第20話
朝食を摂った後、私はその足で冒険者ギルドの図書室に向かった。
今日は、情報収集にあてようと思ったので、服装は白いブラウスとハイウエストのロングスカートという、女の子らしい格好である。
女の子らしくするようにと、いろいろな人から言われた手前、シャツとキュロットスカートという動きやすくラフな格好をするわけにもいかず、私はミリィとヒサメに、半ば強制的に買わされた服を身につけていたのであった。
私は、冒険者ギルドの図書室に着くと、大暴走について書かれた書物を探し始めた。
しばらく本棚を捜し歩くと、この街の歴史書の中にそれはあった。
分厚い革の装丁にタイトルが書かれた、古い歴史書。それを手に取った私は、図書室に備え付けのテーブルに持っていき、ページを開いた。
そこには、この街が作られてからの歴史が事細かに記されている。
この街は、もともと交易路の分岐点に位置した、商隊の休憩所として設けられた宿泊所だった。そこに人が集まり、商売を行うようになった結果、宿泊所が集落になり、人口が増えるにつれてどんどん巨大化していき、そこを根城にして貿易を行う商人たちが集まって寄合を作り、街を統治していくようになったことが、この街の始まりだと言われている。
それ以降、この街は自由貿易都市として発展を遂げることになったのである。
だが、この街の周辺には二か所の危険地帯がある。
東に広がる広大かつ深く、来る者を拒む大森林と、西の急峻な岩山が行く手を阻む山岳地帯である。東の大森林は街道に面した浅い部分では初心者の冒険者のみならず、街や周辺の開拓村の人々も、薬草や山菜をとりに訪れる場所ではあるが、一歩奥に足を踏み入れると、危険な魔物が闊歩する魔境となっている。最深部にはフォレストドラゴンが棲息しているともいわれているが定かではない。
西の山岳地帯は標高三千メルの火山を中心として、荒涼とした岩山が街道を遮るようにしてそびえたっている。主峰である火山には、レッドドラゴンが棲息しているという話がある。それでなくても、岩石のように硬化した鱗を持つロックリザードや、魔力を帯びた宝石の原石を中心として周囲の岩が集まり人型をとったロックゴーレム、知性のない地上性の竜族であるドレイクや、同じく知性を持たない飛翔性の竜族であるワイバーンが棲息し、そこを越えて西の大国であるルティア帝国に向かう商隊が被害を受けることも少なくはない。
このうち、魔物の大暴走の起源となっているのは街の東に広がっている大森林である。
七十年周期で大森林に生息している魔物――特に、人型の魔物であるゴブリンやオークの数が増えすぎることで、それらを率いる強力な個体が産まれ、ゴブリンやオークに追いたてられた他の魔物と、ゴブリンとオークの軍団が、大群で街に押し寄せてくることを大暴走と呼んでいるらしい。
この街を囲っている城壁は、大暴走に対する対策と考えてもいいのだろう。普段は街の治安を守るために働いている警備隊も、この街の中心部にある教会の神官たちも、この街を根城にしている冒険者たちも、有事の際は一丸となって事に当たるのだとのことだった。
歴史書を読み解いていくと、どうやら今年が、前回の大暴走から七十年にあたるらしいということが判明した。私が受けた神様からのお告げも、それを指し示しているのだろう。
(対策……違う、なるべく被害を少なくするためには……大森林のオークとゴブリンの数をとにかく減らさなくてはいけない。その中でも、突然変異個体を見つけ出して、狩る……)
そう決意した私は、宿に戻って一度準備をしてから大森林の調査に出発することにした。
宿に戻って装備を整えた私は、いつも通りに街を出て大森林に向かった。
今日は、街を出発した時間も時間なので、大森林の中での野営も視野に入れている。そのための道具も、アイテムボックスの中にしっかりと準備されていた。野営用のテントと、その周囲を防御するための、罠の材料。そして、いざというときのための術式結界を張るための魔導具。
これらは、すべてホラアクの中で使われていたアイテムである。
ホラアクでは、全部の高難易度ダンジョンの周囲のフィールドは、アクティブモンスターばかりが配置されているため、長い時間狩りを行うためには、こういった消費型の体力・魔力回復アイテムと、アクティブモンスターの襲撃をかわすためのアイテムを合わせて常備しておくことが常だった。
食料もアイテムボックスの中に準備してあるし、これさえあれば、大森林で獲物を狩りつつ長時間の行動ができると、私は目算を立てていた。
ゴブリンキングやゴブリンクィーンといったゴブリンの王種モンスターや、オークキングやオーククィーンといったオークの王種モンスターは、この世界の冒険者にとっては脅威であり、下手をすれば国直属の騎士団が討伐にあたる、といったことも多いらしい。
だが、トーカは最高難易度のダンジョンをギルドメンバーで高速周回をし、なおかつソロプレイで高難易度ダンジョンのボスを討伐できるまでに育て上げた自慢の娘である。
その自慢の娘となった今では、自分がそれを成し遂げることができるという予感が、私の中にはあった。
大森林の中に足を踏み入れた私は、目の前にマップを表示させると、そのまま赤い光点――敵性生物を示している――をしらみつぶしに狩りながら、奥地を目指していく。
数多くのゴブリンと、私の食料となる魔物を屠り、それを回収しながら中層に足を踏み入れた私は、森の様子がおかしいことに気が付いた。以前この場所に来た時に比べて、森の中の生物の数が異様に少ないのである。
以前は聞こえていた、鳥のさえずる声や、野生の動物の動く音が、私の耳には聞こえてこない。その代わりに、耳障りな魔物の声が多く聞こえてくる。
そして、マップのある一点で集まっている多くの赤い光点。
警備隊の大森林駐屯地からは、その場所は距離がかなり離れてはいるが、いつ影響があるとも思えない。まだ、生臭い血の臭いはしないため、そこまでの危険がないと判断した私は、その場所に向かうことにした。
大森林中層のオークのねぐら。そこで、忌まわしき生命が、今産みだされようとしていた。
数多くのオークが集まり、見守る中で一匹の雌オークが荒い息を吐きながら横たわっている。そして、オークの呼吸のペースがだんだんと早くなっていき、それが限界に達した次の瞬間、雌オークの身体が血煙を周囲にまき散らせながら四散した。
そして、そこに立つ大きな影。めったに生まれない、純粋なオークの雌の肉体に宿り、その肉体を犠牲にして誕生した、忌まわしい悪徳の象徴。
通常のオークよりも巨大な、赤黒く変色した肉体を持つオークの王。オークを率いる暴食の魔物、オークキング。
自分たちを率いる王の出現に、周囲のオークたちも耳障りな声を上げて歓喜の渦に飲み込まれていく。オークキングは、甲高く、聞く者に恐怖を植え付けるような声を上げて、部下であり、食料でもあるオークたちに強化魔法をかけると同時に指示を飛ばす。
ここに、大暴走のきっかけとなる一つの因子、オークの軍勢が誕生した。
大暴走の発生まで、あと少し。
日が暮れて、大森林に夜が訪れた。
私は、赤い光点が集まる場所まで、ちょうど四分の一の距離を日暮れまでに走破している。このペースでいけば、多く見積もっても明後日の朝にはそこまで到達できるだろう。
そう判断した私は、野営用のテントをアイテムボックスの中から出し、手慣れた手つきで設置していく。それが設置し終わったら、今度は周囲に罠を一つずつ仕掛けていった。
三十分ほどで罠を仕掛け終わった私は、最後に術式結界を張るための魔導具を作動させた。
キンッと金属音が一瞬響くと、周囲の雰囲気が変わる。テントの周囲に清浄な空気が満ち、心穏やかになるような心地よい雰囲気に、私の張りつめていた意識も、徐々に落ち着きを取り戻していった。
私はテントの中に入ると、腰に挿していた忍刀と手裏剣を外し、履いていた忍足袋と忍脚絆も外して一息つく。
やがて、落ち着いた私は、食事を摂って今日は早く休むことにした。明日は、日の出とともに活動を開始しなくてはいけない。そう結論付けた私は、アイテムボックスの中から兵糧丸と飢渇丸、水渇丸をそれぞれ数粒取り出して口に含んだ。
ホラアクの中では、これらはニンジャとニンジャマスターのみが作成できる優秀なバフアイテムであるが、この世界でも、優秀な保存食であることには変わりがない。栄養バランスのとれた、しっかりとカロリーが摂取できる兵糧丸と、滋養強壮効果に優れスタミナを回復させる飢渇丸、体内の塩分バランスを補正し、水分を摂ることのできる水渇丸。
それらを口の中でよく噛み砕き、ごくりと飲み込んだ私は、その場にごろりと横になる。
ゆっくりと目を閉じると、私はそのまま眠りに誘われていった。
次の日。
夜明けとともに起きた私は、昨日の夜と同じく兵糧丸を数粒口にして、水筒の中の水でそれを流し込んだ。水筒をアイテムボックスの中にしまった私は、準備を整えてテントの外に出る。
早朝の大森林にはうっすらと靄がかかり、周囲に白いガスが漂っていた。そんな環境の中でも、私の目と耳は周囲の様子を克明に捉えている。
外に出た私は、マップを表示させて、多数の敵性反応の居場所を探る。その集団の位置は、昨日の夜に確認した位置から、南東方向に大幅に移動していた。私は、今いる場所からの大まかな距離を確認して、テントと罠、道具を片付け始めた。
しばらくして、それらを全部アイテムボックスの中に入れた私は、再び大森林の中を進み始めた。
大森林の中を、暴食の軍団がすべてをなぎ倒し、喰らい尽くしながら進んでいく。
その一番奥には、オークよりも二回り大きい体躯を持つ、暴食の王――オークキングがおり、悠然と進んでいる。その手には、全長三メルもあろうかと思われる、武骨で巨大な金属の塊が先についた、棍棒が握られていた。
道中で狩り採った獲物を咀嚼しながら、オークキングは身の毛もよだつ咆哮を上げる。その咆哮を聴いた、オークとオークファイター、オークメイジ、オークジェネラルの放つ威圧感が増し、目が真紅に輝きだした。
オークキングの持つ、特殊スキルでその能力を普段の数十倍に引き上げられたオークたちが、それに呼応するかのように、野太い咆哮を上げる。
オークの軍勢が目指すのは、大森林の外……人の作りし街、プラナス。
蹂躙しつくし、犯し尽し、喰らい尽くすためにオークの軍勢は大森林の外を目指していた。




