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蛹の夢  作者: 金王丸
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打倒平田

 勝負の八月を迎えた。予備校通いは相変わらずで、毎日一コマずつ夏期講習を受講してはその他の時間を自習に充てる日々の連続だ。世代を問わず受験関係者は当月を「受験の天王山」と呼び、勉学に煽動しようとするが、僕は特段変わらずに目の前の課題と格闘していた。


 「おお、久しぶり!」


 トイレから自習室に帰る途中、偶然平田に出くわした。平田を予備校で見かけたのは夏期講習に入って初めてのことだ。どこで何をしていたか、知る由はない。そして二、三言会話した後、昼飯を食おう、ということになり、ラウンジに誘われた。時計を見るとちょうどよい頃合いでもあったので、その提案に乗った。久しぶりに見る彼の顔は日に焼けて黒くなっていた。


 「毎日勉強してたの?」


 そうだ、と即答した。浪人生なら当然のことだ。しかし彼は感心するように笑う。


 「講習始まってから今まで何してたのさ!」


 「ああ、ちょっと遠出を」


 大事なこの夏に旅行なんて……ただ唖然とした。なぜそこまで余裕でいられるか、全く理解できなかった。


 「ほい、お土産」


 そう言うと、カバンからお菓子を取り出し、僕に手渡す。平田の地元の銘菓らしい。


 「そろそろ模試じゃない? まさかもう終わったとか言うなよ」

 「ああ、来週末だよ。昨日受験票配ってたよ」


 大学受験生にとって八月と言えば年に二回ある大学別模試の一回目が実施される時期でもある。各主要大学の名を冠した模試は受験勉強を遂行する上で非常に重要な意味合いを持つ。


 なぜならばその大学を意識した受験者を対象に、問題の傾向、配点の傾斜を本番と同じくして行われ、そこから弾き出される順位、判定は他の模試の結果よりはるかに精密で、信用できるものだからだ。

つまるところ、文字通りの「模試」なのだ。


 「さっき貰ったわ。今年はどんな感じだろうな。お前さ、去年の『実戦模試』、どうだったの?」


 興味有り気に聞かれた。はっきり言って去年の同模試は口にするのも恥ずかしいほど悲惨な結果だった。AからEの五段階評価のE判定、合格圏外を意味するE判定だった。


 「多分Cくらいだった。平田は?」

盛りに盛って二階級特進だ。


 「オレがA以外をとると思うか? 本番以外全部A判定だぜ」

自虐気味に言う。なぜ落ちたのか、不思議でならない。


 「来週末か、あんまり時間ないな。それまでリハビリしとかないと、お前に追いつかれちゃうな」


 モノを書く仕草をしながら口走る。その表情からは負けるなど微塵にも思ってないことが読み取れる。


 「オレ、負けないから」


 聞き捨てならない台詞にムッとした。冗談なのはわかっているが、ちっぽけなプライドがそれを咎めた。だが平田は笑って受け流す。


 「そうムキになるなって! オレが悪かった、ごめんよ」

 「お、もうこんな時間だ。じゃなあ、また今度!」


 僕の言葉に険悪な雰囲気を察知したのか、そう言ったきり彼はどこかに行ってしまった。ラウンジに一人残り、しばらく内省する。その中で、軽い戯言に突っかかってしまったと自分を恥じる一方、彼の目にモノ見せてやろうと湧き上がる静かな闘志に気付いた。


 来週末の「実戦模試」まであと十日余り、「打倒平田」を旗印に一路駆け抜けることを心に決め、ラウンジを後にした。



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