第18話
トーカちゃん、モデルデビューをする
明くる日、私は早めに起きて朝食を摂り、朝八の鐘が鳴る前にリオルイ服飾店を訪れた。
リオルイ服飾店の中では、リオさんとルイさんが今日の準備に追われている。
聞くと、今日は臨時休業にするとのことで、入り口の扉には臨時休業の張り紙が貼ってあった。
店の中に入ると、それに気が付いたリオさんに促されて、私は工房の中にある更衣室に入っていった。
更衣室の中は広く、トルソーに私が今日着るゴスロリドレスとヘッドドレス、そして純白のレースをたっぷり使ったビスチェとガーターベルト、ショーツ、オーバーニーストッキングが飾られていた。
「これは?」
少し引いたような表情で私が言うと、リオさんは額を押さえながら呆れたような表情をして話し始めた。
「あのおバカ、こんな物も隠れて作っていたんですよ?この下着類もアラクネ糸のみを使った品物で、身体能力向上と物理・魔法防御力向上、自動サイズ修正、自動再生の強化が施されています。この下着類でも、最低五十万フラウはすると思います。トーカさん、今日はあなたにかかっているので、よろしくお願いしますね」
リオさんは必死と思えるような鬼気迫る表情で、私の両肩を掴みながら言った。私は、その表情と言葉に、ただ頷くことしかできなかった。
「それでは、早速着付けを始めますね。まずは、下着もすべて脱いで裸になってください。こちらの下着類を着けさせていただきますので」
「ん」
リオさんに言われた私は、白シャツとキュロットスカート、白ソックスを脱いで傍らのかごに入れる。そのあと、薄水色のマイクロブラジャーとハイレグ紐パンツの紐をすべて解いて、それもかごの中に入れた。
一糸纏わぬ姿になった私に、リオさんは下着類を手に取ると、その着け方を説明しながら私に着せていく。ビスチェの胸を納める部分にはワイヤーが入っており、そこに丁寧に、しっかりと胸の二つの果実を納めないと、型崩れの原因になってしまうとのことである。私は、それを聞きながらリオさんの言う通りに体を動かしていた。
ビスチェを身に着けた後、ガーターベルトを装着してオーバーニーストッキングを履き、ガーターベルトの留め具にオーバーニーストッキングを留める。そのあとショーツを履くと、下着姿の私が目の前の大きな鏡の中に現れた。
純白の下着姿の私は、まるでこれからウェディングドレスを身に着けて、結婚式に臨む新婦のような姿であった。それを見た私は、いずれ自分も純潔を象徴するかのような純白の下着とウェディングドレスを着て、見染めた男性とともに結婚式を挙げるのかと思った。ふと思いついた年頃の少女らしい考え方に、私は頭を横に振ってそれを吹き飛ばした。
「ああ……。素晴らしいですよ、トーカちゃん。下着姿でもこんなに可愛いなんて卑怯すぎます。純潔を象徴する白は、乙女のトーカちゃんにぴったりですね」
「ちょっと恥ずかしい」
「下着姿ですから、仕方ありませんよ。でも、下着姿って男性受けがよろしいんですよ?服のお洒落も大切ですけど、下着のお洒落もそれと同じくらい大切なんです。夫婦生活に悩みを持っている御婦人方には、下着のお洒落を提案させていただいているくらいですから」
「そうなんだ」
「はい。トーカちゃんはまだまだ早いと思いますけど、気になる男性ができたらこういったところも気をつけるといいと思います」
「ん」
「さあ、次はドレスを着つけていきますね」
「わかった」
私が頷くと、リオさんはゴスロリドレスを手に取って私に着せていく。
ゴスロリドレスを着終わると、私はドレッサーの前にある椅子に座るよう促された。私が椅子に座ると、リオさんは香油を取り出しながら口を開いた。
「さあ、次はお化粧をしましょうね。まずは、髪の毛に香油を馴染ませて、梳かしていきますよ」
リオさんは香油のビンから少量手にとって、私の耳と髪に薄くのばして馴染ませていく。それが終わると、櫛を持って私の耳の毛と髪を丁寧に梳かしていった。
しばらくリオさんが梳かしていると、私の耳と髪は艶を放ちながらもさらさらの状態に変わっていた。
「さあ、次は顔にお化粧をしていきますね。前と同じように薄くしますけれど、今回は口紅もつけますので、よろしくお願いしますね」
「ん」
私が頷くと、リオさんは傍らのワゴンに載っている化粧道具を手に取ると、私の顔に化粧を始めた。
私は目を閉じて、じっと化粧が終わるのを待つ。少しでも動くと、化粧が台無しになってしまうからであった。
「さあ、化粧も終わりましたよ。目をゆっくり開けて鏡を見てくださいね」
「ん」
私は、リオさんに促されるままにゆっくりと目を開ける。
そして、鏡の中の自分を見ると、そこには薄く化粧を施された長い黒髪の美少女が私の顔を覗き込んでいた。
「これが、私……?」
「そうですよ。お化粧をきちんとするだけで、こんなに変わるんです。トーカちゃんは元がいいから、あまり濃くお化粧をしなくてもいいから、肌のダメージが少ないですしね。でも、ここぞというときは、お化粧もした方がいいですよ」
白く透明できめ細かな肌と、艶を放つ桃色のぷるんとした小さめの唇。血色のいい頬は、薄く赤らんでいる。まつげも長く艶があり、その下のやや目じりの上がった、気の強そうな金色の瞳は、どこか艶を含んだ色をしていた。
「まるで、深窓のご令嬢みたい……。トーカちゃん、これで今日は大丈夫ですね」
「ん」
リオさんが言うと、私は満足そうに微笑んだ。すると、鏡の中の私も同じように微笑む。
その表情は、なるほど深窓の令嬢と言われても誰も信じてしまうような物であった。
「さあ、次は手と指の手入れをしてしまいますね。ここまで来たら、とことんお化粧をして、綺麗になっちゃいましょう!」
「はい。よろしくお願いします、リオさん」
私は、スイッチが入ったのか令嬢モードでリオさんに答えました。
それを見たリオさんは、優しく微笑みながら、私の手をそっと取ります。そこに、手に取った化粧水を優しくなじませていきました。化粧水が、私の手にすっと馴染んでいきますと、リオさんは満足したような表情を浮かべて、手のひらで温めた乳液を私の手になじませていきました。
「さあ、次は爪を切りますよ」
「はい」
そう言って、リオさんは私の爪を丁寧に切り始めました。すべて切り終えると、やすりで私の爪の形を整えていきます。そして、爪の表面も軽くやすりをかけていきました。
爪の形がきれいに整い、爪がつやつやになると、リオさんは爪の粉を丁寧にブラシで払い落しました。
それが終わると、化粧水と乳液を指になじませていきます。
「はい、これで爪も大丈夫ですね」
そう言いながら、リオさんは私の頭に丁寧にヘッドドレスを載せて、耳をヘッドドレスに空いてある穴から外にそっと引き出して、顎の下でリボンを丁寧に結びました。そして、革でできた茶色のロングブーツを私に履かせました。
「さて、これで終わりですよ。ゴミを払って、ドレスを整えますので立っていただけますか?」
「はい。わかりました」
返事を返しながら、私はゆっくりと椅子から立ち上がりました。ロングブーツは厚底ではないので、動きやすさに問題はありませんでしたが、普段着慣れないロングスカートのドレスに思わず動作がたおやかなものになってしまいます。
「ふふっ、本当に深窓の令嬢みたいですよ」
「もう、そんなことを言わないでください。恥ずかしくなってしまいます」
にこにこと笑顔を浮かべながら、ブラシで私の着ているドレスについた糸くずやほこりを払いつつリオさんがそういうと、私は顔を赤らめて恥ずかしそうに言いました。
「でも、お洒落をするというのもいいものでしょう?綺麗な服を着ると、心がそれに合うように美しくなっていきますしね。もちろん、そうなるように努力することも大切ですが」
「はい」
「さあ、これで全部終わりました。では、会場の方にご案内しますね」
「よろしくお願いします、リオさん」
私がそう言うと、リオさんが私の手をそっととって工房の外へ案内しました。
工房の外に出て、会場である商業ギルドに併設されているという商工所に向かう私達。私は、スカートの裾が地面につかないように、端を少し持ち上げて歩いていました。リオさんに先導されて私がスカートの両端を少し持ち上げて歩いていると、通り過ぎる方々が私の事を何事かと振り返っていきました。
それに、リオさんは満足そうな笑顔を浮かべていました。私はというと、やや気恥ずかしくなり顔を少し伏せて歩いていたのですが。
しばらく歩きますと、中央広場に面した場所にある大きな建物の前で、リオさんが足を留めました。
中央広場には、数々の露店が立ち並び、お祭り騒ぎとなっています。そこで通行人を整理している警備隊の方々の姿も見受けられました。きっと、あの露店の中にも小鳥の宿木の出店している露店もあるのでしょう。所狭しと並ぶ露店を見て、私はそう思いました。
「さあ、こちらですよ」
「はい」
中央広場の光景を眩しそうに私が見ていますと、リオさんが声をかけてきました。
私は、リオさんに促されて商工所の中に入っていきました。
商工所の中に入ると、中には上等な衣服を身に着けた、各国の有力商家の商人たちと思われる人々がそれぞれに話していた。
その中を、リオさんに先導されて私は歩いていきました。
そんな私に、商人たちの視線が集まります。ひそひそと話している声も私の耳に入ってきまして、私は恥ずかしさで顔を赤らめて、俯きながら商工所の中を歩いていきました。
しばらく歩くと、商工所の中の一室の前でリオさんは立ち止まりました。
そして、その扉を開くと、私を中に入るよう促します。
私も、それに応えるようにゆっくりと中に入っていきました。
中では、準備を整えたルイさんが待っていました。
「姉さん、こっちは準備できたわよ。あ、その子がトーカちゃんね」
「そうよ。私も気合を入れてお化粧したからすごく可愛くなっているわ。街の人や商工所の中の商人たち、トーカちゃんを見ていろいろ話していたわよ」
「それはいい意味で?それとも……」
「うふふっ。もちろんいい意味でに決まってるじゃない。あ、そうそう。ルイ、貴女はトーカちゃんに触ってはダメだからね!トーカちゃんももう、令嬢のスイッチが入っているから」
ルイさんに、念押しするようにそう注意すると、リオさんは私の事をルイさんの前に連れてきました。
私が、ゆっくりと顔をあげますと、ルイさんの事を見上げました。
ルイさんの瞳に、顔を赤らめてうるんだ表情で彼女を見つめる私の姿が映っていました。
ルイさんは、そんな私の事を見て、黙って右手を握って親指を上に立てました。
少し、鼻息が荒くなっているのが気にかかりましたが、どうやら、今回は必死に耐えているようです。
「姉さん、最高よ!ここまでの物になるとは、私思わなかったわ……」
「だから、言ったじゃない。私も気合を入れたって。まあでも、ここまでの物になるとは思ってはいなかったんだけど……。これは、トーカちゃん自身の素材がよかったからだわ」
「これで、今日は大成功間違いなしね。私も、服の紹介を頑張るわ」
「私は、トーカちゃんのお付きを頑張るわね。さあ、トーカちゃん、そこの椅子に座って、出番が来るまで少し休憩していてね。時間になったら、私が会場の舞台まで連れて行くから」
「はい。わかりましたわ」
「ああ、それと……。舞台の上では少し動いてもらったり、ポーズをとってもらったりするから、そのテーブルの上にある台本をよく見ておいてね」
リオさんはテーブルの上にある羊皮紙を指さしながら言いました。私は、それを手にとって目を通しますと、一連の動きやポーズがまとめられていました。どうやら、ルイさんが服の説明をするので、私はそれに合わせて動いたり、ポーズをとったりするようです。
私は、それをしっかりと覚えるように集中し始めました。
「じゃあ、私は先に舞台に行って準備をしてくるわね。姉さん、トーカちゃんを頼んだわよ」
「ええ。こっちは任せて、あなたは自分の仕事をしなさい」
「わかったわ」
そう告げて、ルイさんは部屋を出ていきました。
私は、時間が来るまでしっかりと台本を読み込んでいました。
しばらくいたしますと、私の控室に商工ギルドの職員と思われる女性が入ってきました。彼女は、リオさんと二言三言話を交わしますと、リオさんは私の傍まで来まして、私に声をかけました。
「さあ、トーカちゃん、出番が来たわよ」
「はい」
リオさんがそう言うと、私は読んでいた台本をテーブルにおいて、静かに席を立ちました。
部屋を出た私達は、商業ギルドの職員の案内で、商工所の中にある舞台まで行きますと、その袖に控えました。
舞台の上では、集まった有力商人たちに新商品を説明している声が聞こえてきます。
拍手が聞こえて、私たちの前に説明をしていた人が戻ってきますと、私達が呼ばれました。
私とリオさんは、舞台の上にある豪華な装飾の施された椅子の傍まで来ますと、リオさんは私の事を椅子に座らせて、自分自身は私の右横に控えました。
私は、椅子に座ると目を閉じて、少しうつむき加減になりました。両手は、前で軽く重ねて、股の間を覆うように置きました。
両脚はしっかりと揃えて閉じて、舞台の幕が上がるのを待ちます。
準備が整ったのか、商業ギルドの職員の声が会場全体に響き渡ります。
そのアナウンスが終わると、舞台の幕がゆっくりと上がっていきました。
「皆様、このたびは私どもリオルイ服飾店の新商品発表にお越しいただき、誠にありがとうございます。このたび、私どもではご令嬢様やお嬢様を対象にした新しい服をデザインいたしました。この衣服は、一般的にドレスに使われるシルクではなく、上質なアラクネ糸のみを使用した一品となっております。皆様方もご存知の通り、アラクネ糸は魔物であるアラクネから採れる素材でございます。その強度は鋼鉄の鎧に匹敵しますが、非常に軽く動きを阻害することはありません。シルク以上の滑らかな光沢と、着心地の良さを誇りますので、ドレスの素材としても最高級の物となっております。こちらの商品は、何かとその立場上、危険な目に合いやすいご令嬢様やお嬢様をお守りするための一品となっております」
ルイさんの商品説明が会場に響き渡ります。それと同時に、魔導具を使っているのか私の姿が会場の中に浮かび上がりました。その姿に、会場から深いため息と、がやがやとどよめきが聞こえてきました。
「また、一見地味な黒を基調とした衣服に、白のフリルやレースを多用し、飾りを多く付けることで、女性の内に秘めた美しくも気品のある心と、純真な心を表現いたしました。黒地が主体ですので、女性の悩みの一つである、体型の引き締め効果も狙った一品となっております」
ルイさんがそう言い終わると、私はゆっくりと瞳を開けて、会場をまっすぐ見つめました。そして、優雅にほほ笑むと、静かに立ち上がってスカートの裾を摘まみ、膝を曲げて一礼をしました。
そして、笑みを絶やさずに、スカートの両端を軽く摘まんだまま、舞台の端までゆっくりと歩いていきます。
「このように、女性の優雅さや美しさを引き立てる逸品となっております。もちろん、魔物から採れる素材を使用しておりますので、一般的なアラクネローブのように、複数の強化処理を施すこともできます。このドレスとヘッドドレスには、それぞれ最大限ともいえる五種類の強化を施しました」
ルイさんの言葉に、会場から大きなどよめきが上がる。その言葉は、会場の有力商会の商人たちの心を強くつかんだようでした。
私は、舞台の真ん中まで行くと、端を摘まんだまま、スカートを翻しくるりと回りました。
そうすることで、私の下着である純白のレースが施されたオーバーニーストッキングがちらりと見えるようになるのです。
「このドレスに合わせて、アラクネ糸で編みましたレースをふんだんに使った下着類も開発いたしました。こちらも、同じアラクネ糸でできていますので、シルク以上の光沢と着心地を誇りつつも、複数の強化処理を施すことができます。ドレスと同じく、こちらの下着にも五種類の強化処理を施しました。もちろん、各部位ごとにそれぞれ強化処理を施すことができますので、ドレスと併せますと、最大で三十種類の強化処理を施すことが可能となっております。この技術は、私共リオルイ服飾店で特許を申請しまして、つい先ほどそれが受理されたという報告が、商業ギルドの方からありました」
そのドレスを着ている私も知らなかった新事実に、会場のどよめきがより一層大きくなりました。鋼鉄の鎧とほぼ同等の防御力を誇るとともに、そこに多数の強化処理も施せるとあって、この発想は彼ら商人にとってこの上ない物であるでしょう。そして、その発想が特許として申請され、受理されたとあっては、気軽においそれと同じものを作ることはできないのです。
私は、舞台の端まで歩いていくと、優雅な所作でスカートの端を摘まみ、膝を軽く曲げて会場の皆様に一礼をしました。一礼をすると、優しくも気品のある微笑みを絶やさずにターンをすると、椅子のある場所まで戻ってきました。
そして、スカートの端を摘まんで優雅に一礼をすると、私は椅子に腰かけました。
「これで、私どもリオルイ服飾店の新商品の発表を終わりにします。皆様、ご清聴いただきありがとうございました」
ルイさんの声がそう響きますと、会場から大きな拍手が巻き起こるとともに、舞台の幕がゆっくりと降りてきました。
私は最後まで気を抜かずに、舞台の先、立ち上がって大きな拍手をする、会場に詰めかけた多くの商人の方々を、穏やかな微笑みを浮かべて見ていました。
そして、幕が完全に降りると、私はリオさんの手をとって椅子から立ち上がり、舞台の袖から控室へと移動いたしました。
控室に移動して、椅子に座りふぅとため息をつきますと、私にリオさんが声をかけてきました。
「お疲れ様でした、トーカちゃん」
「はい。本当に疲れました……。モデルの方々は、いつもこのような苦労をなさっているのですね」
「ええ、そうよ。いついかなる時でも笑みを絶やさずに、隙のない動きで商品の紹介をするのは、本当に体力がいるそうよ。今回は、トーカちゃんが引き受けてくれて本当に感謝しているわ。ドレスと下着の紹介も大成功に終わったし、これでひとまずは一段落ね」
「そう言っていただけると、私も嬉しいです。あとは、ルイさんが戻ってきましたら、リオルイ服飾店に戻るだけですね」
「ええ、そうよ。完全に工房の中に入るまで、油断しないでね」
「心得ておりますわ。淑女たるもの、いついかなる時も油断をしてはなりませんから」
私はそう言うと、軽く笑みをこぼしました。
「姉さん!大盛況だったわよ!」
そう言いながら、ルイさんが控室に入ってきました。
「トーカ!すごく綺麗だったわ!」
「いやあ、あそこまでになるとは拙者も思ってみなかったでござるよ。これも拙者達とギルドマスター殿の助言のおかげでござるな」
「ああ……。トーカさん、すごく綺麗でした……。私、思わず見入ってしまいました」
それぞれの抱いた感想を話しながら、ルイさんの後について控室に入ってきました、ミリィとヒサメ、そしてフェル。彼女たちも、顔をうっとりとさせながら、私の事をそれぞれに評価しています。
私は、恥ずかしそうに顔を赤らめて、口を開きました。
「いやだ、恥ずかしいですわ。そんなに褒めても、何も出ませんわよ」
「いやいや、そう謙遜することではないよ。トーカ君、君は本当に深窓の令嬢のようだったよ」
「おや、彼女がアレクの言っていた娘か!話は聞いていたが、このようなお嬢さんだったとはね。俺も驚いているぞ!」
「ほっほ。儂もびっくりしておるよ。このような可憐で美しいお嬢さんが、凄腕の冒険者じゃとは誰も思わんじゃろうな」
「ギルドマスター様!?」
「伯父さん!?」
「お……お、お師匠様!何故このようなところにおるでござるか!」
私とミリィ、ヒサメが部屋に入ってきたギルドマスター様と、長い杖をついた小袖と袴をしっかりと着込んだご老人、長剣を腰に佩いたがっしりとした背格好の剣士と思わしき男性を見てそう言いますと、ギルドマスター様のお連れになった男性とご老人が自己紹介を始めました。
「俺は、ティリウス聖王国聖王都イスミリアの冒険者ギルドマスター、カイン・エル・フォン・アーベンベルクだ。よろしく頼むよ」
「儂は、メルキュール王国王都メルクルスのギルドマスター、コウエモン・トクダというんじゃよ。お嬢ちゃん、儂の弟子のヒサメが世話になっているようじゃね。この娘はまあ、幼少の頃からサムライに憧れておってのう。女子故に、もう少し淑やかにせいと言っておったんじゃが、まあ、このような娘に育ってしまっての……。まあ、弟子共々これからもよろしくのう」
にっと白い歯を見せながら、笑うカイン様と穏やかに笑いながら私を見るコウエモン様。私は、ゆっくりと立ち上がると、スカートの裾を摘まんで、膝を曲げながら一礼をして穏やかな笑みを浮かべて口を開きました。
「お初にお目にかかります、カイン様、コウエモン様。私、トーカ・モチヅキと申します。どうぞよしなに……」
私のその姿を見て、カイン様とコウエモン様はほう、とため息をつきました。
「”氷の戦姫”がこのようなお嬢さんだったとは、俺も思わなかった。これはアレク、いいお嬢さんを見つけたな。ようやくお前も所帯を持つ気になったのか?」
「ほっほ。少し若いが、あと五年もすれば大輪の花を咲かせそうじゃの。”月光華”に値するお嬢さんじゃな。アレク坊、お主も隅に置けないのう」
「嫌ですわ、カイン様、コウエモン様。お言葉が上手ですのね。ギルドマスター様……アレク様には私よりもいい女性の方が見つかるはずですわ」
私は、微笑みを浮かべながら言いますと、お二人は声をあげて笑いました。
「ところでお師匠様!どうしてプラナスにいるでござるか!?メルクルスの冒険者ギルドや道場は如何されたでござる!」
「何を言う、ヒサメ。儂はきちんと冒険者ギルドも道場も任せてきたわい。昨日、アレク坊からこのことを聞いての、お主の白金級冒険者昇格祝いに駆け付けたのじゃよ。少しは感謝せんかい」
「やれやれ。俺も昨日いきなりアレクから連絡を受けてな。このご老体を迎えに行って、そのままここまで飛んできたんだよ。俺がドラゴンナイトだからって、交通手段に使わないでほしいもんだぜ」
そう言いますと、カイン様は大きなため息をつきました。
「ところでヒサメ、お主獣化薬を使ったというのは本当の話かの?」
「はい、お師匠様。拙者の手に負える相手はござらんかったので、仕方なく」
「ふむ。まあいいとしよう。じゃがの、獣化薬に頼るということは、お主の修行不足ということじゃぞ?今後とも修行に励むようにせんといかんぞ」
「はい!拙者、立派なサムライになれるよう、今後とも修行に励むでござるよ!」
「その意気じゃぞ?それを忘れんようにな」
そう言いますと、コウエモン様はヒサメの頭を撫でました。
その姿は、まるで祖父と孫娘のような、そんな印象を私は受けました。
「伯父さん、メルクルスとイスミリアのギルドマスターも呼んだの?」
それを見ていたミリィが、呆れたようにアレク様に言いました。それを聞いたアレク様はしれっとしたような表情で、ミリィに答えました。
「僕は、カインにだけ声をかけたんだけどね。ご老体がついてくるとは思わなかったな」
「おうおう、それはつれないんじゃないのか?噂の新人のお披露目だ、この爺なら、いつの間にか嗅ぎ付けてやってくるぞ?いつかばれるんだったら、早い方がいいじゃねえか」
「何を言うか、カイン坊!儂はそこまで下世話ではないわい」
「まあ、それはそれとして、だ。このようなお嬢さんだ、うちの国の大馬鹿どもが狙わんとも限らないからな。それに目を光らせるためにも、俺がやって来たのさ。最近、王家派と教会派の争いが激化していてな。教会派の連中と、教会派の旗印である第二王子が、やけに亜人種の奴隷を集めて何か企んでいるのさ。こんなに美しく可憐なお嬢さんだ、奴らの目に止まったら、それこそ言葉にするのもはばかれるようなことをされかねないぞ。とりあえず、うちの国の商人連中が国に帰るまで、しばらくは俺もプラナスにいるが、まあ十分注意することに越したことはないわな」
「まあ、いざとなったらヒサメもつれて儂のところまで来ればいいじゃろ。実力のある冒険者が増えるのは、儂も大歓迎じゃからな」
カイン様が視線を鋭くしてそう仰いますと、コウエモン様は白く長い顎髭を撫でながら仰いました。
「何を言いますご老体。彼女は我が冒険者ギルドプラナス支部の華であり宝ですよ?そう簡単に渡すわけにはいきませんよ」
「ほほう、アレク坊も言うようになったのう。やはり、お主このお嬢さんを娶るつもりでおるんじゃろ。幼女趣味と陰口を叩かれることも覚悟しておるのかの?」
「嫌ですわ、コウエモン様。私とアレク様はそう言った関係じゃございませんの。それに、私は友人の伯父様と結ばれるつもりはありませんわ」
コウエモン様の言葉に、私は笑顔を浮かべて否定いたしました。
「全く、伯父さんも言うわね!トーカと伯父さんいくつ年齢が離れてるっていうのよ!」
「ミリィ、僕はそういったつもりで言ったんじゃないのだがね」
ミリィがアレク様に詰め寄りながら言いますと、アレク様は慌ててそう仰りました。
ふと私が傍らのリオさんとルイさん、フェルを見ますと、彼女たちは商談の真っ最中でした。
「さて、トーカ。用事も済んだし、うちの露店に行きましょ!ヒサメも一緒にどう?」
「それはいいのですが、私このような格好ですので……」
「そっか。じゃあ、いったん戻ってからの方がいいわね。リオさん、私達戻るけど大丈夫?」
「うん。私も今から戻るわね。ルイ、商談の方は任せたわよ」
「こっちは任せてもらっていいわよ、姉さん」
「じゃあ、お願いね。ミリィちゃんとヒサメちゃんも来る?」
「いいの!?」
「そういうことならば、拙者もご一緒するでござる!」
「と、いうわけだから伯父さんは先にお父さんのところに行ってて。私も後で行くから」
「そういうことならば、仕方ないね。僕はもう少しトーカ君の姿を見ていたかったんだが……」
「やっぱりお前、幼女趣味じゃねえか」
「カイン、君とは一回よく話し合わないといけないようだね?」
「そうかいそうかい。じゃあ、お前の妹がやっているという宿屋が出している露店で、しっかりと話し合おうじゃないか」
「ほっほ。若いのはいいことじゃのう。アレク坊、儂も行っていいかの?」
「ご老体もですか?」
「何?儂が行ってはいかんと言うのか?」
「滅相もございませんよ。さて、僕たちも行きましょうか」
そう仰いますと、ギルドマスター様たちが部屋を出ていかれました。
それに続くように、中で商談の真っ最中であるルイさんとフェルを残して、私達も部屋を後にしたのでした。
リオルイ服飾店の工房に戻った私達は、早速ドレスと下着を脱いで元の衣服を着こむことにしました。
ミリィとヒサメが私のドレス姿とその下の下着姿にきゃいきゃい黄色い声をあげて話すのを横目に、私はリオさんに手伝ってもらい、いったん裸になると、元々着けていた下着を身につけました。
そして、工房の隅にある水道をお借りして顔のお化粧を落としますと、白のシャツと茶色のキュロットスカート、革のショートブーツを身に着けて、白の幅広リボンで髪をポニーテールにしました。
ドレスと下着は、後日洗濯をして小鳥の宿木に持ってきていただけるということでしたので、私は依頼受領書にサインを頂き、キュロットスカートのポケットに折りたたんでしまいました。
リオルイ服飾店の工房から、外に出た私はげっそりとした表情になって口を開いた。
「疲れた……。できれば、こういうことはしばらくしたくない……」
「あはは、お疲れ様、トーカ!でも、すごく綺麗だったわよ。伯父さんや近隣のギルドマスターも太鼓判を押してたじゃない」
「拙者達も、会場で見ていたのでござるが、あれはすごかったでござるよ。あのどよめきとため息は聞いたことがなかったでござる。美しい、とかいう声も聞こえていたでござるよ」
笑いながら言う二人に、私は半眼になって言った。
「ミリィもヒサメも、一度やってみればいい。すごく疲れる」
「私は、たぶん機会はないかな」
「拙者も、ああいうのは性に合わないでござるな」
「……」
広場に向かう道を、話しながら歩く私達。
その姿を、微笑ましそうに街の人達は見ていた。ごく当たり前にある日常の風景、それが一番なのである。
できれば、ああいうものはしばらく勘弁してほしいと、心から私は思ったのである。
広場につくと、ミリィの案内で、私達は小鳥の宿木が出店している露店の場所までやって来た。
露店の前のテーブルも人でいっぱいになっており、近くで立ちながら料理を食べたりお酒を飲んだりしている人の姿もちらほらと見受けられた。
「すごい」
「でしょ?これも、トーカのあれのおかげよ!さすがにあの大きさの物をここまで運んで来れなかったから、伯父さんに氷と水を魔法で出してもらって、桶で冷やすようにしたの。伯父さんは、僕は冷蔵庫かな?とか言っていたけど、お父さんとお母さんが、交換条件で料理とお酒は無料で食べ放題と飲み放題にしたから、おあいこだよね」
「えげつないでござるな、ミリィ殿の父君と母君は」
「冒険者相手にしていると、肝が太くなるらしいわよ?」
私達が話をしていると、露店の方から、私達を呼ぶマリィさんの声が聞こえてきた。
露店のところまで行くと、そこでは小鳥の宿木に宿泊している冒険者達が給仕に追われていた。
「おかえり、トーカちゃん。ご苦労だったようだねぇ」
「ん。疲れた」
「あははっ!それだったら、ゆっくり休むといいよ。ミリィも、今日はもう上がっていいから、トーカちゃんをお願いね。お友達も来ているんだろう?」
「いいの!?」
「ああ、こっちは今のところまわっているからね。そうそう、トーカちゃんの発案したあれ、すごく評判がいいよ。おかげで、そろそろ料理もエールも品切れになりそうなんだよ」
「ん。それはよかった」
「アレク兄様とカイン兄様、ご老体も褒めていたわよ。私は、あの人の料理も褒められたから、満足だけどね」
そう言って、顔を赤くしてのろけるマリィさん。その姿を見て、ミリィはげっそりとしたような表情になった。
「お母さん、娘の前でそういうのは無しにしてほしいなぁ」
「そう?いいじゃないか、減るものじゃないんだし」
「いつまでも新婚気分なのはいいけど、周りの人も見ているから……」
「じゃあ、今夜は寝室であの人とたっぷりのろけることにするよ」
「お母さん、一応貴族出身なんだから、トーカを見習ってほしいかな」
「私はああいうのは苦手だからねぇ。今の方が気が楽だよ」
「……」
マリィさんの言葉に、ミリィが絶句すると、マリィさんはお盆に何品かの料理とコップに入った水を載せて、私達に手渡してきた。私達がそれを受け取ると、マリィさんは笑いながら言った。
「さあさ、食べていきな。お昼、まだなんでしょう?」
「ん。お腹空いた」
「拙者も、腹が空いたでござるよ」
「そういえば、私もお腹が空いてきたかも」
「裏に、私達用のテーブルがあるから、そこで食べていって。まあ、ゆっくりしていくといいよ」
「ん。ありがと、マリィさん」
「かたじけないでござる」
「じゃあ、お昼にしましょ!お母さん、私たちもう行くね」
マリィさんから料理の載ったお盆を受け取ると、私達は手にそれを持って、露店の裏のテーブルに歩いて行った。
私達は、テーブルにそれぞれのお盆を置くと、誰ともなく料理を食べ始める。
お盆に載っていた大きなプレートには、太めの焼いたソーセージが五本と、付け合わせとは言えないくらいの量のマッシュポテト、やや多めのフレッシュサラダが載っていた。
フレッシュサラダには、ベッカーさん特製のドレッシングがかかっている。
私達は、それを黙々と口に運んでいた。
しばらくそれを口に運んでいると、ミリィが思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ。トーカ、明日教会に付き合ってくれないかなぁ?」
「教会?」
「うん。ルネティ聖教の教会。ほら、いつも時間が来ると鐘が鳴るでしょ?あの鐘も、あそこが鳴らしているんだよ」
「教会、というとステータスプレートの発行でござるか」
ヒサメが言うと、ミリィは首を縦に振った。
「ステータスプレート?」
「あ、トーカは……ってしょうがないか。アキツ皇国の山奥出身だもんね。知らなくてもおかしくはないわね」
「うむ、そうでござるな。このあたりでは、成人になると、教会に行ってステータスプレートの発行をしてもらうのでござるよ。ほら、これでござる」
そう言うと、ヒサメは銀色のチェーンで首に下げていた青銀色の名刺サイズのカードを私に見せた。そこには、ヒサメの名前と性別、年齢、職業が書かれていた。
「これが、ステータスプレート?冒険者ギルドカードとは違うの?」
「冒険者ギルドカードとは違うでござるな。ステータスプレートは、それを持つ者がどういった人物であるかを示すものなのでござるよ。冒険者ギルドカードは、冒険者にならないと使えないでござるが、これはそうでなくても身分証明書として使えるのでござる。あとは、下位職から上位職に転職する時の目安もわかるでござるし、その者が成人するまでに積み重ねてきたものや素質を見極めて、その者に適性のある職業を示すということにも使われるでござる」
「まあ、成人の儀式ってところかな。私の誕生日は二の月七日なんだけど、忙しくて教会に行っている暇がなかったのよね」
「そうでござるか。そうだ、いい機会だから、トーカ殿もステータスプレートを発行してもらったらどうでござるか?発行には千フラウかかるでござるが、あった方が何かと便利でござるよ。冒険者ギルドカードは、冒険者を引退すると使えなくなってしまうでござるからな。それに、市民権を取得するのにはステータスプレートがないとだめでござるし」
「ん。なら私も行ってもいい?」
私は、ヒサメの言葉を聞いて即答した。この世界でこの先生きていくのにはいずれ必要になるときもあるだろう。そう考えると、いい機会だと思ったのである。
「よし、じゃあ明日は一緒に教会に行きましょ!そうだ、いい機会だからトーカはお洒落してね!」
「私は別にいい」
「成人の儀式で教会に行くときは、お洒落するって相場が決まってるの!私だって、明日はお洒落するんだから」
「ん……。ミリィもするなら、私もしてもいい」
ミリィが、少し眉を吊り上げながら、体を乗り出して私の顔をじっと見ながら言うと、私はその剣幕に負けてそう言ってしまった。その言葉に、ミリィの顔が満面の笑みに変わる。
「よっし。じゃあ、私はお父さんとお母さんに言ってくるね!あ、そうそう、食べ終わった食器があるなら、一緒に片づけてくるわ」
そう言って、ミリィは私達が食べ終わったお盆をまとめて持つと、鼻歌を歌いながらマリィさんのいる場所に歩いて行った。
「ミリィ殿は、本当にトーカ殿の事が好きなんでござるなぁ」
「ん。何だか私の兄様みたい」
「そういえば、トーカ殿の生まれた日はいつでござる?トーカ殿も、十三歳なのでござろう?」
「ん。私は、ちょうどトーハクの花が咲く頃に産まれたと、父様と母様から聞いた。その日は、里の祭りの日だったそうだから、ここの暦で言うと三の月三日だと思う。私の名前も、トーハクの花が咲く頃に産まれたから、トーカとつけたと母様から聞いた」
「そうでござるか。ん?そうすると、少しミリィ殿とは生まれたのが遅いのでござるな」
「一か月しか違わない。それなのに、ミリィはお姉さんぶる」
「それは、トーカ殿だからでござる。拙者も時々、トーカ殿を可愛がりたいと思うことがあるでござるよ」
そう言うと、ヒサメはにこにこと笑顔を浮かべて、私の頭を撫でた。
「むぅ」
「拙者は、トーカ殿より齢三は上でござるから、こうしても何らおかしいところはないでござる」
「それは、そうだけど……」
「こうしてると、よく年下の妹弟子や弟弟子に世話を焼いていたことを思い出すでござるよ。あの子たちも、今も元気にしているのでござろうか」
そう言ったヒサメは、優しく母性のこもった、どこか遠い瞳をしていた。
それを見た私は、黙って頭を撫でられていたのであった。
しばらくすると、ミリィが満面の笑みを浮かべながら戻ってきた。
「トーカ!明日お父さんと一緒に行っていいって!あ、それと今日の料理も無事完売したし、後片付けもあるから、今日の夕食は宿泊客のみんなは外食をお願いって言ってたわ」
「ん。わかった」
「一応、教会の開く朝九には出るから、なるべく早く起きてって言ってたわよ」
「ん」
「拙者は、これから少しお師匠様と話をしてくるでござるよ。久方ぶりにお会いしたでござるからな。道場のみんなの事も気にかかるでござるし」
「そう。わかった」
「あら、そう?ヒサメ、伯父さんもまだいるはずだからよろしく言っておいてね!」
「心得たでござるよ。では、拙者はこれで失礼するでござる」
「ん。また」
「じゃあね!ヒサメ」
「またでござるよ!」
そう言うと、ヒサメは席を立って露店の前にいるだろうコウエモンさんのところに歩いて行った。
それを見た私達も、席を立って広場の露店巡りをすることにしたのであった。




