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蛹の夢  作者: 金王丸
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本音

 結局、その日は全くと言っていいほど勉強が進まなかった。午後の自習のほとんどを自身に向けた猜疑と問答することに費やした。現状のままで果たして合格できるのか、自分のやってきた努力は正しいものだったのか、一度考え出すとその種の疑念は止まることを知らない。


 予備校からの帰り道、村野と二人話している時はその姿を消し、ふとした話の凪に再び湧いて出る。厄介な妖怪に取りつかれた気分だ。

そして帰路も中盤に差し掛かった頃、何やら後ろから呼ばれたような気がした。


 「おーい、岩倉、村野~」


 振り向くと石原さんだった。気付かぬ間に髪色はオレンジに近い赤に変わっていた。


 「石原さん……、髪、どうしたんですか……?」

少し戸惑いながら応答する。


 「ああ、夏だからな! それよりこれから花火見に行かないか?」

 

 「急に何を言い出すんですか……?」


 「まあいいじゃねえか! 付き合えよ!」


 こうして半ば強引に三人で花火を見に行くことになった。そもそも今日花火大会があることをいま初めて知った。道中よくよく目を凝らすと、街の至る所に花火大会の広告が張ってあるのに気付いた。


 「どこで見るんですか? 今から河川敷に行ったってとても見られたもんじゃないですよ」


 街外れの河川敷で行われる花火大会はこの地方で最大の規模らしく、人間の数も尋常でないほど多いはずだ。今から行ったところでまともに見ることはできないだろう。


 「まあいいから、ついてこい」


 言われるがまま後に続く。途中でコンビニに寄り、缶チューハイを数本調達するという道草を食いながらも、なんとか花火の始まる前に公園に辿り着いた。


 「この辺でいいだろう」


 適当なベンチに腰掛ける。石原さんから缶チューハイを一本受け取ると、三人で乾杯した。実はお酒を飲むのは初めてだった。クイッと乾いた喉にアルコールを流し込む。ほのかな背徳の味がした。


 「最近どうよ? そう言えば、前回の全国模試、どうだった?」


 全国模試の結果も併せて、一通り近況を報告する。もちろんあの二人の好成績についても触れた。


 「へえ~、それはすごいな。あんな体たらくでよくこんな成績出せるよな~」

感心したように頷く。


 「ホントですよ! 真面目にやってるこっちがバカバカしくなりますよ……」

そう語気を荒げた。石原さんは早くも二缶目を空けようとしている。


 「まあ、そう焦るなよ。まだ先は長い。経験的にスパートが早いほど失敗するんだぜ」

そう言ってニヤリと笑う。そして僕は続ける。


 「才能の差ってヤツっすか、それをまざまざと見せつけられましたよ……努力だけじゃどうしようもない才能の壁を」


 「こっちだって毎日何時間も勉強してるんですよ。なのにヤツらは助走もつけず軽々と僕を超えていく」


 「才能のない僕には敵うはずがないんだ。こんな調子じゃ合格だって……」


 きっと酔っているのだ、そう自覚はしているものの、言葉が堰を切ったように流れて止まらない。大丈夫か、と村野に声を掛けられる。そんな心配を、うるせえ、と突っぱね返す。


 一方、石原さんは黙って聞いていた。そしてこちらを一瞥すると、手持ちの煙草に火をつける。フッと吹かしたその煙が僕らの周りを取り巻く。


 「まあ落ち着け、受験はこれからだろ。諦めるにはまだ早いんじゃね~の?」


 煙草の火がやけにはっきり見える。石原さんはそれを大きく吸い、吐き出すと続けた。


 「今から模試の順位とか判定に躍起になってちゃいけねえよ」


 「重要なのは目の前の結果に一喜一憂せずに努力し続けられることだ。こっちの才能はお前の方があると思うぜ」


 「まあ、オレなんて二回も落ちてっから説得力はないかもしれないけどさ」


 そう言って笑う石原さん、そして次の瞬間、夏夜の風が陰鬱な煙をまとめて連れ去った。


 (そうか……そうだよな……)

 

 先程の言葉がすっと胸に染み渡る。気付けば夜空に煌々とした夏の華が咲き誇っていた。



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