長電話
七月も半ばを過ぎ、日差しが夏のそれに変わる頃、世の中はやれ海だ、やれ祭りだと色めき立っている。本来そうであってはいけないはずだが、僕の周りはもちろん、予備校全体がその誘惑に駆られている様子だ。いつもラウンジで騒いでいるような連中は言うまでもなく、これまで真面目にやってきた人間でさえ例外ではない。
『ちょっと真剣に相談したいんだけど』
久しぶりに連絡を寄越したと思えばこんな調子だ。こんな調子だ、何事か察するのに時間はいらない。
『前に言ってた女の子か? あれから進展、あったのか?』
話をサクサクと進めたい。まだしなければならない課題が残っている。
『前の話とは別なんだ。夏美ちゃんって言うんだけど……』
『好きすぎて勉強に手がつかない。どうしたらいいんだ?』
なるほど、相手の女の子は夏美と言うのか。
『前の子はなんだったんだ……パッパと告白したらいいじゃん!』
この男の恋愛体質ぶりにはほとほと呆れる。浪人直後の悲壮な決意はどこへ行ったのやら……。そして間髪を入れずに、
『そんな簡単にはいかないでしょ!』
『今回は受験を超えて今後の人生に関わるくらい重大なことなの!』
『だから相談に乗ってくれ~』
『そういうわけで今から電話してもいい?』
畳みかけるようにメールを寄越す。あまりの必死な彼の様子に、
(少しならいいか……)
半ば折れるような形で通話に応じた。電話の着信音に急かされるようにベッドに横たわる。
(今日も長くなりそうだな……)
消し忘れのデスクライトが所在無さ気に課題の山を照らす。それは一晩中、何か言いた気に僕を見つめているようだった。