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第19話

「大きい……」


私は、目の前にある荘厳な雰囲気の、大きな建物を見上げてそう漏らした。

その建物には、各所に装飾が施されており、至る所に神々の姿をかたどった石像が取り付けてある。

一番高い屋根の上には、街に時間を知らせるための大きな鐘が取り付けてあった。


「私も、来るのはこれで二回目だけど、いつ来ても大きいわね」

「そうだな。この前に来たのはミリィが六歳になった時だったから、もうあれから七年もたつのか。月日が経つのは早いものだな……」


私は、ベッカーさんに連れられて、ミリィと一緒にこの街のルネティ聖教の教会にやってきていた。

今日の私の格好は、先日半ば強制的に買わされた、白のフリルがついた長袖ブラウスと紺色のハイウエストロングスカート、白のニーソックス、革のショートブーツというものである。首には紺色のリボンタイをしており、髪は大きな三つ編みを一つ作って、その端をピンク色のリボンで結び、右肩にかけるようにして体の前に垂らしていた。

ミリィも、昨日お洒落をすると話していた通り、白の長袖ブラウスと、薄いクリーム色の生地に赤のタータンチェックのロングスカート、革のブーツといった格好であった。ややウェーブのかかった明るい栗色の髪は丁寧に梳かしてあり、動くたびにさらさらとそよ風に舞っていた。


「さて、中に入ろうか。お金は、きちんと持っているね」

「ん」

「大丈夫よ、お父さん!」


私達が声を揃えて言うと、ベッカーさんは優しく笑って、私達を先導するかのように教会の中に案内した。


教会の中に入ると、中も外と同じく職人の技が光る、さまざまな装飾が施されていた。柔らかい日の光が透明なガラスやステンドグラスを通して中に届いていた。

私は、その荘厳かつ神々しく正常な雰囲気にほうっとため息を漏らした。

前世では、神社仏閣巡りと御朱印集めを趣味としていた私であったが、教会を訪れる機会は全くなかったのである。

教会の中を歩いていくと、祭壇の前に一人の老年の装飾を施されたやや豪華な司祭服を着た男性と、同じく装飾が施された、白を基調とした司祭服を着た二人の女性が立っているのが見えた。

その司祭たちのところまでベッカーさんと私たち二人が行くと、ベッカーさんが老司祭に声をかけた。


「おはようございます、司祭様」

「ああ、これは小鳥の宿木の……おはようございます。今日は如何様ですか?」

「私の娘と、その友人のステータスプレートを発行してもらいに来ました」

「そうですか。もう、そんなになるのですね……。女神様の祝福を頂いたのが、つい先日のように思い出されますよ。あの頃は、もっと小さくて、お父上の後ろに隠れていたのを覚えています」


そう言うと、老司祭はミリィの事を穏やかな表情で見つめた。


「それでは、お二人ともこちらへ来ていただけますか?」

「さあ、二人ともここからは司祭様についていきなさい。俺はここで待っているからね」


ベッカーさんがそう言うと、老司祭は私達を先導するかのように歩き始めた。

教会の奥に通された私達は、荘厳な装飾を施された大きな扉の前で立ち止まった。


「ここが、成人の儀式を行う祭壇の間になります。お一人ずつ、お入りください。入りましたら、心を落ち着けて、祭壇の間にあります女神様の像の前で祈るのです。そうすれば、ステータスプレートが授けられることでしょう。その後は、再びこちらにお戻りください。ステータスプレートの説明をいたします」


穏やかな表情で、老司祭は私達にそう言った。私達は顔を見合わせると、ほぼ同時に頷いた。


「じゃあ、どっちが先に行く?」

「私でもいい?興味がある」

「そう、じゃあ私はその後ね。がんばってね、トーカ」

「がんばるも、何もないと思う……」


ミリィの声援を聞きながら、私は苦笑しながら大きな扉を開けて部屋の中に入った。


扉の奥の部屋の中は、一面白で構成されていた。天井にある大きな天窓から差し込む日の光が、その部屋の中を明るく照らしていた。清浄な気と神々しく荘厳な雰囲気。まさしく、それはこの場所が神域であることを示していた。

私の目の前に、一体の女神像が安置されている。私はその場所まで歩いていくと、ロングスカートを丁寧に折りながら、女神像の前に跪いた。

目を静かに閉じて、手を体の前に組み心を無にする。

すると、私の事を明るく清らかな光が照らしたかと思うと、いきなり私の心の中に女神様の声が聞こえてきた。


『お久しぶりです、トーカさん。お元気で何よりです』

『神様!なぜ?』

『ここでお祈りすれば、直接私に届くように、この世界の神にお願いしたのですよ。一応、私が担当した人ですし、ある程度手助けもしたいと思っていたんです』

私は、心の中に聞こえてきた女神様の声とそう会話をした。


すると、急に神様の声が真剣な声色に変わった。


『トーカさん、あなたに警告を一ついたします』

『警告?』

『はい。この世界の神の未来視で、今日から数えて三月後に、あなたのいる街が大きな災厄に見舞われることが見えました。それに対抗できるのは、あなたしかいません。それほど、大きな影があなたのいる街を覆い尽くすのが見えたのです』

『わかった。私の方でも、十分気をつける』

『ん。それと、ルミナって知っている?』

『ルミナ、ですか。それでしたら、この世界の光の神だそうですね。それがどういたしましたか?』

『私がいるこの街の隣にある国が、その神を祀っている宗教を利用して、人間至上主義とかいう馬鹿げた考えでこの周りに何かしようとしている。私も、昨日その国の冒険者ギルドマスターから気をつけるように言われた』

『それは……、そんなことがありましたか。わかりました、神託を巫女に授けるよう、この世界の神に伝えておきましょう。それが、力になるとよいのですが』

『そうしてくれるとありがたい』

『それでは、ステータスプレートを授けますね。あなたに、世界の祝福がありますように……』


神様の声とともに、私の首に、淡く虹色に輝くチェーンのついた、光を反射して虹色に色を変える透明な名刺サイズのカードが現れた。

それを何となく理解した私は、神様に心の中で抗議の声を上げた。


『やりすぎ』

『あら?トーカさんは、私と自由にお話ができますので、プレートを神水晶にして、チェーンを神真鋼製にしました』

『……もう少し、加減を知るべき』

『まあ、いいではありませんか。私が直接干渉できるのは、貴女にこうやって手助けをするくらいしかないのですから』


そう笑いながら言う神様。その表情を想像して、私は深く深くため息をついた。


『少し、長くお話をしすぎましたね。それでは、また何かありましたら教会まで来てくださいね。今度は、普通の祭壇の前でお祈りして頂ければ、私に直接届きますので』

『わかった』

『またの機会をお待ちしておりますね。それでは、さようなら、トーカさん』

『ん。ばいばい、神様』


私がそう心の中で言うと、神様の声は聞こえなくなった。それと同時に、私を照らしていた光が薄れていった。

私は、目をゆっくりと開けてスカートの裾を整えながら立ち上がる。

そして、女神像に向かって、スカートの裾を摘まんで膝を曲げて一礼すると、その場を後にした。


扉を開けて、部屋から出ると老司祭とミリィが私の事を待っていた。


「おかえり、トーカ!少し長かったわね」

「ん。いろいろあった」

「それじゃあ、次は私ね!行ってくるわ」

「ん。がんばれ、ミリィ」


私がそう言うと、ミリィは笑顔で部屋の中に入っていった。

部屋の扉が音を立てて閉まると、老司祭が私に話しかけてきた。


「どうやら、ステータスプレートは無事お授かりになられたようですね」

「ん。これ」


そう言って、私は首に下がっているステータスプレートを老司祭に見せた。

すると、それを見た老司祭の顔が驚愕に彩られる。目を見開き、体をがくがくと痙攣させて、私のステータスプレートを手に取った。

震える手で、私のステータスプレートを見ると、私の顔をじっと見つめる。


「あ……貴女様は……。聖女様……、聖女様なのですね……」

「聖女様?」


聞きなれない言葉に、私が首をかしげると、老司祭は私をその場に残して部屋から駆け出して行った。

私が不思議そうに、首にかかっているステータスプレートを見ると、そこには次のように書かれていた。


トーカ・モチヅキ

女 十三歳 

誕生日 神聖歴一五〇七年三の月三日

レベル 九九

職業 ニンジャマスター

素質 ニンジャマスター 鍛冶師 裁縫師 工芸師 料理人 錬金術師 巫女姫(聖女)

加護 神の加護 戦神の加護 鍛冶神の加護 裁縫神の加護 工芸神の加護

   料理神の加護 薬神の加護


「……なにこれ」


私は、ステータスプレートに表示されている文字を見て、呆れたような表情になった。

氏名と生年月日、性別に年齢や職業、これはまあ普通の内容。

レベル、これは私がホラアクの中で使っていたキャラクターが元になっているのでこれも仕方がない。

素質、これは何?ニンジャマスターや生産系のものはいいとして、巫女姫(聖女)とか普通は秘密にしておいてほしかった内容なんだけど。

加護は、これは解り切っていた内容だったのであまりショックは大きくはなかった。

おそらく、老司祭が駆けだしていったのは、巫女姫(聖女)という部分にショックを受けたためだろう。

私は、深いため息をついた。巫女姫で聖女と言えば、教会にとっては得難い宝であろう。私は、この場所をどう切り抜けるか思案を巡らせた。

しばらくして、老司祭は二人の司祭服を着た女性と、装飾のついた長い杖を持ち、老司祭よりも豪華で荘厳な装飾がされた司祭服を着た、二十代後半の穏やかな雰囲気をまとった一人の女性を連れて戻ってきた。


「あなた様が、降臨なされたという聖女様ですね」

「聖女?私は、聖女なんかじゃない」


私がそう言って否定すると、その女性はかぶりを振って口を開いた。

それとともに、彼女の大きく豊かなふくらみがふるんと揺れる。それを見た私は、少し腹が立った。


「そのステータスプレートと、そこに記された内容が何よりの証拠です。ステータスプレートは、神様からの授かり物……、いわば、貴女様が、この世に生を受けてから今までの行いを、神様が見てきた何よりの証なのです」

「……」

「ああ、自己紹介がまだでしたね。私は、このルネティ聖教プラナス支部を預かっております、最高司祭のシスティ・アーデルハイドと申します。貴女様は?」

「私はトーカ。それ以上でも、それ以下でもない」


自分自身は自分自身でしかないという意味を込めて私が言うと、システィと名乗った女司祭はたおやかな笑みを浮かべて口を開いた。


「そうですか。それが、あなた様の……聖女様のご意思なのですね」

「あなたが何を企んでいるのかは知らないけれど、私をどうにかしようというのなら、あなた達を排除する。叩き潰される覚悟はできた?」


そう言って、私は殺気を駄々漏れにして、目の前の女司祭達を睨みつける。

その殺気にあてられた、老司祭と二人の女司祭の体ががくがくと痙攣する。何とか、気をしっかり持って、その場に立とうとしているその意思の強さに、私は心の中で舌を巻いた。

システィさんは、涼しい顔をして、私の放っている殺気を受け流している。


「そのようなことは致しませんわ。ただ、あなた様のお話を伺いたいだけなのです。こちらで、お話を伺わせていただけませんか?」

「話だけなら聞いてあげる。でも……」

「なにかお気に障ることがございましたら、いつでもどうぞ。貴女様の手にかかるのも、神のご意思であるというのならば、私はそれに殉じましょう。それも神に仕える者としての務めですから」


そう言うと、彼女は私の手を恭しくとった。そして、背後で震えているままの、老司祭のことを見つめて思い出したように話し始めた。


「そういえば、もうお一人成人の儀式をなさっているのでしたね」

「は、はい。小鳥の宿木のベッカーさんの娘さんです」

「そうですか。彼女も終わりましたら、私の部屋にご案内してください。ともに、ステータスプレートの説明をいたします」

「はい。わかりました、最高司祭様」

「それでは、よろしく頼みましたよ。さあ、こちらです」


そう言うと、システィさんは私の手をとったまま、私の事を別室に案内した。


教会の中の、システィの執務室と言われた大きな部屋に案内された私は、部屋に置いてあるテーブルの前に置いてあるシンプルな椅子に座っていた。

私の正面には、システィさんが穏やかな、母性を感じさせる微笑みを浮かべながら座っている。


「さて、聖女様」

「だから、私は聖女ではない」

「そのステータスプレートが何よりの証拠です。歴代の巫女様も、虹色に輝くチェーンのついたステータスプレートを持っておりました。ステータスプレートそのものが、透明な宝玉製というのは、今までに例のないことですが、それからは神のお力を確かに感じます。おそらくは、神様が直接御創りになられた物なのでしょう。英雄と名高い方々でも、オリハルコン製のステータスプレートであったと伝わっておりますし、巫女様でも、そのようなステータスプレートをお授けになられた方はおりませんから。それに、ステータスプレートに書かれている内容は、神様が今までの行いや魂の素質を見られたが故の事です。その内容も、嘘は吐いておりませんわ」

「……」


システィが指摘したその言葉に、私が黙ると、彼女は穏やかな表情を絶やさずに口を開いた。


「それでは、お話をお聞かせていただけますね?」

「私が神様から聞いたのは、三か月後にこの街が大きな災厄に見舞われるということ」

「大きな災厄……。おそらく、それはプラナス大森林を起源とする魔物の大発生の事ですね。最近、プラナス大森林とその周辺で、魔物の数が多くなっているという話を聞いたことがあります。回復魔法を受けに、私どもの教会を訪れる方も多くなってきておりますので、それと関係していたのですね」


そう言うと、システィは目を閉じるとしばらく考え込んでいた。そして、目を開けて私の事を見つめながら、確信したような表情で話し始めた。


「やはり、貴女様は聖女様です。ここまではっきりとした内容で、神託を授けられるのは聖女様しかおりません。巫女様ですら、ぼんやりとした内容で神託を授けられるのがほとんどですからね」

「……」

「できれば、貴女様には今すぐにでも聖女様として、我がルネティ聖教の象徴としてお力になっていただきたいのですが、神託が下った以上、そうも言ってはおられませんね」


そう言うと、システィはふぅとため息をついた。


「本日下された神託はプラナスの危機に直結いたしますので、私の方から冒険者ギルドと商業ギルド、薬師ギルドと警備隊の方には神託が下ったという内容で連絡を入れておきます。それと、この街に聖女様が降臨されたという話も、それらの各所に加えて、ルネティ聖教の総本部のある、宗教都市国家ルネティスにも報告させていただきます。これは、我がルネティ聖教の事に関わりますので、ご承知おきください」

「それは」

「貴女様ご自身のことは伝えませんから、ご安心ください。ただ、疑う輩も必ず出てきますでしょうし、最近隣国に総本部のあるルミナ教が、プラナスやメルキュール王国といった、ルネティ聖教を主に信仰している国々や、土着信仰や精霊信仰の強い南の小国家群に対して、ルミナ教を国教とするよう強く圧力をかけてきているのです。それらに対抗するためには、聖女降臨の事実を大々的に発表する必要があります。その時は、ご協力を頂きたいのですが、よろしいですか?」


深々と頭を下げて、私に言うシスティさん。

そんな彼女を見て、私は深くため息をついて口を開いた。


「そういうことなら仕方ない。けど、それ以上の事はしないから。あなた達がそれ以上を望むなら、私にも考えがある」

「それは、過分に承知しております。私どもとしましては、ご協力いただけるだけでありがたいのですから、それ以上の事は申しません。もし、聖女様が危惧なさっていることが起こるようなことがありましたら、きっとその時には、それを企んだ者たちすべてに、神罰が下ることでしょう。そのような事実だけでも、聖女と呼ばれている存在が、我々にとってどんなに尊いものなのかご理解頂けたかと思います」

「わかった」

「では、まずはステータスプレートの偽装からしてしまいましょう。それだと目立ちますので、ステータスプレートを手に持っていただいて、銀色の鎖と青銀色の金属の板を想像してください」

「ん」


私が言われたとおりにすると、首にかかっている虹色の鎖の色が銀色に、透明な宝玉製のステータスプレートが青銀色の金属の板に変わった。

それを見た、システィさんは満足そうな笑顔を浮かべる。


「この状態は、いつでも解除できます。解除したいときは、心の中で解除、と念じていただければ大丈夫です。偽装するときは、心の中で偽装、と念じていただければこの状態に変わります」

「ん」

「それでは、次はステータスプレートの内容の方を偽装してしまいましょう。ステータスプレートは、基本的に氏名と性別、年齢と職業を表示させておけば大丈夫です。これで身分証明書としての役割は果たせますから。まあ、一応素質の表示させておいても構わない部分以外は偽装しておきましょう。隠したかったり、変更したい場所を指でなぞりながら、その内容を思い浮かべていただければ結構です。元に戻したいときは、同じように指でなぞりながら、解除と心の中で念じていただければ大丈夫ですよ」


私は、言われたとおりにステータスプレートに指を走らせる。

まずは、レベル。さすがに九九ではあれなので、八三にしておく。次に、素質の欄の、神の巫女姫(聖女)、祝福の欄に書いてある神の祝福、加護の欄に書いてある神の加護を消した。

偽装した後のステータスプレートは、次のようになった。


トーカ・モチヅキ

女 十三歳 

誕生日 神聖歴一五〇七年三の月三日

レベル 八三

職業 ニンジャマスター

素質 ニンジャマスター 鍛冶師 裁縫師 工芸師 料理人 錬金術師 

祝福 神の祝福 戦神の祝福


これで、白金級冒険者としてはまあおかしくはないだろう。私は満足そうに頷いた。

部屋の扉がノックされたのは、その時であった。


「最高司祭様、ベッカーさんの娘さんをお連れいたしました」

「そうですか。では、中にお連れしてください」

「わかりました」


システィさんがそう声をかけると、扉が開いて中にミリィが入ってきた。

ミリィは、いつもの元気がなく、少し緊張しているような印象を受けた。

「ミリィ」

「トーカ!あなたはここにいたの?」

「ん」

「今日、成人の儀式を行うのがお二人の少女だけと聞きまして、私が無理を言ってこの役目を譲っていただいたのですよ。私も、このお役目を拝命してからは、ステータスプレートの説明をするのは本当に久しぶりの事ですから」


私に抱きつくミリィを見て、優しい母性にあふれた笑みを浮かべるシスティさん。


「最高司祭様!私、はしたないことをして……」

「うふふ、いいのですよ。それにしても、あなたは本当にマリィそっくりですね。髪と目の色はベッカー似なのかしら?」

「最高司祭様、お父さんとお母さんの事をご存知なんですか?」

「ええ。あの二人とは、若い頃一緒にパーティーを組んでいたのよ。ベッカーとマリィは本当に仲が良くてね、いつも気の強いマリィが、ベッカーの前では年頃の乙女になるの。私と旦那様は、よくそれをからかったものだわ。ベッカーとマリィが結婚するっていうので、パーティーは解散になってしまって、私はそれからすぐに高司祭から最高司祭に昇進して、この教会を預かることになったのよ」


システィさんは、そう懐かしそうな表情で話した。


「そうなんですか。知らなかったです」

「まあ、私の立場も立場ですし、あまり口外しない方がいいと思ったのでしょうね。たまに、マリィが会いに来てくれるけどね」

「お母さんが暇になると、たまにいなくなる時があったからなぜかな、と思っていたけど、そういう理由があったんだ」

「うふふ。いつもあなたの事は聞いているわ。マリィはいいお母さんをしているのね。いつも話題にするのは、私とマリィの、お互いの子供の事ですもの。そうそう、最近は新しいお友達ができて、嬉しそうにしていたって言っていたわ」

「うう……。お母さん何話してるんだろ……。恥ずかしいよ」


顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにミリィが言うと、システィさんは優しい笑顔を浮かべて、口を開いた。


「さあ、ミリィちゃん。こちらにお座りなさいな。お友達と一緒に、ステータスプレートの説明をしますからね」

「うう、トーカの事も話したんだ……。お母さん、恥ずかしすぎるよぉ……」


顔を真っ赤にしてそう言いながら、私の隣にミリィが座った。


「さあ、ではステータスプレートの説明をしますからね。まず、これはあなた方が産まれてから今までの行いや経験の積み重ね、魂と肉体に刻まれた素質、女神様が御知りになられているすべての事が書いてあります。氏名と年齢、性別、生年月日はその通りですね」

「ん。神聖歴一五〇七年三の月三日生まれの十三歳であってる」

「私も、神聖歴一五〇七年二の月七日生まれの十三歳であっています」


私達がそう言うと、システィさんは満足そうに頷いた。


「次は、レベルですね。ここは、それまでどのような経験をしてきたかの目安になっています。職業によって、ここを上げる手段は異なりますが、冒険者の方でしたら魔物を狩ったり、依頼を成功させていくと上がりますね。それ以外にも、生産を生業とする人でしたらどれだけ生産を行ったかで上がっていきます」

「私は八三」

「私は五だわ。たぶん、トーカの数値が高いのは、今までにトーカがいろいろしてきたからなのね」

「たぶん、そうだと思う」


私達がそう話していると、システィさんは私達の事を見回して、後を続けた。


「では、次は職業ですね。ここには、今自分が就いている職業が書いてあります。私でしたら、プリースト(ルネティ聖教最高司祭)となりますね」

「私はニンジャマスター」

「私は、ええぇ……宿屋の娘だって」

「おそらく、トーカさんは冒険者なのではありませんか?冒険者の方々は、引退して別の職業に就いても、それぞれがかつて就いていた職業が必ず表示されています。今のマリィだと、宿屋の女将(元ウォーリアー)となっているはずです。ミリィちゃんも、きちんとした職業につけば、それが表示されると思いますよ」

「そうなんだ」

「はい。では、次は素質ですね。ここには、その方がどのような職業に向いているのかが書いてあります。これは、その方の魂と肉体に刻まれた生来の素質と、今までの経験の積み重ねで築き上げられた後天的な素質の二種類になります」

「私はニンジャマスターと鍛冶師、裁縫師、工芸師、料理人、錬金術師」

「私は、ナイトとハンター、裁縫師、料理人だわ。やったぁっ!私にも冒険者の素質がある!」


そう言うと、ミリィはぎゅっと私の事を抱きしめて頬ずりをした。


「むぎゅ」

「これで、これで私も!」

「ここには、その方がその職業を極めたら就くことができる上位職が書いてあります。もちろん、これに従って職業を選ぶのも、ご自分の夢をかなえるために別の職業を選ぶのもその方次第です。努力次第で、未来は如何様にも変えることができるのですから。特に、ミリィちゃんはベッカーとマリィとよく話してから決めなさいね。あの二人の、たった一人の娘なのですから。もし、職業に就きたいと思いましたら、またおいでなさい。その時に、転職の儀式を行いますね」

「はい、わかりました。最高司祭様」


そう言って、私を抱きしめながら嬉しそうに言うミリィ。私は、彼女にぎゅっと抱きしめられながらその話を聞いていた。


「次は、祝福と加護ですね。こちらは神様から授けられた祝福と加護が書いてあります。祝福よりも加護の方が強く影響を与えます。主に、その方の素質の強化や身体能力の強化、技能習得速度の上昇といった効果がありますね。ものによっては、特殊な技能が発現することもあると聞きます」

「私は神の祝福と戦神の祝福」

「私は、狩神の加護、戦神の加護だわ」

「ミリィちゃん、すごいですね!神様から二つも加護を頂いているなんて。それだけ、神様に愛されているのですね。普通は祝福と加護が一つもいただけないことがほとんどなんですよ」

「ということは、私も神様から愛されているってこと?」

「そうなりますね。トーカさんは……いえ、本当に信心深かったのでしょうね」

「里では事あるごとに祭りがあった。それはすべて、神事につながっていたから」


何かを言いかけたシスティさんを睨むと、彼女は言葉を言いなおした。それに合わせるように、私は後を続けた。


「そっか。トーカの故郷って山奥の里だもんね」

「ん。私の名前も、ちょうど春の花祭りの時に産まれたからこうつけたって、母様が言っていた。春の花祭りは厄を払い、女の子の健やかな成長と幸せを祈願するお祭り。ほぼ毎月、神様にお供えをして、お祭りをしていた記憶がある」

「なるほど、そうでしたか。それならば納得ですね」


そう言うと、システィさんは改めて姿勢を治し、私達を真剣な表情で見た。


「さて、ステータスプレートの説明はこのくらいです。あとは、実際に使うために書いてあるところを隠します。身分証明書として使われていますので、普段は氏名と年齢、性別、生年月日、職業以外は消しておくのが普通です。特に、素質や加護、祝福を知られてしまうと、よからぬ輩に悪用される可能性が非常に高いですからね。特に、お二人は女の子ですから、その危険性は非常に高くなります。基本的に、肉体に刻まれた素質は子供に引き継がれる場合が多いですから」


システィさんがそういうと、私達は同時に顔を青くした。

肉体に刻まれた素質が子供に引き継がれる、それが意味していることは一つしかないからである。


「というわけで、消してしまいましょう。消してしまえば、自分で解除しない限りは第三者に見ることはできませんからね」

「ん」

「はい」

「それでは、素質と祝福、加護に指を這わせて、心の中で文字が消えるように念じてください。そうすると消えますので。もし表示させたい場合は、指を這わせて解除と念じれば文字が現れます」

そうシスティさんが言うと、私達はほぼ同時に素質と祝福に指を這わせた。

「どうですか?うまくできましたか?」

「ん」

「はい!最高司祭様、この内容はお父さんとお母さんに話しても大丈夫ですか?」

「それなら、大丈夫ですよ。基本的に、両親には話しても大丈夫な内容ですからね」

「はい、わかりました!」

「それでは、これでステータスプレートの説明は終わりになります。こちらに、ステータスプレート授与の千フラウをお願いしますね」


そう言って、柔らかな布が張られたトレイを差し出すシスティさん。私達は、そこに銀貨一枚を載せた。


「はい。これで成人の儀式は無事終わりになります。礼拝堂でベッカーが待っているのでしょう?私も一緒に行きますからね。うふふっ、彼に久しぶりに会えると思うと心がわくわくするわ」


そう言って、部屋を出るシスティさん。私達は彼女を追いかけるように部屋を出た。


礼拝堂に続く廊下を歩く私達。

ミリィが、不思議そうな表情で、システィさんに声をかけた。


「最高司祭様、お父さんに会えるのがうれしいって……」

「昔ね、私もベッカーの事が好きだったのよ?マリィと取り合いになってしまったんだけど、二人でよく話して同時に告白したの。ベッカーが選んだ方が、彼と付き合う、どうなっても恨みっこなしってことで。まあ、結果は惨敗だったけど、私はそれでよかったとも思っているの。そのおかげで、今の旦那様と出会えたしね」

「そうなんですか……。もし、最高司祭様をお父さんが選んでいたら、私のお母さんが最高司祭様だったのかもしれないんですね……」

「うふふ、そうなるわね。でも、私はあなたの事を娘のように思っているのよ。私にも娘と息子がいるけど、マリィも、私の子供を実の子供のように可愛がってくれているから」

「ありがとうございます、最高司祭様」

「お礼なんていいのよ?だって、親友の娘ですもの。そう思うのは、当然のことだわ」


そう言って、母性溢れる優しい笑顔でミリィを見つめるシスティさん。その笑顔は、まさしく母親が子供を見る時にするものであった。


しばらく廊下を歩いて礼拝堂に就くと、そこでは長椅子に座ってベッカーさんが私達の事を待っていた。


「おお、ミリィとトーカちゃん、ようやく終わったのか」

「お父さん、お待たせ!ちょっと時間がかかっちゃった」

「ただいま、ベッカーさん」


私達が駆け寄ると、ベッカーさんは優しい笑みをこぼした。


「ベッカー、久しぶりね」

「君は……システィ?」

「うふふ、そうよ。あなたは変わらないのね。あの頃とちっとも変っていない」

「君は……綺麗になった。あの頃より、ずっと」

「そう言ってくれると嬉しいわ。今だったら、私はあなたの一番になれるのかしら?」


そう言うと、いたずらっぽい表情をしてシスティさんはベッカーさんに近寄ってきた。

そうして、次の瞬間ベッカーさんの頬に軽く口づけをしたのであった。

それを見た私達は、顔を真っ赤にして口元を手で覆う。

ベッカーさんも、急なことに頭が追い付いていない様子であった。


「ぼ、僕の、一番はマリィだよ。昔も、今も……」


顔を真っ赤にして、ようやくそう言ったベッカーさんから離れると、システィさんは悪戯っぽい表情で言った。


「あら、残念。もしかしたら、と思ったんだけど」

「それに、君にはマーカスがいるじゃないか」

「それもそうね。でも、昔憧れていた……好きだった人に、久しぶりに会えたんですもの。これくらいは許してほしいわ」


そう言ったシスティさんの表情は、恋する乙女そのものであった。

その表情に、顔を真っ赤にしてそらすと、ベッカーさんは私達に声をかけた。


「ミリィ、トーカちゃん、行くぞ!」

「あら?ベッカー、もう行っちゃうの?もう少しお話をしたかったんだけど……」

「ぼ、僕は!」


そう言うと、ベッカーさんはあわあわしながら礼拝堂を走って後にした。


「お父さん!?」

「ベッカーさん」

「あら。恥ずかしがり屋なところも昔のままなのね。これは、マリィの勝ちみたいね。ミリィちゃん、喜んでいいわよ。きっとそのうちにあなたの弟か妹が生まれるはずだわ」

「最高司祭様、それは」

「うふふっ、女の勘よ。さあ、あなた達もベッカーの事を追いかけてあげなさい。きっと、自己嫌悪に陥っているはずだから」

「はい!最高司祭様、さようなら!」

「ん。また」


ミリィはそう言うと、私の手を引いて礼拝堂を後にした。


私達は、街を走ってベッカーさんの事を追いかける。ベッカーさんの足は、元白金級冒険者ということもあり、非常に速かった。


「な、何よ!お父さんすごく足が速いじゃない!どこが、もう引退して何年もたつから、よ!現役時代そのままの足の速さなんじゃないの!?」

「ん。意外と速くてびっくりしてる」

「はぁ……はぁ……。ロングスカートを着た娘に、走って追いかけさせて!絶対に許さない……んだからぁっ!」

「ん。許されざるよ」


スカートの両端を摘まんで、街を走る私達。息を切らせながら走るミリィと対照的に、私は表情を変えずに走っていた。

私達が教会から街の通りを抜けて、広場につくと、広場の長椅子にうなだれながら座っているベッカーさんを発見した。

私達は、ゆっくりと息を整えつつ歩きながら、ベッカーさんに近づいていく。


「お父さん!やっと追いついたわよ!」

「ベッカーさん、ひどい」


私達がベッカーさんの前に仁王立ちになって、腰に両手を当てて言うと、ベッカーさんは顔を上げて私達を見た。


「何で逃げ出すの!?私たち追いかけるのに必死だったんだから!せっかく、成人の儀式の結果を教えようと思ったのに!」

「ベッカーさんひどい」


眉を吊り上げて不機嫌そうにミリィが言うと、私もそのあとをついて半眼で睨みながら言った。


「その、ごめん」

「ごめんじゃすまない!ねえ、トーカ、これは何かしてほしいわよね。成人の儀式を受けにお洒落した、こんなに可愛い娘とその友達を走らせたんだから」

「ん。許されざるよ」

「ごめん、ごめんってば。何か後でするから、今は待ってくれないか?」

「じゃあ、貸し一ね。それで許してあげる」

「ん」


私達がそう言うと、ベッカーさんは大きなため息をついて頷いた。


「じゃあ、あのことはお母さんに黙っておいてあげる」

「昔の女と接吻したことは黙ってる」


私達が追い打ちをかけると、ベッカーさんはがくっと首を下に落とした。


「あはは。じゃあ、戻りましょうか」

「ん。お腹空いた」


そう言うと、私達は燃え尽きたベッカーさんを置いて小鳥の宿木に向かって歩いていった。


小鳥の宿木に戻ると、受付カウンターのところで、マリィさんが店番をしていた。


「ただいま、お母さん」

「戻った」

「おや、おかえり。あの人はどうしたんだい?」

「お父さんなら、広場のベンチで黄昏てたよ。教会で何があったのかは知らないけど」

「そうかい。で、どうだった?」

「じゃじゃーん!」

「ん」


マリィさんがそう言うと、私達は同時に首に下げていたステータスプレートをマリィさんに見せた。

それを見た、マリィさんの顔が驚いたものに変わっていく。


「おや!これはもしかしてオリハルコンプレートかい?まさか、二人ともオリハルコンプレートとは驚いたよ!私のステータスプレートは、ほら」


そう言うと、マリィさんは首から下げていたステータスプレートを取り出して見せた。そのプレートは、白金色に輝いていた。


「あれ?お母さんのと違うね」

「ん」

「それはそうだよ!オリハルコンプレートと言えば、その昔メルキュール王国周辺を平定して、基礎を作ったと言われている英雄王サンドリアや、名だたる英雄たちが持っていたと言われている物だからね!まさか、私の娘がオリハルコンプレートを授かるなんて、夢にも思わなかったよ……」

その言葉に、私達は顔を見合わせる。そして、次の瞬間ミリィが震えはじめた。

「わ、私が英雄?嘘……、嘘でしょ……?ねぇトーカ、きっとこれは嘘だよね?」

「残念ながら、ミリィ。これが現実。現実は非常である」


私がそう言うと、ミリィは私の事を抱きしめつつ倒れ掛かった。ミリィのステータスプレートを見たマリィさんも、あまりの出来事に意識を失いかけていた。


「じゃあ、私が冒険者になったら、英雄になれるかもってことなのかな?」

「それは努力次第」

「そ……そうだね。少なくとも、何もしないうちから英雄になんてなれっこないさ。まずは、体を鍛えて、冒険者クラスを地道に上げて、上位職にならないとね。ところで、ミリィがオリハルコンプレートを授かったっていうことは、何か素質もあったんだろう?」

「う、うん。あ、でもそれは親にしか話しちゃだめって最高司祭様が仰っていたの」

「おや?あんたたちの成人の儀式はシスティがやってくれたのかい?これは珍しいね」

「たまたま暇だったからって、仰っていたよ」

「そうかい。じゃあ、今度お礼をしなくちゃね。そうだ、二人ともオリハルコンプレートなら、何かあったんだろう?それを聞かせてはくれないかい?」

「うん。じゃあ奥に行きましょ」

「ん」

「そうだね。ここで立ち話をすることでもないしねぇ」


そう言うと、私達はマリィさんに連れられて奥の厨房に入っていった。


厨房にあるテーブルの周りの椅子に腰かけると、マリィさんは私達の前にコップに入った水を出して口を開いた。


「さて、と。ミリィ、結果はどうだったんだい?」

「うん。私の職業は宿屋の娘で、レベルは五だった」

「まあ、それは仕方ないねぇ。物心ついたころから、宿の手伝いばかりさせてたからね。それで、素質と祝福はどうだったんだい?」

「えとね、お母さん!素質はナイトとハンター、裁縫師、料理人だったの!祝福は狩神の加護、戦神の加護だったわ!」


そう言って、非表示にしていた文字をすべて明かしてマリィさんに見せるミリィ。それを見たマリィさんは目を見開いて、それを見つめていた。


「何だいこりゃ……。ココからグリフォンが産まれたのかい……。私は、自分の子供が、こんなに天性の素質を持って産まれてきたってのが、これを見ても信じられないよ……。私やあの人も加護は持っていなかったからねぇ」

「マリィさん、これは神様からの贈り物だって最高司祭様が言ってた」

「うん、そうだよ。これは神様からの贈り物さ。だから、私は今でも信じられないのさ。特に、自分の娘だからね……」


そう言うと、しばらく考え込むマリィさん。

そして、顔を上げてミリィの事をまっすぐ見つめると真剣な表情で口を開いた。

その雰囲気は、元貴族の名に恥じない、凛とした気品が漂っていた。


「ミリィ、あなたがこれから先どのような道を歩もうとも、私は反対はしません。けれど、冒険者になるということは、今までのように街の中で安全に暮らすということから、遠く離れるということです。それは解っていますね?あなたが、トーカちゃんを心配したように、あなたもそういった立場になるということですよ?」

「お母さん……。うん、それは十分理解してる。私、トーカが無茶をしたって聞いた時、すごく心配だった。もし会えなくなるかもって思ったら、いてもたってもいられなかった。すごく心が苦しかったの……」

「そうですね。それが、冒険者になった者の帰りを待つ者の心です。いついかなる時も、どんな時も、心の中のどこかでくすぶっているんですよ。それが、近しい間なら近しいほど、大きくなるの。例えば、親と子、兄弟、そして親友や恋人同士。どちらかが帰ってこなくなるって思っただけで、心が張り裂けそうになるのは、わかるわよね?」

「うん……」

「どの職業に就くかは、あなたが決めなさい。ただ、職業に就くのは、レベルが十を超えてから、それは守ってちょうだい。それができなければ、職業に就くことは許しません」


その言葉を聞いたミリィは、力強く頷いた。その瞳には闘志が燃えているように、私には見えた。覚悟を決めた少女の瞳。私は、それを見て心の中に父性とも母性とも思えないはっきりとしない感情が芽生えるのを感じていた。


「そう、それならばいいわ。お母さんは反対しません。あなたの決めた道ですもの、応援するのが母親の仕事ですからね。ただし、お父さんともよく話し合いなさい。お母さんとお父さん、両方が認めて、許してからあなたの好きにしなさいね」


そう言って、マリィさんは母性に満ちた優しい笑顔でミリィの事を見た。

それを見て、母親はどこでも、どんな時でも強いものなんだな、と私はふと思った。


「さて、と。トーカちゃんはどうだったんだい?」

「ん」


いつもの口調と、いつもの表情に戻ったマリィさんが私に言うと、私は微妙に偽装したステータスプレートを見せた。


「レベル八三ですって!?それに、職業はニンジャマスター、素質はニンジャマスターと鍛冶師、裁縫師、工芸師、料理人、錬金術師、祝福は神の祝福と戦神の祝福……。これは、トーカちゃんがあっさり白金級冒険者になったのも信じられるね。これは、まさしく英雄といっても過言ではないよ。十三歳でこれは、本当にすごいねぇ」

「ん」


マリィさんがそう言うと、私は胸を張ってドヤ顔をした。


「だからって、あんまり無茶はしないでおくれよ?金級冒険者二人で、元白金級冒険者と元金級冒険者数名からなる盗賊団壊滅とか、普通は無理な話なんだから。女の子なんだから、もっと自分の事を大切にしておくれよ?ミリィも、もし、冒険者になったら自分を大切にしなくちゃいけないよ?女性冒険者というだけでも危険はたくさんあるんだからね」

「ん」

「それは十分理解しているわ」

「それならいいんだけどね。さあ、着替えてきな。あの人が戻ってきたら、また仕事なんだからね。と、その前にお昼にしようか。トーカちゃんも食べるんだろう?」

「はーい」

「ん」

「じゃあ、私は用意をするから、あなた達は着替えてきな」

「わかったわ。トーカ、後でね!」

「ん」


そう言うと、私達はステータスプレートに表示させていた文字を消して、厨房を後にした。

その姿を見つめるマリィさんの表情は、どことなく暗いものであった。


ミリィと一緒に、お昼を食べ終わった私は、自分の部屋のベッドに横になって、明日からの予定を考えていた。

服は、もう動きやすい白のシャツとキュロットスカートに着替えている。

神託の期限まで、あと三か月。その時までは、この街を離れるわけにもいかないだろう。魔物の大暴走の規模がはっきりとはしないが、この街にいる冒険者と警備隊を合わせて、それを防ぎきることができるのかどうか。大森林に棲息する魔物の中でも、ゴブリンやオークといった種族の王となる個体が産まれてしまうと、この街が大惨事に遭遇してしまうのは目に見えていた。オークキングよりも下位の個体である、オークジェネラルの率いるオークの軍勢を討伐するには、最低でも金級の冒険者からなるパーティーが数組必要なのだから。


(私には関係ない、なんて言えない……。この街には、私の知っている人や、仲がいい人がいる。見捨ててなんて、いけない……)


この世界に転生してからそれほど日は経っていないが、前世ではついぞ出会うことのなかった、温かく心優しい人々の顔が、私の脳裏に浮かんでは消えていく。前世の生活で、人に対して優しさを失ったと思っていた私だったが、どうやら、ひとかけらの良心は残っていたらしい。私は、目を閉じて深呼吸をすると、明日からの予定を立て始めた。


(大森林の深部まで行って、何が起こっているのか、この目で確かめなくちゃいけない。ギルドマスターの話と、警備兵さんの話を合わせると、大暴走の主体になっているのは、ゴブリンとオークを率いる王が産まれているから。それを引き金にして、個体数が急激に増殖して、住む場所がなくなるから凶暴化する。もし、この仮説が正しいのならば、まずはゴブリンとオークの王を探し出して、狩る。それと並行して、目についたゴブリンとオークを駆除していく。数を減らせるだけ減らせれば、もし大暴走が起きても被害を少なくできる)


私はそう決心すると、明日から大森林の依頼を受けて、オークとゴブリンの駆除に精を出すことにしたのである。もちろん、この街のことを思ってのことだけではない。オークは貴重な高級食材になる。特に、オークキングともなればその肉や骨、そこからとったスープが霊薬になるほどの効果をもたらすのだ。もし狩ることができれば、それだけで一財産を築くことができる。私は、明日から依頼を再び受けることができるようになるので、まずはギルドの図書室で、大暴走に関する知識を手に入れてから、大森林の調査とゴブリン、オークの駆除に乗り出すことにしたのであった。

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