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第23話

海苔巻きおにぎりとワイルドボアの串焼きをぺろりとたいらげた私は、リプルジュースをごくごくと飲み干していく。ジュースを一気に飲み干した私は、げふっとはしたない吐息を吐くと、その瓶をアイテムボックスの中に収めた。

そんな私に注がれる視線を感じてそちらに目をやると、先ほどの少年と少女が私のことをじっと見つめている。私は、そんな彼らを無視するかのように、樹に引っ掛けて干していた忍び装束の様子を見に行った。野営の準備と食事をしている間にすっかり乾いたそれを回収すると、私はアイテムボックスの中に収納していく。


「あ、あの……」


忍び装束を回収し終わった私に、遠慮がちにかけられる声。目をやると、私の水浴びを覗いた少年が、すまなそうな表情をして私のことを見つめていた。その後ろで、彼と同じような表情をしている少女。私は、それを一瞥すると極めて冷淡な声色で言った。


「何?覗き魔が私に用事でもあるの?私はあなたと話すことはないんだけど」


ジト目で睨みつけながら、淡々という私。私の塩対応に、少年はむっとしたような表情を浮かべ、私に詰め寄ってきた。少年の方へ自分から近づいた私は、彼の頬を平手打ちした。驚いたような表情を浮かべる彼の頬に、見事な赤いモミジマークが浮かび上がる。


「変態」


嫁入り前のあられもない姿を覗かれた、怒りがこもった侮蔑の言葉であるその二文字の単語を聞いて、彼はその場に力なく頽れた。それを見ていた、少年の同伴者と思われる少女が私のところへとたとたと駆け寄ってくる。そんな彼女の表情は本当にすまなそうなものだった。


「本当にごめんなさい!私達、まさか先客がいて、水浴びをしているなんて思わなかったから……。あなたが水浴びしているところを覗くなんて、本当に悪いことをしたと思ってる!わたしも女だから、あなたの気持ちはよくわかるわ。私から、レウスにはきつく言っておくから、許してくれないかしら……?」

「私の裸をただで覗いたその罪、絶対に許さないし、覗きをする変態につける薬はない」

「見事な塩対応ね……。私も女だし、あなたの言っていることすごくわかるの。だから、そのプレッシャーは収めてくれないかしら?ね、お願い」

「……」

「ね、お願いよ。あいつも反省してるみたいだし、二度とこんなことはしないように、私からきつく言っておくわ。あなたには絶対に変なことはさせないから」


両手のしわとしわを合わせながら懇願する少女に、私は根負けしたように諦めた表情になると、ため息を一つついた。


「そこまで言うなら、今回だけは許してあげる。でも、次は絶対に許さないから。許可ももらわないで、女の子の裸を覗く変態は死滅した方が、世の中のため」

「ずいぶん毒舌ね。まあでも、あなたの言おうとしていることは理解できるわ」

「それなら、いい。ところで、あなたたちは何の用事でここに来たの?」

「あ、そうだ。自己紹介がまだだったわね。私はシルテアっていうの。ルネティ聖教の修道女をしているわ。冒険者のランクは銀よ。あそこで黄昏ているのが、レウスって言って、私の幼馴染。彼は剣士をしていて、冒険者のランクは銀。私たちは、この森にワイルドボアを狩りに来たの」


胸に下げた銀製の聖印を見せながら、法衣をまとった少女――シルテアは笑顔を浮かべながらそう言った。純白の、装飾の少ない法衣が、ルネティ聖教の修道女が着る物なのだろう。私は、記憶の底からルネティ聖教最高司祭をしている、とある女性の身につけていた法衣のデザインを引っ張り上げる。彼女が身につけていた物は、純白をベースにしながらも、金糸や銀糸で見事な装飾が施された法衣と、最高司祭の証であるミトラには聖印と紋章がしっかりと刺繍されていたのを思い出した私は、シルテアの話した内容に、納得するかのようにうなずいた。


「私はトーカ。冒険者ランクが白金のニンジャマスター。この森の異変を探りに調査に来たところ。目的は達成したから、ここで一泊して街に戻るつもり」

「あなたが、例の冒険者さんなのね。冒険者ギルドでもあなたの噂は聞いているわ。よろしくね!」

「ん」


シルテアが右手を差し出してきたため、私も左手で彼女の手をしっかりと握って握手をした。

白くたおやかな指は、彼女が基本的に後衛で、味方の支援と回復を行う職業であることを示していた。だが、それと同時に、指のところどころにあるまめは、それと同時に、彼女がメイスを振るって近接攻撃も可能であるということを暗に示している。

それを知った私は、周囲の魔力を取り込んで純粋な気に変換し、彼女の気の波長と同期させたうえで、そっと彼女の手に癒しの術をかけた。

見る見るうちに、彼女の指のまめが消えていき、つるんとした白魚のような指に変わっていった。


「回復魔法?ううん、でも、こんな魔法は見たことがないわ。日常魔法でも、こういうのはなかったはずだし……」

「癒しの術だから、魔法とは違う。遥か東の、私が産まれた国ではほとんどの人が使える。ちょっとした切り傷や擦り傷、腰の痛みまでこれで対応できるから便利」

「そっか。あなたはここの周りの人じゃないんだね」

「ん。あなたは、女の子なんだから、もっと身だしなみには気を使うべき。それに、後衛に直接戦闘をさせる前衛は役目を放棄しているのと同じ。回復支援職の役目は、前衛や物理火力職、魔法火力職の支援と回復。それが十全にできて戦線が保たれる」

「ふふっ。あなたも最高司祭様と同じことを言うのね。うん、確かにそうなんだけど、私達と同じ級の人たちって、みんなもうパーティーを組んでいて、新しいメンバーを探すのに苦労しているのよ。本当は、重戦士が一人と、後衛の火力担当が一人いてくれると助かるんだけどね」

「銀級の冒険者って、そんなに数が少ないの?」


私のもっともらしいその質問に、シルテアは苦笑しながら答えを返してきた。


「ほら、プラナスって冒険者の初心者には活動しやすい街って言われているけど、それは駆け出しの鉄や銅の子達に関しては、なのよ。銀になる頃には、基本的に一緒に活動している人で固まっちゃうからね」

「なるほど。それなら、教会の神官騎士見習いや神官戦士見習いを誘えばいい」

「それも考えたんだけどね。神官騎士とか神官戦士の見習いになれるってことは、それだけ素質のあるってことなの。で、そんな子達はたいてい純粋な神官の道を選ぶのよ。神官としての修行と、騎士や戦士の修行の両立って結構大変だからね。現に、私の同期はみんな神官志望だし」

「そうなの」

「うん。だから、私も冒険者ギルドにパーティーメンバー募集の張り紙を出しているんだけどね」

「パーティーメンバーなんて、必要ない!ルティは俺が守るんだ!」

「何を言ってるの馬鹿レウス!あなたがそんなんだから、参加したいって子達が辞退するんでしょ!あなた、自分の力量とか考えたことあるの?今回だって、見境なしにワイルドボアに突っ込んでいって怪我してたじゃない!」


唐突に、私とシルテアの会話に割って入ってくる、覗き魔の少年剣士――レウスといったか。

私は、覗き魔の詳細なデータを知るべく、彼に鑑定眼を使った。少し気力が削がれるが、これも人生経験四十年近い、中身おっさん外見猫耳美少女の気まぐれである。


レウス

男性

15歳

職業:ファイター

レベル:29

体力:7203/7203(☆0)

魔力:2108/2108(☆0)


右手:アイアンロングソード(普及品)

左手:レザーシールド(普及品)

防具:ハードレザーアーマー(普及品)

小手:ハードレザーグローブ(普及品)

脚部:ハードレザーグリーブ(普及品)


スキル:剣術(下級) 盾術(下級) 栽培(下級)

祝福:農耕神の祝福


祝福を一つ持っているものの、職業とは縁の遠いそれと、モブ的なそのデータに、私は思い切り深いため息をはく。根っからの農家的なステータスを見て、何らかの事情があるものと察した。私は、シルテアを守りたいから自分も一緒に村から出てきた、とかその辺りの事情なのではと辺りをつけた。ついでに、シルテアにも鑑定眼を使ってみる。


シルテア

女性

15歳

職業:シスター(ルネティ聖教修道女)

レベル:25

体力:5371/5371(☆0)

魔力:7526/7526(☆0)


右手:戦乙女のメイス(能力封印中)


防具:ルネティ聖教の法衣(修道女用)

小手:レザーグローブ(ルネティ聖教支給品)

脚部:レザーブーツ(ルネティ聖教支給品)

飾り:ルネティ聖教の聖印


スキル:神聖魔法(下級) 戦棍術(下級) 薬学(下級) 料理(中級) 裁縫(中級)

祝福:創造神の祝福 薬神の祝福


シルテアの有名ロールプレイングゲームに登場するヒロイン感満載のステータスに、私は目を軽く見開いた。戦闘スキルが二個に、生産スキルが三個。生産スキルはうち二個が中級まで上がっている。そして、神の祝福を二つ持っていることは、彼女が神官として大成していくのに、アドバンテージとなるだろう。武器も、能力が封印されているものの、戦乙女のメイスとなっている。おそらくは、持ち主の成長とともに、段階的に能力が解放されていくタイプの武器、場合によってはインテリジェンスウェポン――知性の宿った武器の可能性もある。私は、彼女の腰にさしてあるメイスに意識を集中させた。


戦乙女のメイス

戦乙女の魂が宿ったメイス。持ち主の成長とともに、真の姿と能力を発現させる。

現在は能力封印中。神代の時代に、とある一人の戦乙女が姿を変えた品物。


鑑定眼で浮かんだ情報を見た私は、ほうっとため息をついた。これは絶対に手放してはいけない品物だろう。そう察した私は、シルテアに話しかけた。


「ねえ、そのメイスはどこで手に入れたの?」

「これ?これは、冒険者をしていたおじいちゃんの形見なんだ。本当はお父さんが持っていたんだけど、私が司祭様になるための修行をするのに、街に出ていくときに餞別としてもらったの。これが、どうかした?」

「そのメイス、手放さないで。絶対に。それには強い神の加護が宿ってる。きっと、あなたを守ってくれる。だから、誰にも渡しちゃだめ」

「あははっ。トーカに言われなくても、絶対に手放さないよ!だって、これはおじいちゃんの形見だもん」

「それなら、いい。それと、もう一つ忠告。今後、冒険者を続けていくなら、シルテアは教会の人達とパーティーを組んだ方がいい。そこの覗き魔は、それこそ血反吐を吐くくらいに努力しないと、一人ではシルテアを守ることができない。というか、今から遅くないから、誰か剣の師匠を見つけて師事すべき」

「なんだとっ!おまえ、もう一度言ってみろよ!」


毒を多分に含んだ私のその言葉を聞いたレウスは、私の忍び装束の襟をつかんで詰め寄った。

私は、それにかまわず、冷たい瞳のまま後を続ける。


「血の気の多い、その性格。戦場では命取り。それに、自分の能力を知って、そこからどうするか考えるのも、戦士の務め。第一、私の能力も測れないようじゃ、強くなれない」

「何言ってんだ!俺よりも年下のくせに!」


私は、その言葉とともに体重を軽く移動させ、レウスの体勢を後ろに崩す。その後、足払いをかけた。面白いように、瞬く間に地面に投げ飛ばされるレウス。彼の表情は何が起きたのか理解していない様子だった。


「私があなたより年下だとしても、甘く見ない方がいい。今、あなたが相手にしていたのは白金級冒険者。銀級冒険者が太刀打ちできない相手。私が本気を出せば、あなたは明日を迎えることもできない。それすら理解しようともしない、理解していても感情が先走るのなら、あなたは冒険者に向いていない。前衛職は、後衛職の盾となり、敵の進軍を防ぎつつ、敵を倒すことが役割。後衛火力職や回復支援職、前衛火力職とのチームプレイが必須。だから、あなたには剣の師匠を見つけて、師事することが必要だと言った。今のままでは、あなたを迎え入れてくれるパーティーは存在しない」

「う、ぐぐ……」

「それに、シルテア頼りの戦法はオークやオーガ、トロルには通用しない。奴らの膂力は馬鹿にしない方がいい。今のあなたでは返り討ちに遭うどころか、シルテアも危険に晒す。オークやオーガ、トロルは他種族の雌を苗床にして繁殖活動を行う。その意味が理解できないのなら、今すぐ冒険者を引退して、それ以外の生き方を探す方が無難」

「それは知ってる!だけど、俺は冒険者を辞めるわけにはいかないんだ!」

「強情。少し痛い目を見ないと理解できない?」


私はそう言うと、地面に座り込んだままのレウスを片手で引っ張り上げて、強引に立たせた。そして、バックステップで距離をとると、目を細める。そして、周囲の温度が氷点下に下がったかと錯覚するような殺気を放ち始める。

剣呑な雰囲気を感じ取ったシルテアが、慌てて間に入ろうとするが、私はそれを手で制した。


「今から、稽古をつけてあげる。少し無茶をしても、回復役がいるから大丈夫。私は武器を使わないから、あなたは武器を使ってもいい。白金級冒険者と銀級冒険者なら、そのくらいのハンデはあってもべつにおかしくはない」

「望むところだ!俺よりもちびっこいのに、偉そうな口ききやがって!」

「救いようのない馬鹿で変態。まあいい……叩き潰す」


やや前世の前の話し方を表に出しながら言うと、私は次の瞬間レウスの直前まで移動する。剣を抜く前に、私の拳が、鎧に覆われていない腹部に突き刺さった。

そのままの勢いに任せて、レウスの体を上空に打ち上げると、連続で腹部に拳を叩き込んでいく。拳を叩き込むごとに、レウスは蛙の潰れたようなうめき声をあげた。それに構わずに思う存分拳を叩き込むと、最後に回し蹴りを放つ。

私の忍び装束の、スリットが深く切れ込んだ膝上四十セルの裾が翻り、薄桃色のマイクロビキニショーツをのぞかせながら、爪先がレウスの腹に突き刺さると、彼はその場に力なく倒れた。

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