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第3話

広場に出ると、日は傾き露店も片づけを始めていた。これでは、依頼を受けたり街を見るのは明日以降になりそうだなと思いつつ、ティアナさんに教えてもらった通りに道を歩いていく。しばらく歩くと、小鳥の宿木という文字とベッドの絵がかいてある看板のかかった建物を発見した。それを確認すると、私は建物の中に入っていった。

建物の中に入ると、カウンターで長身の、三十代前半と思われる若い女性が仕事をしていた。彼女のサイズはティアナさん以上だった。それを見た私は、無意識に自分の胸に手を当てていた。


「ティアナさんの紹介でここに来た。宿に泊まりたい。私だけで十泊」


カウンターの女性に声をかけると、彼女は笑顔を浮かべて答えた。


「あら、かわいいお客さんだこと。宿は一泊五百フラウだよ。だから、十泊で五千フラウになるわね。食事は別料金で、ここで食べるなら一食二十五フラウにおまけしておくわ」

「わかった。じゃあ、これが宿代と食事代。食事は朝と夜だけでいいから、五千五百フラウ」


そう言って、私はカウンターの上に懐から出した銀貨六枚を置いた。それを見た女性は困ったような表情で口を開いた。


「お嬢ちゃん、年頃の娘がそんなはしたないことしちゃいけないよ」

「でも、私の故郷ではこれが普通だった」

「お嬢ちゃん、遠いところから来たようだけど、ここではそういうことをするのは酒場で働いている女か商売女だけって相場が決まってるのさ。胸の間からお金を出し入れするようなものだからね」

「それは困る。私はそんなに安くない」


私が言うと、女性はカウンターの下から取り出した革袋に大銅貨一枚を入れて私に渡してきた。


「安くないっていうんなら、お金は今度からこれに入れてそこから出し入れするんだね。場所が変わればいろいろと常識も変わるものさ。お嬢ちゃんの故郷では常識でも、ここでは非常識になるんだからね?ああ、お釣りはその中に入っているからね」

「ん。わかった。ありがと……えと……」

「私はこの宿の女将のマルレーン。みんなからはマリィって呼ばれてるよ」

「マリィさん、ありがとう」


私がそうお礼を言って、腰帯の体の左側の部分に貰った革袋の紐をしっかりと縛り付けると、マリィさんはにっこりと笑顔を浮かべた。


「いえいえ、どういたしまして。今は個室が一つしか開いていないけどいいかい?」

「大丈夫」

私がそう言うと、マリィさんは宿帳をカウンターの下から出してきて、カウンターの上に開いて置いた。


「じゃあ、ここの二〇三号室のところにお嬢ちゃんの名前を書いて。泊まる期間に関しては私が書いておくからね」

「ん」


私は、カウンターの上にあるペンをとると、自分の名前を指定された場所に書いた。


「お嬢ちゃんの名前はトーカ・モチヅキっていうんだね。トーカちゃんはお貴族様の……?」

「それはティアナさんにも言われた。私の故郷では平民でも貴族でもみんな姓があるのが普通。だから、私にもあっておかしくない」

「そうなのかい。だけど、それならむやみやたらに姓を名乗らない方がいいね。この街ならいいけど、隣の聖王国や王国はお貴族様がいるからねぇ。お嬢ちゃんは獣人だろう?お貴族様に目をつけられると大変なことになるよ?」

「それも困る。面倒事は嫌」

「だったら、普段名乗るのは名前だけにしときな。姓の場所はペンで塗りつぶしなさい」


ため息をつきながらマリィさんがそう言うと、私はペンで姓の部分を塗りつぶした。


「全く、トーカちゃんは常識知らずにも程があるねぇ……。まあ、遠いところから来たのなら仕方ないのかもしれないけれど、トーカちゃんは若くてかわいいし、その上獣人だから私は心配だよ……」

「そう言われると否定できない。常識はおいおい身につける」

「そうした方がいいよ。トーカちゃんの今後のためにもね」


そう言うと、マリィさんは私に二〇三と書かれた木札のついた部屋の鍵を渡してきた。


「これがトーカちゃんの部屋の鍵だよ。外出するときにはしっかり鍵を閉めて、カウンターに渡してくれればいいよ。帰ってきたら声をかけて。部屋はそこの階段を上がって扉に二〇三と書いてある部屋になるよ」

「ん。わかった」

「食事は、朝は暁六の鐘が鳴ってから朝八の鐘が鳴るまで、夜は夕六の鐘が鳴ってから夜八の鐘が鳴るまでの時間だよ」

「鐘の音はその数だけ鳴らすの?私の故郷ではそうだった」


江戸時代までは、日本でも明け六つ~暮れ六つ~明け六つと昼夜ごとに六等分して、一定時間ごとに鐘をついて時間を知らせていた。また、二十四時間を十二等分し、二十四時から十二支を順番に当てはめて、そこをさらに四等分して数えるやり方もあった。それを思い出した私は、そう口にした。


「それと同じさ。ただ、鳴らすのは暁六の鐘から夜八の鐘までだけどね。お貴族様の屋敷や金持ちの商人の家には時計があるけれどね。平民はみんな鐘の音を頼りに時間を知っているのさ」

「そうなんだ。野外ではどうやって時間を知るの?」

「それはもう太陽の傾きでさ。東から登って西に沈むまでの太陽の位置で何となく知るしかないねぇ」


困り顔でマリィさんが言うと、私は納得したようにうなずいた。


「まだ夕四の鐘が鳴ったばかりだから、夕食まで時間はあるね。まずはお風呂屋に行ってきたらどうだい?」

「そうする」


私はそう言うと、鍵を受け取って階段を上っていった。


(二〇三号室は……っと、ここね)


階段を上って、宿の二階に上がると部屋がいくつか並んでおり、その中から二〇三号室と書かれている部屋を探し出すと、私は部屋の扉を鍵で開けて中に入った。

中に入ると、地球のビジネスホテルのシングルルーム程度の広さの部屋に、ベッドと机といすが一つづつ置いてあった。トイレと洗面台は備え付けで、そこに入るための扉が部屋の中にあった。中を見ると、どうやらトイレは水洗で上下水道は完備のようだった。しかもトイレットペーパーがついているのがありがたかった。無駄に現代臭のする洗面所兼トイレに感謝しつつ扉を閉めた。

私が止まることになる部屋の内装は、飾り気も何もない。初心者の冒険者がよく宿泊しているというのだから、必要最小限のものが揃っている程度の部屋なのだろう。だが、豪華な部屋よりはこのようなシンプルな部屋の方が好みの私は、内装に満足していた。部屋をぐるりと見まわした私は、出かける準備をするために部屋の扉を閉めた。

椅子に座り、アイテムボックスの中に一度懐の中の銀貨を戻すと、中から銀貨と銅貨をマリィさんからもらった革袋の中に入れていく。タイミングを見て、お金を両替しておく必要があるかもしれないと私は思った。


汗と汚れが気になってきた私は、体をむずっと震わせると、タオルや石鹸、下着の替えがないことに気が付いた。それ以上に服の替えはあっただろうか。アイテムボックスの中を漁っていると、入れた覚えのない小型のトランクが入っていた。ホラアクにこんなアイテムあったかな……?そう思いながら取り出すと、トランクの持ち手に手紙の入った封筒が紐で括りつけられているのを発見した。何気にファンシーなデザインなのがむかつく。

封筒を開けて中の便せんを開くと、これまたファンシーなデザインの便せんに丸文字で次のようなことが書いてあった。


『これを読んでいるということは無事に転生して、一息ついている頃だと思います。生活に必要な物がないと思って必要なものを入れておきました。なんと、全部異界神の加護つきで汚れ知らず、しかも全く壊れない特別製なのです!レアリティはレジェンドですよ。中身は見てのお楽しみですっ!P.S.トーカさんには白が似合うと思って白で統一して入れておきました。セクシーな黒や小悪魔ピンクもいいけど、やっぱり黒髪には清純な白ですよね!』


読み終わった私は便せんと封筒をびりびりに破くと、丸めて備え付けのゴミ箱に叩き込んだ。


「あの神様何やってんだ!ふざけんな!」


つい男口調になって怒鳴ると、私はトランクの中身を確認した。

トランクの中には、手鏡に櫛、歯ブラシが一個づつ、フェイスタオルとバスタオルがそれぞれ三枚ずつ、髪をまとめるのに使うのであろうヘアゴムが三本、普段使うためなのか白の幅広リボンが三本、そして……。


「白のハイレグ紐パンツに、それに何この白のマイクロブラ……。しかもご丁寧に三着セット……あとは、薄いベビードール、これもご丁寧に3着もあるし。これを寝間着に使えとおっしゃる」


いろいろ透けて見えそうな、生地の薄いミニ丈のノースリーブネグリジェ―いわゆるベビードールを広げて見た私は、男の尊厳が音を立てて崩れていくのを実感した。深く深く心の底からため息をつくと、私は必要なフェイスタオルとバスタオル、ハイレグひもぱんとマイクロブラ、髪をまとめるヘアゴムと幅広リボンを1つづつ取り出すと、ベビードール1着をベッドの上に畳んで置き、それ以外は再びトランクの中にしまって、アイテムボックスの中に収納した。

再びアイテムボックスの中を漁ると、六周年記念イベントで全員配布された初期装備レプリカが見つかった。シンプルで地味な白シャツにこれまたシンプルで地味な茶色のキュロットスカート。何の変哲もない茶色の革製ショートブーツ。それに、私は満足な笑みを浮かべた。

ひとしきり満足した私は、早速装備を変更することにした。普段着はどこかの服屋であとあと入手する必要があるだろうが、とりあえずはこれを身につけておけばいいかと思いつつ、忍び装束に手を伸ばした。

なぜ体が覚えているのかなるべく疑問に思わないようにしながら、手慣れた手つきで武器と防具一式を外して白のハイレグ紐パンツだけの姿になると、なるべく体を見ないようにシャツとキュロットスカートを身につけて、茶色の地味なブーツを履いた。あとは、白の幅広リボンで長い黒髪をポニーテールに縛る。

キュロットスカートのポケットにお金の入った革袋を入れると、私はにっこりと笑顔を浮かべた。

外した武器防具一式はアイテムボックスの中に収納し、フェイスタオルと下着一式、ヘアゴムをバスタオルで包んで縛ると、机の上に置いておいた鍵を手に取った。


(さて、異世界のお風呂はどんなのか楽しみだなぁ。わくわくする)


私は鼻歌を歌いながら部屋を出て扉の鍵を閉めると、階段を下りていった。


「マリィさん、私お風呂行ってくる」


そう言って、カウンターにいたマリィさんに声をかけて鍵を預けると、私は宿を出た。

確かお風呂屋さんはこの宿の五軒隣だったかと、私はティアナさんの話していたことを思い出しながら歩いて行った。

三分ほど歩くと、そこにはでかでかとプラナスの湯と書かれた、温泉マークの看板のかかるややノスタルジックな昔懐かしい、昭和の香りがするお風呂屋……もとい、銭湯があった。

私はその情景に呆れた表情を浮かべると、気を取り直して私はお風呂屋、もとい銭湯の中に入っていった。

中に入ると、そこは私の知っている昔懐かしい昭和の銭湯そのものだった。靴を入れる木の板でできた鍵のついた靴箱、真正面にある番台さんの座るカウンター。

私は履いていたブーツを脱ぎ、適当な靴箱に入れると、板鍵を抜いて銭湯に上がると、番台さんの座るカウンターに近づいていった。

カウンターの中には、紺色の作務衣を着た女性が座っていた。


「お姉さん、お風呂に入りたいんだけど」

「あら、この辺では見かけない顔ねぇ。冒険者さんかしら?」

「ん」


黄金色の狐の耳が生えた金髪ロングヘアの熟女フェロモンたっぷりな美女。彼女の背後では黄金色で先が白い狐のしっぽがゆらゆらと揺れていた。たぶん触ったら相当モフモフしているだろう。

そして、紺色の作務衣を押し上げるやわらかそうな二つの豊かな果実。おそらくはティアナさん以上のものにちょっとコンプレックスを刺激されつつも私はうなずいた。


「そう。私はこのプラナスの湯の女将をしているタマノっていうの。あなたは?」

「私は今日この街に来て、冒険者登録をしたばかり。名前はトーカ。よろしく」

「あらぁ。その名前、もしかしたら私と同郷さんかしら。私の故郷でトーハクの花って意味よね」


銭湯の女将さん―タマノさん――の名前と同郷という言葉から、トーハクというのがおそらく桃の事だろうと思った私は、うなずいた。


「そうなの。いい名前ね。私もこの街で同郷の人にあえるなんて嬉しいわ。この銭湯もね、私の故郷の物をもとにして作ったものなのよ。故郷はここから東に遠く離れていて海を超えなくちゃいけないから、なかなか帰れないのよね。だから、雰囲気でも故郷に近いものを……って思ってここを作ったの」

「私も、ここにこんなのがあるなんて知らなかったからびっくりしてる。これなら入り方は知っているから安心した」


私が言うと、タマノさんはにこりと笑った。


「ここを知っているということは、ティアナさんの紹介ね。あの人もここをよく利用してるから。泊まっている宿は、小鳥の宿木かしらね。あそこの子たちもよく来てくれるから、お姉さん助かってるの。お風呂のお掃除の依頼とお客さんとして、ね。トーカちゃんもこれからご贔屓にしてね」

「ん。それで、お風呂はいくら?」

「お風呂だけなら三十フラウよ。石鹸が必要なら入れ物付きで百五十フラウ。女性のお客様も多いから、石鹸はなるべくいいものをと思っているんだけど、どうしてもいいものは仕入れ値が高くなっちゃうのよ。だから、その分入浴料を安くしているの。私が作ってもいいんだけど、そうすると商人ギルド長に怒られそうで……」

「それは仕方ない」

「納得してくれてうれしいわ。で、どうするの?」

「石鹸がないから、石鹸も買う。百八十フラウでいい?」


私がそう言って銅貨を百八十枚カウンターの上に置くと、タマノさんはそれを受け取って箱に入った石鹸を私に手渡した。私はそれを受け取ると、赤地に白で女と大きく書いてある暖簾をくぐって脱衣所へと入っていった。


暖簾をくぐった先は広い脱衣所だった。奥には浴場へ続く扉が見える。床は水はけと足触りのいい竹を細く切ったものが敷き詰められており、天井の扇風機のような道具がくるくると回って涼しい風を送っていた。

そして、肌をさらした無防備な老若女たち。年齢はさまざまであるが、その肌色の嵐に、私はいたたまれないような気持ちになった。つい先ほどまでは男であったのだからそれは仕方のないことなのではあるが、こうして実際に女湯の脱衣所に入ってみて、自分の中で残った男の心とこれから否応なく付き合ってはいかなくてはいけない少女の心が激しく葛藤しているのを感じた。

私は意を決して、なるべく周りの肌色を目に入れないように脱衣所の中に足を踏み入れた。そして、脱衣所の両側に並ぶ鍵のついたロッカーのうち、開いている場所を探して、そこに手にしたバスタオルの包みと下駄箱の板鍵、木箱入りの石鹸を置いた。

そして、意を決して服を脱ぎ始める。シャツとキュロットスカートを脱ぐと、ハイレグの紐パンツ1枚になった私は、なるべく自分の体を目に入れないように両側の紐を解いた。ぱさっと音を立てて、パンツが床に落ちる。私はそれをしゃがんで拾うと、ロッカーの中に入れた。

次に、リボンを解いた髪を今度はヘアゴムを使ってまとめる。髪をまとめることなどアラサーリーマンだったころは一度もなかったが、ルネティアールに転生してくるときに、女神様が少女としての基本的な立ち振る舞いをこの体に定着させてくれたおかげか、何の違和感もなくすんなりと髪をまとめることができた。

私は石鹸とフェイスタオルを手にとり、ロッカーに鍵をかけてその鍵についたリボンを手首に結ぶと、なるべく周りを見ないようにして、浴場へと向かった。


浴場に入るとそこは脱衣所以上の肌色空間であった。ぷにぷにからしわしわまで、つるつるからゆっさゆっさまでと先ほどよりも肌色成分が多く、元アラサーリーマンの私には刺激が強すぎる。私は少し顔を赤らめながら、壁に備え付けのシャワーとカランの前に行った。そこには、『赤いボタンに触れると適温のお湯が出ます』と看板が備え付けられていた。浴場の床に置いてある程よい大きさの木の桶をカランの下において赤いボタンを触ると、カランからお湯が出てきた。手を放すとお湯が止まることから、これは触れている間だけお湯が出るようである。

私は木桶にお湯をためると、今度は髪を洗うべくまずはヘアゴムでまとめた髪をほどくと、ヘアゴムをカランの上において、長い髪を手櫛でほぐす。髪が程よくほぐれたら、今度はシャワーを手に持って髪を濡らしつつすすいでいく。頭の先から髪の毛の先まで程よく濡れたら、今度は石鹸の蓋を開けて、それを両手で泡立て始めた。ほんのりバラの香りがする薄桃色の石鹸は、タマノさんがいいものと言うだけあった。しっかり泡立ったら、今度はそれを頭の先から髪の毛の先までなじませていく。なるべく優しく優しくやるように心がけて、なじませつつ洗っていく。特に、髪の毛の先は泡を集めて優しく洗う。

そうしたら、石鹸が髪と頭皮になじむまでの間、体としっぽを洗っていく。体としっぽも、しっかり木桶のお湯で濡らしたフェイスタオルでしっかり石鹸を泡立ててから、なるべく力を入れないようにやさしく洗っていく。少しでも力を入れると痛みが走るため、ゆっくり隅々まで力を入れないで洗っていく。

そして、最後に残った女の子の部分である。もちろん、当然ここも洗わなくてはいけないのであるが……。


(ええい、ままよ!)


覚悟を決めた私は、ゆっくりとそこに石鹸の泡がたっぷりついたフェイスタオルを当てて、ゆっくり洗っていく。私は洗っていくうちに、自分の中に残っている男のプライドがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。

そこを洗い終わったら、私はフェイスタオルを木桶のお湯の中に入れた。おもむろに両手を頭に当てて、今度は頭皮をしっかりとかつ優しくマッサージするように洗っていく。やはり気になる年頃のアラフォーにとってはこれは手慣れたもので、頭皮をもみほぐしつつ下の方から頭のてっぺんまで指を滑らせていくようにしながらしっかり洗うと、今度は髪の毛をもういちど毛先まで優しく洗っていく。もちろん、耳の毛も忘れず丁寧に洗った。

私はそこまで済ませると、今度はシャワーに手を伸ばして髪と頭皮の石鹸を洗い流した。隅々まで石鹸が残らないように気をつけて確かめながらシャワーですすぐと、髪の毛を軽く絞って水分を切り、再びヘアゴムで髪をまとめた。

しっかり時間をかけて髪の毛を洗うと、木桶の中のフェイスタオルをよくすすいで、よく絞ったそれをバンダナのようにして髪の毛を包むようにおでこの前で縛った。


(よし、これで髪の毛は終わり。あとは体をすすぐ……)


私は、木桶に新しいお湯を張り、それを体としっぽにかけて石鹸を流していく。それを数回繰り返して、しっかり石鹸が洗い流されたことを確認すると、石鹸の泡を洗い流して、よく水を切って木箱の中に入れると、それを持って立ち上がって湯船の中へ入っていった。


湯船の中の空いている場所に腰を下ろして、片隅の台になっている場所に石鹸の箱を置くと、私は深いため息をついた。

このため息は、久しぶりに大きな湯舟の温かいお湯に浸かったことによるものと、女の子がこんなに時間をかけて髪の毛と体を洗うということを、身をもって知ったことによる精神的な疲労によるものだった。


(女の子って、頭と体を洗うだけでこんなに時間がかかるものなの……?そういえば、社員旅行に行った時も職場の子たちのお風呂はやけに長かったような気がする。それはこういうことだったのね。

男だったころはパッと体を洗ってパッと髪を洗ってさあ湯舟だったけど、これからはそうもいかなくなるのね)


私は胸中でそうひとりごちると、体をぐっと伸ばした。

暖かなお湯が、体の芯から疲れを取っていくような気がした。周囲を見渡すと、うっすら湯気の立ちこめる中、親子連れや仕事を終えたお姉さんたち、近所のおばさんやおばあさんたちが思い思いに湯船につかっていた。ここまで来たら、もう後は野となれ山となれである。私にとって、これが当たり前の光景になっていくのだから、慣れるより仕方はないのである。私はもう、トーカ・モチヅキという名前の、黒猫の特徴を持った猫族獣人の少女なのだから。

私はそう思うと、一つ息を吐いた。


しばらく湯船につかり、体が程よく温まったのを感じた私は湯船を出ることにした。湯船を出ると、脱衣所の中の、私が荷物を入れたロッカーの前まで行った。そして、手首の鍵を外してロッカーのカギを開けると中からバスタオルを取り出す。それで、まずは体の水分を優しく押さえるようにして拭き取っていく。ここでも男だった時のようにごしごし体を拭くのは厳禁である。少しでも力を入れると痛みが走るので、なるべく優しく力を入れずに拭き取る。体の隅々まで拭き取ったら、今度は頭に巻いていたフェイスタオルを取ってロッカーの扉にかけると、ヘアゴムを取って髪をほどいた。少し濡れた髪の毛の水分を、優しくおさえるようにして拭き取る。天井で回る扇風機の起こす風が乾いているせいか、ドライヤーがなくても水分を拭き取るだけで髪の毛がさらさらに乾いていった。

そして、女神様の贈り物であるマイクロブラジャーとハイレグ紐パンツを身につけた後、キュロットスカートとシャツを着た私は、バスタオルにフェイスタオルと履いていた白のハイレグ紐パンツ、ヘアゴムとリボン、木箱入りの石鹸を包んだ。そして、それと板鍵を持って脱衣所を後にした。


暖簾をくぐって脱衣所を出ると、ロビーの片隅に昔懐かしいビン入りの牛乳が透明なケースに入って置いてあるのが目に入った。ビン入りの牛乳の入ったケースの上には木箱が置いてあり、そこには『1本十五フラウ。お代はこの箱の中にお願いします』の文字が書かれてあった。

やはり銭湯でお風呂上りに飲むのはビン入りの牛乳かコーヒー牛乳である。子供の頃入った銭湯を思い出した私は懐かしくなり、その箱の中に銅貨十五枚を入れるとケースから牛乳瓶を1本取り出した。

ケースの中はキンキンに冷えており、どういう原理で冷えているのか気にはなったがまずは牛乳である。

私はビンの木の栓を抜くと、腰に手を当てて一気に牛乳を飲み干す。これが正しい銭湯での牛乳の飲み方である。ごくごくとのどを冷たく冷えた牛乳が通るたびに、乾いたのどを潤し火照った体を冷ましていく。一気に飲み終えた私は、ビンに栓をして傍らにある使用済みビンの回収箱に入れた。

そして、私がブーツを入れた下駄箱のところまで行くと板鍵を差し込んで扉を開き、ブーツを取り出してそれを履くと、忘れ物がないか確認して銭湯を後にした。


(お風呂も気持ちよかったし、ご飯も最高だった。ここは当たり)


宿屋の自室に戻った私は、神様の贈り物であるマイクロブラジャーを外して、同じく贈り物である白のベビードールに着替えて、薄暗い部屋の中、ベッドに横になっていた。異世界転生もののラノベにありがちなご飯がおいしくないということもなく、普通においしい料理が出てきたことに私がびっくりしていると、マリィさんは、この街が交通と交易の要所になっていることと、街の東側に広がる森から新鮮な果物やイノシシ、鳥の肉が得られるからだと話してくれた。ただ、こういった場所は珍しく、森沿いの街道を東に行って到着することができるティリウス聖王国や、南の草原地帯を抜けて到着することができるメルキュール王国では香辛料や塩が非常に貴重で、料理もあまりおいしくないとのことであった。また、この街も含めて南方から時間と労力をかけて運ばれてくる砂糖は香辛料や塩以上に貴重品で、砂糖を大量に使うお菓子類はないとのこと。その話を聞いて、私はアイテムボックスの中の生産に使う材料である、大量の砂糖や香辛料、塩はあまり公には使えないなと思った。

あたりはすっかり夜の闇に包まれ、窓からは街の灯りが見えていた。つい先ほど夜八の鐘、つまり八回教会の鐘が鳴り、しばらくしてそれを二回繰り返すというのが、街に鳴り響いたばかりである。

ふとステータス欄を開いてみてみると、装備欄が神のベビードール(白)、神のパンティ(白)になっていた。

私がげんなりした表情になって、ステータス欄をぼーっと見ていると、右下に時刻が表示されているのに気が付いた。現在の時刻は神聖歴一五二〇年五の月十五日午後八時三分……そう表示されている。

ホラアクでは、BOT防止のため任意回避などの直接入力動作が確認できないと、約二時間で強制ログアウトさせられるシステムがついていた。そのために時計機能が正式サービス当初から実装されており、ゲーム画面の右下に時刻が表示されていたのを思い出した。おそらくは、私がここに転生する際に、神様がこの機能をステータス画面に移植したのであろう。

この時刻が正しいのならば、この世界の一日は二十四時間であると推測される。あとは、一年が何か月でと一か月が何日かわかれば、生活をするにもずいぶん楽になるだろう。カレンダーが売っていればそれを買うのもいいだろう。


(明日は、とりあえず普段着と鞄とカレンダーを手に入れよう。依頼を受けるのはそれからでもいい。普段着がないと街の中を出歩くのにも忍び装束だと人の目を集めて仕方がないし、アイテムボックスをごまかす手段がない)


私は胸中で独り言をつぶやく。アイテムボックスというスキルがこの世界にあるのかどうかもわからないし、使える人が限られているのであればなおさらである。何せ転生する前に話した内容だと、私のアイテムボックスの容量は無制限らしい。生き物以外ならとにかく何でも詰め込めて、中に入っている間は時間経過もないというバカげた性能を持っているとのことである。このスキルだけでも目立つ原因になってしまうので早急に解決しておかなければならないだろう。

私はふとまだ試していないスキルがあるのを思い出し、それを試すことにした。

そのスキルの名前は《鑑定眼》である。ホラアクでは、プレイヤーキャラクターが全員最初から使えるスキルで、未鑑定の状態でドロップするアイテムを鑑定したり、MOBの弱点や部位破壊に必要な属性、HPとドロップアイテムを知るのに使われていた。

昼間体を動かして、通常攻撃コンボや攻撃用スキルが一通り使えることは確認済だったので、あとは非戦闘用アクティブスキルが使えるかどうかを確認するだけであった。料理や製薬といったあとあとになって必要な生産用のスキルは後で試すことにしても、とりあえず依頼を受けるのに絶対必要そうなこれだけは試しておかなければならなかった。

私は、身につけている女神のベビードールに集中して目を凝らした。すると、目の前に半透明のウィンドウが開き、女神のベビードールの詳細な情報が表示された。


神のベビードール(白)

レジェンド

DEF+10

MDEF+20

追加効果:魅了(大) 浄化 破壊不能 自動サイズ修正 異界神の加護

トーカ・モチヅキ専用アイテム

異界神がトーカ・モチヅキのために神力で作成したベビードール。制作者のセンスが光る逸品。制作者の愛がこもっている。装備者の魅力を高めて、装備者を見たものを魅了状態にすることができる。純粋で清楚な魅力が特徴の一品。女神のマイクロブラジャーと女神のパンティを合わせて装備することで魅了効果を増幅することができる。洗濯しなくても常に清潔な状態を保つ。


それを見た私は呆れて声も出なかった。何このチートアイテム……。これは絶対に外に出せない物じゃないの?これ……。神力で作ったとかむしろご神体?

装備者の魅力を高めて見た者を魅了状態にするとか何?下着類一式と合わせて装備すると効果増大とかおかしくない?これ絶対に下着類にも同じ効果ついてるんじゃないの?

そう思った私は、身につけている下着もおそるおそる鑑定してみることにした。


神のパンティ(白)

レジェンド

DEF+5

MDEF+10

追加効果:魅了(大) 浄化 破壊不能 自動サイズ修正 異界神の加護

トーカ・モチヅキ専用アイテム

異界神がトーカ・モチヅキのために神力で作成した紐付きハイレグパンティ。制作者のセンスが光る逸品。制作者の愛がこもっている。装備者の魅力を高めて、装備者を見たものを魅了状態にすることができる。純粋で清楚な魅力が特徴の一品。女神のベビードールと女神のマイクロブラジャーを合わせて装備することで魅了効果を増幅することができる。洗濯しなくても常に清潔な状態を保つ。


嫌な予感が的中した私は深く深くため息をつくと、タオルなどを鑑定してみた。幸いなことに、タオルや手鏡、櫛、ヘアゴム、リボン、歯ブラシには変な効果はついていなかった。破壊不能と浄化、状態回復、自動回復、異界神の加護はついていたけどね!!しかも洗濯いらずで髪の毛やお肌、歯がぴかぴかのつるつるつやつやになってコンディションを最高に保つって、何この全世界の女性憧れのアイテムは!おかしいんじゃないの?あの神様本当に頭おかしいんじゃないの?


(あーもういや……。下着類も普通のを買っておかなくちゃだめね……。変なところで魅了効果が発動したら目も当てられない……特に男性冒険者とパーティー組んでいるときとか……。なんでこういうことで私の貞操の危機とか、おかしくてもう笑うしかないわ……)


童貞アラフォーだった頃はむしろばっちこいなこの状況も、十三歳の少女となった今では本当に笑えない状況であった。

あんまりにもあんまりな状況に、枕に顔を埋めて不貞寝することにした私は、いつしかそのまま眠りの世界へといざなわれていった。

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