相談した気な文面だった。時系列に沿って読み進めていくと、最初はいつものように用件だけ簡潔に綴った形式であったが、次第に僕自身の安否を心配しつつもあくまで相談事を持ち込むスタイルに変わり、最終的にはかなりの長文で、浪人としての自覚のなさを彼自身で責めつつ、僕の機嫌を窺うようなポーズを見せながら、友情を持ち出して相談事を聞いて欲しいと懇願する体裁を採っていた。


 そして着信の方もよくよく確認してみると、いずれも今晩のものであり、直近の着信は今から三十分ほど前にあったことが分かった。


 彼に連絡するべきか否か、熟考するべき問題である――。


 連絡してしまったら最後、夜を徹した長電話に付き合わされ、次の日に大きく影響してしまうのは火を見るよりも明らかだ。これから「打倒平田」に向けて追い込みを掛けようとする時期にそんなことで時間を費やすのは以ての外だ、いつもの僕ならそう考えるだろう。


 だが一日中酷使して疲弊しきった脳みそでそこに考え至るより先に、「?」の一字を返信してしまっていたのだ――。



 真夏の夜は短い。気付けば東の空に朝日が顔を覗かせていた。生まれたての日の光は僕を咎めるように燦々と照りつける。静かな部屋にただ一人、強烈な後悔と自責の念に駆られた。


 徹夜で勉強していたならまだしも、本来明日に備えて寝ておくべき時間に谷中の恋愛相談に乗っていたのだからなおのことである。だいたいあいつもおかしいのだ、こんな時期に告白をしようとするなんて。しかもいくら親友とは言え、デートに誘う手立てから告白の文言まで、当然自分ひとりで考えるべき恋愛の一部始終を全部こちらに相談してくるとはいい迷惑だ。彼は今後、どこへ向かっていくのか……。近々愛の告白をするという彼の先行きの危うさを案じることで自分の中の負の感情を打ち払おうとした。


 すると不意を突いて、強烈な眠気が僕を襲う。夜通し長電話したツケがそのむなしい努力を代替してくれるようだ。幸いなことに今日の講習は午後からだった。


 (午後の講習までなら大丈夫か……)


 そう考えるや否や、ベッドの上に臥せってしまった。



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