第24話
「レウス!大丈夫なの?今すぐ、回復魔法をかけるから!」
顔を真っ青にしたシルテアが慌てて駆け寄り、回復魔法を詠唱し始める。私は、そんな彼女達に近寄ると、アイテムボックスから回復ポーションを一本取り出して、瓶のふたを開けるとレウスの口にねじ込む。中に入っている虹色に輝く翡翠色の液体が、彼の口の中に入っていくと、私の攻撃によって受けた打撲傷が癒されていった。
瓶の中に入っていた、回復ポーションをすべて飲み干したレウスが、うめき声をあげてうっすらと目を開けると、それを見たシルテアが、彼のことをぎゅっと抱きしめた。
私は、二人のその姿を、興味を失ったかのような表情を浮かべて一瞥すると、自分が張ったテントの方に歩いていった。
テントの中で、舞い散る桜の意匠が施された、忍び装束に着替えた私が再び外に出ると、辺りは茜色に染まっており、西に傾いた太陽が私のことを照らしていた。
私は森の中に入り、薪を集めてくると、忍術で作り出した石を積み上げてかまどを作る。かまどができる頃には、大森林に夜の気配が迫ってきており、私のお腹がぐぅっとはしたない音をたてた。
(おなかすいた。早くご飯作ろう)
あたりに響くその音に、少し頬を赤らめた私は、胸中でそう独り言をつぶやくと、樹の皮を割いて繊維状にした物をかまどの中央に置き、そこに忍術で火を起こした。ぱちぱちと音を立てて、火口に火が移ったのを見た私は、薪をそこに投げ入れていく。
安定して火が燃えている状態になったら、次はアイテムボックスからワイルドボアの串焼きが包まれていた紙と、食べ終わった串を取り出した私は、地面にそれを並べる。準備ができたら、私は処理を行って一口大にあらかじめ切っておいた、ワイルドボアの肉を、アイテムボックスから取り出しては串に刺していった。串に刺し終えたら、それに塩と胡椒をふりかけ、味をつけ終わったものから火の周りに刺す。簡単だが、バーベキューの様相を呈したそれに、心なしか私の興奮も高まっていく。
こんなことをするのは何年ぶりだろう。社畜として社会の歯車だった頃は、ついぞこのようなこともすることはなかったためか、私は何とも言えない郷愁を覚えていた。
「~~~~~♪」
思わず、私は日本語で、キャンプの時に歌う定番の曲を口ずさんでいた。その涼やかな歌声とともに、ぱちぱちと肉の焼ける音と、いい匂いが風に舞っていく。しばらくそうしていると、肉も焼けて食べごろになっていた。
「いただきます」
私は、アイテムボックスから取り出した丸パンを片手に持ちながら、焼けた串を手に取る。
自作の串焼きを一口かじると、塩と胡椒というシンプルな味付けながらも、新鮮なワイルドボアの肉のうまみと、芳醇な肉汁が口の中に広がった。そのおいしさに、目尻を下げてとろんとしたような表情を浮かべる私。口の中の肉汁のうまみが消えないうちに、丸パンをかじる。肉汁のうまみと、パンのシンプルながらも強い小麦の味が一体となって、疲れきった私を体の中から癒していった。
思えば、今日は朝からオークの軍勢を殲滅した後、逃げるようにその場から立ち去って、この泉で水浴びをし、自分の身の程も知らない覗き魔を制裁して、今に至るのである。
久しぶりの心やすげる時間に、私はほうっとため息を吐いた。
(……お酒、飲みたい)
丸パンと串焼きを一本、あっという間にたいらげた私は、再び串を手にとって、そんなことを考えていた。シンプルな味付けの串焼きは、ビールや焼酎、ウィスキーにあうぴったりのおつまみになる。だがしかし、私のアイテムボックスの中には、そういったものは一切入っておらず、入っていたとしても、あらかじめ泉の水で冷やしておかなくてはいけなかっただろう。
ない物は仕方ない。そう諦めた私は、再び串焼きに舌鼓を打つことにした。
私が自作の串焼きに舌鼓を打っていると、突然、私に注がれる視線に気が付いた。こっそりと気づかれないように、その視線の主を見ると、銀級冒険者二人組が、保存食をちまちまとかじりながら、私の方をちらちらと見ている。この世界では、魔法の道具かばんを所持しているか、空間収納に関する魔法が使えなければ、私のようなことはできないのだ。銀級冒険者が、そんな高価な魔導具を購入できるはずもなく、また空間収納に関する魔法も習得していないとあっては、さもありなんだろう。
だが、ここで甘さを見せてはいけない。冒険者という職業の基本は自給自足なのだから。油断と甘さはかえって命取りになるし、ここで甘やかしては、今後の二人のためにならないだろう。今回は大丈夫でも、二度目があるとは限らないのだから。特に、野営時の食事に関しては、自らの持っている食料の中で賄う、というのが暗黙の了解である。そのことは、冒険者の手引きにも書かれていることだし、パーティーを組んでいない冒険者に、食料を分けてもらうときには、それ相応の対価が必要になるのだ。
私は、その視線を無視して、串焼きをお腹の中に収めていく。あっという間に、火の回りの串焼きは姿を消していき、最後に、泉のふちでしゃがみ込んで水を飲み、口をすすぐと、私の夕食は終わった。
満足そうな表情を浮かべた私は、そのままテントの中に入っていく。魔物除けの結界も張ってあるし、このテントの周囲には罠も張り巡らされている。もともと、この場所は安全地帯ではあるが、今回は別のパーティーがいるため、油断はしない方がいいだろう。私はそう思うと、装備を外してごろりと横になった。今日は朝からいろいろと濃すぎた……そう思ったのもつかの間、私は目を閉じると、すぐに安らかな寝息を立て始めたのだった。
小鳥のさえずりが聞こえてくる。テントの布越しに、穏やかな日差しが私のことを照らしていた。
私は、その明るさと暖かさに身じろぎをすると、むくりと体を起こして大きなあくびをした。
その場でぐっと体を伸ばし、固まってしまった関節を解すように肩をぐるぐると回すと、私は外していた武器をしっかりと装着して、テントから外に出た。
テントから外に出ると、泉の水が穏やかな朝の陽ざしを反射して、きらきらと輝いていた。
私は、ぐっと体を伸ばし、泉の側まで歩いていく。泉のへりにしゃがみ込むと、水をすくって顔をぱしゃぱしゃと洗い、再びテントに戻っていった。テントの中で、軽く朝食を摂った私は、テントを片付けてアイテムボックスの中に入れると、周囲の罠と魔物除けの結界を張る魔導具を回収して、アイテムボックスの中に入れた。
(ん。街に早く帰ろう)
私は胸中でひとりごちると、周囲を見渡す。昨日出会った銀級冒険者は、もう出発したのだろう。焚火の跡が残っているだけで、二人の姿はそこにはなかった。
私はその場で大きく飛び上がると、樹の上に飛び移り、森の外を目指した。
昨日とはうって変わって、すいすいと樹を飛び移りながら、私は森の外を目指していく。後は街に戻って事の経緯を報告するだけ、そう思うだけで、気が楽になる。とりあえずの危機は解決できたのだ。ゴブリンの王種魔物が、出現しているかどうかが気にかかるが、それよりも脅威度の高いオークの王種魔物と、それに率いられた群れは殲滅したのだ。オーガやトロルといった魔物はまだ確認されておらず、一安心というところだろう。
実際に、そういった魔物が中層で確認されれば、その討伐任務は率先して受けようと、私は考えていた。
しばらく樹の上を飛び移って移動していると、私の目の前に大森林の端、街道に接した場所が見えてきた。私は、移動の速度を上げて、街道を目指していく。
森の端まで来ると、大きくジャンプした後、宙返りをしながら街道に着地した。そのあとは、見知った道である。そのままプラナスに向けて、全力疾走で街道をかけ始めた。
小一時間ほど街道を疾走すると、数日間は慣れていただけだったが、やけに懐かしさを感じるプラナスの街を囲む大きな城壁が見えてくる。
私は、足を動かす速さを上げて、プラナスの街へ向かっていった。
プラナスの城門で冒険者ギルドカードを提示して、街の中に入った私は、そのまま冒険者ギルドに向かっていく。危惧が現実になる前に、大規模な調査隊を大森林に派遣する必要があることを、私はギルドマスターに具申することを考えていた。
冒険者ギルドの中に入ると、いつもと違って、中がざわついている。私は、不思議に思って近くにいた職員の女性に声をかけた。
「ねえ、何があったの?」
「あら?トーカさん。姿が見えないと思っていたら、どこに行っていたんですか?」
「ちょっと用事で街を離れていた。いつもと違ってみんなざわざわしてる。何があったの?」
「え、ええ……。じつは、聖王都イスミリアからやってきた、勇者と、その使徒と名乗る一団が来ていまして……。今、ギルドマスターと話をしているんです」
「勇者?何それ」
「なんでも、ルミナ様のお導きで降臨されたとか何とか……」
「ふぅん。ギルドマスターとの話し合いはすぐ終わるの?」
「もう、一時間くらい話をしているのですが、まだ終わらないんです。ルミナ教の教えは、この街の根幹でもある自由自治、多種族共存とは相容れないものですので、おそらく、ギルドマスターも苦慮なさっているのでしょう」
そう言い終わると、女性職員はふうとため息を吐いた。
他種族共存とは相容れない考えを持つ国の勇者。十分気をつけた方がいいと、私は何となく察した。確か、話によれば、彼の国の国教であるルミナ教は、人間至上主義を掲げる教えだったはず。黒猫の特徴を持つ獣人となった私は、それにかかわるとろくでもないことに巻き込まれるだろう。
そう考えた私は、胸中で大きなため息を吐いた。
「ねえ、その勇者たちと話が終わったら、私からギルドマスターに伝えたいことと、見せたい物がある。少し時間を作れるよう、話をしておいてほしい。あと、どこか広い場所も借りたい。いい?」
「ええ、いいですよ」
「ん。ありがと」
「いいえ。これも私の仕事ですから」
「ん。じゃあ、私はそれまで、一度宿に戻ってお風呂に行ってくる。服も、着替えたい」
「はい。では、ギルドマスターにはそのように伝えておきますね」
「ありがと」
私はお礼を言うと、冒険者ギルドを出て、宿に向かった。
宿に戻り、使用した防具と下着を全て神様からもらった洗濯機に入れると、白いシャツに茶色のキュロットスカートという、ラフな格好に着替えた私は、お風呂屋に向かった。
お風呂で今までの垢と汚れをしっかりと落とし、珠のお肌を丹念に磨きに磨いた私は、宿に戻って洗濯が終わるのを待ち、その後、きれいになった本気装備を身につけて冒険者ギルドに引き返した。




