自己採点
――○、○、×、○――
基本的な手の動き、脳の認識は○、そこに時たま×が混じる。時に手元のそれと印字のそれの違いに狼狽し、焦燥する。その試験は決して取りこぼしを許さない。
「よし、自己採点終わった!」
勢いよく赤ペンを放る川口の顔はその出来を反映しているかのように朗らかだった。
「まだ点数、言うなよ!」
今日は珍しく平田も食堂に顔を出した。寮の食堂で出くわしたのはこれが三度目くらいか。手早く、正確に採点する様は普段見られない様、真剣そのものだった。
「ヤバい……ヤバい……」
うめく様に採点しているのは村野だ。最近勉強をサボっていたツケがもう回ってきたのだろうか、頻繁に手が止まっては解答を見返している。
「今回は自信あるぜ!」
河辺も珍しくその輪に混じっていた。
そしてその言葉を聞き終えるや否や、僕も自己採点を終えた。点数は九〇〇点満点で七八二点、昨年度のセンター試験とほぼ同じ点数だった。この結果の良し悪しは周りの状況次第だろう。でも点数だけ見れば半年前と同じ、印象はあまり良くない。この半年で少しも成長していないのでは、とちょっぴり疑心暗鬼にもなったりする。それはそれとして、黙々と採点をしていた丸井も終わった様子だったので一同に点数を公開した。
「八四二点……川口、えげつないな……」
当人は得意気な表情を浮かべている。他の五人は現実離れしたその点数に畏敬の念すら覚えた。
「得点率九三%は凄過ぎる……どこでも受かるぞ……完敗だ……」
いつもは勝ち気な平田も意気消沈している。
「まあ、たまたまだって。マークで取れても二次試験でダメなら合格しないし……」
予想外の反応に川口もとっさにフォローを入れる。
「負けた~やっぱり川口は優秀だな~」
河辺は投げやりにも聞こえる賛辞を送ると、机に突っ伏しながら、点数の入った紙を叩きつけた。
「お前も十分凄いぞ……」
その紙には書き殴るように算用数字で八二一と記されていた。
「おお、同じ点数だ! 本番もこれくらい欲しいよなぁ~」
平田もそれに続く。川口に負けず劣らず彼らも優秀であると改めて感じる。それに比べて僕は……自分の不甲斐なさを痛感する。
「七八二点だった」
ここしかない、滑り込むように点数を発表した。今回の成績はきっと悪かったに違いない。しかし川口はともかくとして、同じ文系の平田、河辺の両名に水をあけられるのはあまり良い気分ではない。彼らは最後の最後まで戦わなければならない相手なのだ。意地でもすがりついていかなければならない相手なのだ。
「オレは……八割くらい……」
申し訳なさそうに丸井が言う。眼鏡の奥に悲しげな瞳を見つけた。
「おいおい、そんなこと言われたらオレの立場ねえよ……この界隈の点数がおかしい」
ついに村野が口を開く。先程から一人深刻そうに解答解説を見つめていたが、いたたまれなくなったのか、沈黙を破る。
確かに彼の言葉にも一理はある。模試、本番ともに平均点六割の当試験において、得点率八割という結果は決して卑下する内容ではない。むしろ堂々たる成果として胸を張って良いようにも思える。しかし彼らの戦うフィールドはそれを許さない。その目標の高さ故、残り二割の攻防に一喜一憂する。
「村野、結局どうだったの?」
平田の言葉を皮切りに、得点を出し惜しむ村野を皆で詰問する。一向に浮かない表情の彼にその仕打ちは少し可哀想なことをしたかもしれない。そしてとうとう観念したのか、
「六・七・八」
つぶやくくようにそう言った。それを聞いた周りは特段馬鹿にすることもなく、満足気に散会した。部屋に帰る途中、今回の失敗を愚痴っぽく語る村野を慰めながらも、心中では次なる目標、「実戦模試」に思案を巡らせていた。