第22話
オークキングを無事討伐した私は、周囲の様子を改めて確認する。
あたりには、私が巻き起こした大量殺戮の嵐によって切り刻まれた、オーク系の魔物の死体が散乱していた。それとともに、私の鼻に漂ってくる、生臭い獣の血の臭い。
私は、それに顔をしかめつつ、死体と装備品を一つ残らずアイテムボックスの中に放り込んでいく。
死体が一つでも残っていれば、瘴気がそこに宿って新たな魔物が産まれてしまうからだ。
しばらく周辺の掃除を兼ねた回収を行っていくと、私の耳に、人の声が聞こえてきた。
若い男性のものと思われる声が一つと、若い女性のものと思われる声が三つ。それを耳にした私は、一つも殺戮の証拠が残っていないことを確認して、その場を急いで後にした。
「なんだこれは……」
開口一番、短い黒髪の、眼鏡をかけた少年がそう口にした。彼の背後には、付き従うように、きらびやかな装飾が施された法衣を身につけた女司祭と、淡い紫色の長衣を身につけて、長い杖を手にした女魔導士、長剣と盾を手にして、白銀の鎧を身につけた女騎士が立っている。
「ダイスケ殿、獣の血の臭いがかすかに残っています。おそらくはここで、何者かとオークの群れが戦っていたのでしょう」
「……ん。ここ、見て」
「アリエッタ、どうしたんだい?」
女騎士と女魔導士の言葉に、ダイスケと呼ばれた、高そうな青銀色の鎧を身につけて、装飾が施された大剣を背負った少年が、女魔導士の指さした場所を見つめる。
そこには、鋭利な刃物で切断されたオークファイターの鎧と臓物が転がっていた。それを目にしたダイスケの目がすっと細められる。
「鉄の鎧をこんなにもきれいに斬ることができるなんて……。ほら、切断面もざらついていない」
「こんなことができるのは、聖王国の中でもおりませんね。世界を探しても、ダイスケ殿以外には、このようなことができるのはごくわずかかと……」
「フレディア、女神の信託ではこの事は言っていなかったんだよね?」
「はい。ルミナ様はただ、この地で、オークキングが率いるオークの軍勢が誕生するということだけしか、おっしゃってはおりませんでした」
「それを、誰かが知っていて先回りしたわけか……」
「詳しいことはわかりません。ですが、この大森林の付近には、自由貿易都市国家プラナスとそこが運営を行っている開拓村がいくつかあります。その場所に行けば、何かがわかるかと。冒険者ギルドの支部もありますし、私達がルミナ様に選ばれたダイスケ様の使徒であることと、ダイスケ様がルミナ様によって召喚された勇者であることを示せば、協力が得られると思います」
「そうだね。じゃあ、その街に行ってみようか」
ダイスケがそう言うと、女騎士と女司祭、女魔導士が同時にうなずいた。
彼らは、その場所の光景を目に焼き付けると、その場を後にしたのだった。
私は、大森林を駆け抜けて、一路森の中にある泉を目指していた。
どうしても距離的に、途中で野営を一回する必要はあるが、まずは体や装備についてしまったオークの群れの返り血を洗い流したかったのである。
目の前にマップを表示しながら、私は大森林の中にある泉を目指していた。ギルドの図書室に置いてあった、冒険者の手引きに書かれていたことをそのまま信じるのならば、この大森林の中には癒しの泉と呼ばれる、清浄な水が湧き出ている泉があるという。そこから流れ出た水が、流れを作り、大森林から流れ出ている小川を作っているのだそうだ。
そして、その場所は安全地帯として機能しているのだという。一説には、精霊によって加護を得ているとも、世界に循環する清浄な魔力が湧き出す場所であるからだともいわれているが、定かではない。
ただ、その場所は大森林中層部を主な狩場とする中堅以上の冒険者や、深部に向かう上級冒険者のベースキャンプとして使われているというその事実はよく知られており、冒険者の手引きにも、無理をしないで癒しの泉周辺や、森林警備隊の駐屯所をベースキャンプにしてから、活動をするようにと記されていた。
(うぅ……体が臭い……。べとべとする……。早く水浴びしたい……)
自分の体から漂ってくる獣の臭いに顔をしかめつつ、私は泉に向かって森の樹の上を疾走していた。
地上性の魔物が多く生息する大森林では、エンカウントを避けるために、この方が移動の効率がよかったのである。私の体から漂ってくるオークの返り血の臭いは、どうも周囲の魔物を呼び寄せる効果があるようで、私のことを探している魔物の数が多いことを、マップの赤い光点は示していた。
それを振り切るようにして、私は木の枝を蹴って大きく跳躍すると、次の木の枝にすっと着地する。
この芸当も、身のこなしが軽く、柔軟性の高い猫型獣人、しかも若い肉体あってできることだった。
しばらくそうやって移動を続けていると、私の目の前に開けた一角があり、こんこんと湧き出ている清浄な水が、きらきらと太陽の光を反射しているのが見えた。
私は、身体のばねを大きく縮めるように体をぎゅっと屈めると、次の瞬間、木の枝を大きく蹴って大空に飛び上がった。樹の高さを大きく超えて空中に飛び上がった私は、そのまま宙返りをしながら開けた一角にすたっと着地する。
(ここが、癒しの泉ね。周囲に清浄な気の流れを感じる……。どうやら、人もいないみたいだし、水浴びをするのにはちょうどいいかも)
私は、マップに表示されている光点を確認しながら、胸中でそう呟いた。この泉の中にも、周囲にも、敵性生物を示している赤い光点は表示されておらず、私の位置を示している緑色の矢印だけが表示されていた。
それを確認した私は、ゆっくりと泉に近づいていく。こんこんと湧き出ている泉の水は透明度が高く、底が透けて見えるほどだった。泉の中には、水草が生い茂っており、色とりどりの花を咲かせているものもある。そんな中を、魚の群れがゆっくりとした動きで気持ちよさそうに泳いでいるのも見えた。
私は、泉のふちにしゃがみ込むと、手でそっとその水をすくって見つめる。
癒しの水
消費アイテム
癒しの効果を高める清浄な水。ポーションの原料となる。
鑑定眼を発動させて出てきた情報に、私はほっと溜息をついた。前世で見た情報だと、酸性度が異様に高かったり、生物に対して害を及ぼす物質が含まれている水には、植物が繁茂しているものがあったが、どうやらこの泉は違うようだ。そう判断すると、私は、身につけていた忍刀と手裏剣を外して地面に置くと、アイテムボックスから体を拭くためのタオルを出してその隣に置き、身につけていた忍び装束を脱ぎ始めた。
誰もいないし、体を見られても恥ずかしくない。私はそう言い聞かせながら、するすると身につけていたものを脱いでいく。その下に身につけていた、純白の下着も脱ぎ捨て、髪をまとめていた元結も外した私は、最後に脚絆と草履を外すと、そのまま泉の中にゆっくりと入っていった。
冷たい水に体を浸したためか、ぶるりと一瞬体を震わせた私だったが、気にせずに手でぱしゃぱしゃと水を体にかけていき、しっかりと臭いを落としていく。
白く艶やかな肌を水が滑り落ちていくたびに、体についた臭いが落ちていく感覚。それに、私は安どのため息を吐いた。いつもと同じように、私は体の隅々まで磨きをかけていった。艶やかな珠のお肌をきれいに保つのも、年頃の娘の義務なのである。
(んっ……。ここも、ちゃんときれいにしないと……)
私は、股間に手をやって、自分の大切なところも隅々までしっかりと洗っていく。男だった時には感じたことのない鮮烈な感覚が、背筋を震わせる。それに思わず声を出してしまいそうになりながらも、私はそこをしっかりと洗い終えた。
その後は、しっかりと髪の一本一本まで水に浸し、付いてしまった臭いを落としていく。それが終わったら、私はゆっくりとしゃがみ込んで、冷たい水の心地よさを感じながら、戦闘で昂ってしまった心を落ち着けていった。
ニンジャマスターたるもの、いつも心は明鏡止水。清らかな水のように穏やかで、水の一滴が落ちる音すら感じ取れるほどに落ち着いていなくてはならない。ここは安全地帯とはいえ、いつ何時私以外の冒険者が訪れるとも限らないし、ここが完全に安全な場所であるか定かではないからだ。
オークキングに率いられたオークの軍勢が私に倒されたことによって、周囲にはもともとこの場所に棲息していた小鳥のさえずりが聞こえてきていた。穏やかな日差しと、のどかな小鳥のさえずり。
それは、この場所が大森林という、ある意味危険地帯の中で、ぽっかりと空白になった平穏な場所であるということを示しているかのようだった。
私は、ふと自分の体を見下ろしてみる。静かな水面に映りこむ、長い濡れ羽色の髪の、無表情な少女の顔。その金色の瞳は、やや大きめで可愛らしい印象を人に与えると同時に、目の端が吊り上がっており、気の強そうな印象も人に与える。唇は小さめできれいな桜色。ともすれば、箱入りのお嬢様らしい雰囲気を持ったその顔は、やや桜色に上気しており、妖しい色香を発していた。
その滑らかな首筋から続く、起伏に乏しい平坦な胸とその頂点の桜色の突起。だが、そこはやや膨らみと丸みを帯びており、将来に期待が持てる大きさでもあった。お腹は年頃の娘らしい印象を受ける。泉の底に着いたお尻は丸く、そこから伸びる足はすらっと長い。女性らしい丸みを帯びているものの、余分な贅肉はついていない、典型的なアスリートタイプのものだった。
じっくりと自分の体を見る余裕もなかった私は、改めて自分の姿を見て、顔を恥ずかしさで真っ赤にした。誰もいないとはいえ、野外で全裸になって沐浴をしている、その事実が羞恥心を掻き立てる。
前世では、年頃の娘の裸をじっくりと見ることもなかった私は、改めて自分が理想の美少女になってしまったことに、変な感情が湧き上がってくる。
私は、その感情を吹き飛ばすかのように、手で水をすくって顔にぱしゃぱしゃとかけた。
その時、私の耳にがさがさという木々が揺れる音と、人の話声が聞こえてきた。
(こんなところに、人?)
私は、ゆっくりと立ち上がると、周囲に目をやる。すると、目の前の茂みががさがさと音を立てて揺れ、一人の少年と、一人の少女が現れた。
そして、彼らの目の前には、産まれたままの姿になって水浴びをしていた、私の姿があった。
彼らと私の視線が交錯し、少年は私の裸体を頭の先から泉につけている足まで舐めるように見つめた。
「いやあああああああああああああああああああああああああ!」
その視線を浴びた私は、全身に表現しようのない悪寒が走る。そして、顔を真っ赤にして後ろを向いた少年めがけて、泉の底にあった拳大の石を思い切り投げつけた。
後頭部にクリーンヒットする石。それを受けて、蛙の潰れたような声を上げて地面に倒れる少年。
それと同時に私は、全身を羞恥で真っ赤にして、泉の中にしゃがみ込む。
初めて男性に裸を見られたことによる、その強い恥ずかしさで頭が沸騰しそうになった私は、泉の中で体を抱きしめた。中身はアラフォーのおっさんではあったが、精神は肉体に引っ張られるとの言葉通り、年頃の少女らしい精神になりかけていた私にとって、この出来事は本当に衝撃的で、自分自身が年頃の少女であるということを再認識させるものだったのである。
なんとか精神を落ち着けた私は泉からあがると、身につけていた忍者服と下着を泉の水に漬けて洗い始めた。しっかりとオークの返り血と臭いを落とした私は、濡れたそれを手近な木の枝に引っ掛けて干すと、体をしっかりと拭いて、アイテムボックスから取り出した予備の下着と、予備の忍者服を取り出して身につけ始めた。
予備の忍者服は、薄紫色を下地として、鮮やかな山吹色の糸で三日月の刺繍が施されている。性能は、普段使用している本気装備よりは一段劣るものの、本気装備が実装される前は最強装備であったものである。これも、最終段階まですべて強化していたため、能力的にはこの森の中の魔物には十分太刀打ちできるものであった。しっかりと身支度を整えた私は、外していた忍刀と手裏剣を装備しなおすと、今日はここをキャンプ地とすることに決めた。
ふと周りに目をやると、気絶したままの少年を介抱している少女の姿があった。水浴びを覗き、何も身につけていない、私の裸を見た少年は、後頭部に大きなたんこぶを作って目をまわしている。彼は、革製の軽鎧を身につけており、鉄製の長剣を腰に履き、厚い革の張られた盾を背中に背負っている。少女は、装飾の少ない純白の法衣をまとい、短めのメイスを腰にさしていた。
少女は、少年のたんこぶに手をかざして二言三言呟くと、純白の光がたんこぶを覆い、たんこぶがどんどんと引っ込んでいく。たんこぶが姿を消すと、少年はうめき声を上げながら、むくりと起き上がった。
私は、それを目の端にとらえながら、先日と同じようにテントを張り、周囲に罠と魔物除けの結界を張り巡らせた私は、アイテムボックスの中から海苔巻きおにぎりとワイルドボアの串焼き、リプルジュースを取り出して、久しぶりのまともな食事をすることにしたのだった。
人気のない泉で水浴びをしていたら覗かれちゃうのはTS小説のロマンですよね!




