表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【箱】短編

夜を歩く

作者: FRIDAY

 月は半欠けだった。星もあまり見えない。けれども街灯のお陰で暗くはない。

 蒸し暑く、肌には常にうっすらと汗を浮かせている。


 夏の夜だ。

 どこかから、蛙の鳴声が響いている。

 小川沿い。

 人影は二つ。


「――だから、お前は飲み過ぎだって」

 男が、肩を貸してやっている女に呆れた声をかける。対して女は、

「だって、皆が飲め飲めって言うからさあ……」

 声は芯がなくへろへろとしており、足元もおぼつかないようだ。


「それでノセられたお前が飲むから面白がるんだ。今度からは適当なところで上手く逃げろ」

「テキトーなとこって?」

「適当は適当だろ」

「わっかんないよー、そりゃあ、ユー君はお酒に強いからいいんだろーけどさー」


 急に声を大きくし、拳を振り回す女。ああもうこの酔っ払い、と男は女の腕を下げさせる。

 何かの飲み会の帰りなのか。したたかに酔っている女を、男が送り届けているところらしい。


「俺は別に強いわけじゃないけどな……自分で歩けなくなるほど飲むなって話だ。今度からは気を付けろ。ただでさえ世の中物騒な上に、血気盛んな男共だってなあ――」

「へーいへい、気ぃつけますよぅ」

 唇を尖らせ、女は実にぞんざいに返す。はあ、と男は深いため息をついた。

 と。


「――んん?」

 突然、女があらぬ方向を見て立ち止まった。不意のことで、肩を貸している男がつんのめりかける。


「おっ、と、っと。いきなりなんだお前、」

「今なんか光った」


 あ? と訝しげな表情になる男に構わず道端の草陰を注視していた女は、「ほらまた!」と声を上げ男の肩から腕を引き抜いてそこへ駆け寄る。

「おいおい、いきなり何なんだ。光ったって、人魂だとか鬼火だとか……不用意に近づくなよ、おい」


 ぶつぶつ言いながら、男もそちらへ寄る。

 数歩。

 道端にしゃがみこむ女の背後に立ち、覗き込む。


「おいおいまさか、適当なこと言ってリバースしちまってんじゃ……」

 やや表情をひきつらせる男に対し、女は、しー、と言った。


「捕まえたよ」

「捕まえた? 何をだ。人魂をか」


 本気とも冗談ともとれない男の言葉はスルーして、女はこちらへ身を回し、椀にして閉じた両の手をゆっくりと開いた。

 ぽぅ、とそこで光るものが、確かにある。それは、

「――蛍?」


 男の呟きに、女は嬉しそうな笑みを浮かべながら頷いた。

「びっくりだよ。こんなところにもいるんだね。この子だけじゃなくて、他にも結構いるみたいだし――」

 言われて、男も草陰へ視線を向ける。すると確かに、陰の中に光るものが結構いる。


「蛍か――いつ以来かな」

 呟く男に、ふふ、と笑いながら女も頷いた。

「こんな珍しい体験をしたのも、私のお陰だね。感謝しても宜しくてよ」

「するかよ酔っ払い」

「ケチ」

 笑う女の手から、蛍が音もなく飛び立った。明滅する光が、ふらふらと舞い上がる。

 それにつられたのか、草陰にいた他の光たちも一斉に舞い上がった。

「わあ――」


 小さく、女が歓声を上げる。

 一瞬、とも言えるほどの短い時間。

 乱舞する蛍の光で、幻想的な風景が形作られる。


 男ですら思わず嘆息をもらす光景の中、しゃがんだ姿勢のままの女が、振り返って男を仰いだ。

「――綺麗だね」


 蛍に彩られた女の笑顔も、また言いようもなく綺麗で。

 男は思わず視線を逸らしながら、そうだな、と答えたのだった。


時空モノガタリと重複投稿。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ