第17話
私達が広場につくと、お昼時、しかも今日は市が立っているためか普段よりも人が多かった。
そこで、私達は軽食の露店を探して、その周りに設置されていたテーブルを確保する。
「さて、と。何か食べましょ」
「ん」
「拙者、何にするでござるかなぁ」
きゃいきゃいと話しながら、、テーブルの上に置いてあるメニューに目を通す私達。
思案顔でメニューを見ていると、通りかかる人の視線が気になった私は、小声でミリィとヒサメに声をかけた。
「なんだか、こっちを見られてる気がする」
「あら。もう?」
「リオ殿の見立てが早速効いてきたでござるな。いい傾向ではござらんか」
「……」
「まあ、それはそれとして。私は野菜とハムのサンドイッチとリプルジュースにするわ」
「拙者は、ボアの厚切りベーコンと野菜のサンドイッチと野菜ジュースにするでござる」
「私はツナと野菜のサンドイッチと野菜ジュース」
メニューを見て、それぞれ注文するものを決めた私達は、そこで顔を見合わせた。
「さて、誰が行くかだけど」
「拙者も、今それを考えていたところでござるよ」
そう言うと、ミリィとヒサメは私の事をじっと見た。
私は、抗議の意味も込めて半眼でじっと二人を見る。
「トーカ、これも練習だからお願いね!」
「頑張るでござるよ、トーカ殿!」
さわやかな笑顔で言い放った二人に、私は諦めたように大きなため息を吐き、ジト目で二人を睨むと席を立った。
サンドイッチとフレッシュジュースを売っている軽食の露店まで行くと、私は列の最後尾に並びました。列に並ぶと、私は頭の中でミリィとヒサメが頼んだ物を思い返していました。
「いらっしゃい、何にする?」
「えっと。ツナと野菜のサンドイッチと野菜とハムのサンドイッチ、ボアの厚切りベーコンと野菜のサンドイッチをそれぞれ一つずつと、リプルジュースが一つ、野菜ジュースを二つお願いできませんか?」
しばらくして、私の番が来ますと、店主の男性が私に声をかけてきました。
私が口元に右手の人差し指を当ててそう言いますと、気の良さそうな店主の男性は顔を少し赤くして、私が注文したサンドイッチを作り始めました。
しばらくして、店主の男性は、出来上がったサンドイッチとジュースをお盆に載せますと、カウンターの上に載せて私の方へ差し出してきました。
「お代は百二十フラウだよ」
「はい。では、こちらでお願いします」
私は、財布から百二十フラウを出して店主の男性に手渡します。私の手が、彼の手に触れると、より一層顔を赤くして代金を受け取りました。
私は、代金を男性が受け取ったのを確認すると、お盆を手に持ってミリィとヒサメの待つテーブルに戻りました。
テーブルに戻りますと、ミリィとヒサメがにこにこと何かを含んだような笑みを浮かべながら私の事を見ていました。
「トーカのこれ、男性によく効くわね」
「店主殿、顔を真っ赤にしていたでござるよ。効果は抜群でござるな」
「もう、ミリィとヒサメったら。あまりそういうことを言わないでくれませんか?」
私がそう言って抗議いたしますと、ミリィとヒサメは顔を赤らめて、目を背けました。
「お願い、トーカ。私が悪かったから、ここではいつものでいいわよ」
「勘弁してほしいでござる、トーカ殿。拙者達が悪かったでござる」
「ん。ならいい」
私は、いつもの口調に戻ってそういうと、テーブルに手にしていたお盆を置いた。
「さ、食べましょ!食べ終わって少し休憩したら、冒険者ギルドに行くんだから」
「ん」
「拙者、お腹がペコペコでござるよ」
そう言った私達は、それぞれの前に置かれたサンドイッチとジュースに手をつけ始めた。
ゆっくりとよく噛んでサンドイッチを食べ終わった私は、野菜ジュースを飲み干した。
口の中に、野菜の自然な甘さとブレンドされている果実の甘酸っぱさが広がる。
目の前の二人を見ると、ほぼ同時に食べ終わったようであった。
「うん、食べた食べた」
「この街は、食べ物がおいしいから良いでござるなぁ……」
「ん。でも、魚は塩漬けか油漬け、干した物しかないから、新鮮な物が食べたい」
「それはちょっと無理ね。プラナス近郊には大きな川は流れていないし、海とかいう大きな塩水の広がった場所もないから」
「川は、メルキュール王国かティリウス聖王国に行かないと無いでござるよ。プラナスの西の山岳地帯や、北の開拓村の先にあるガイアファル王国にも冷たい水の流れている川があると聞いたことがあるでござるな。海は、メルキュール王国の南にあるいくつかの小国を越えた先にあるでござる。ここからだと、行くだけで三か月はかかるでござるよ」
「そうなの?」
「そうでござるよ、トーカ殿」
その話を聞いて、私は準備を整えたら西の山岳地帯かガイアファル王国にも行ってみたいと思った。
私のその様子を見たミリィは、ジト目で私の事を見ながら口を開いた。
「トーカ、西の竜峰周辺地域やガイアファル王国に行こうかなとか思ってたでしょ?」
「ミリィ、よくわかった。すごい」
「すごい、じゃないわよ。竜峰の周りは恐ろしい魔物が棲んでいるのよ?竜峰には大きな火竜が大昔から棲んでいるって話だし……。白金級冒険者が一人じゃ行くのは無理なんだから」
「そうでござるよ。あそこは、白金級冒険者が五人くらいのパーティーを組んでいく場所でござる。ロックリザードくらいならいいでござるが、奥地にはロックタートルやロックゴーレムといった脅威度の高い魔物や、レッサーワイバーンやドレイクといった竜種も棲息しているでござるからなぁ……。トーカ殿と拙者の二人だけでは無謀すぎるでござるよ」
「そう。じゃあ諦める。少しの間休息期間を設けたら、今度はガイアファル王国に行ってみる」
「まあ、それが妥当でござるな。ガイアファル王国までは片道一か月はかかるでござるが、街道が整備されているでござるし、ガイアファル王国までの山岳地帯にも、白金級冒険者の脅威となる魔物は棲息してござらんよ。金級冒険者なら、パーティーを組んでいく場所ではござるが。拙者も、機会があったら、新しいカタナを打ってもらいに行こうかと考えているでござる。あそこは、ドワーフの職人が大勢住んでいる国でござるからな。噂では、名匠と呼ばれる鍛冶師がいるという話でござる。それ以外にも、各国で貴重なガラス製品も安く売っているという話でござるし、装飾品も数多く売っているという話でござるよ。装飾品の中には、冒険者用の物もあると聞いたことがあるでござるな。時期によっては、ガイアファル王国までの護衛依頼も貼りだされることがあるでござるよ」
「ふむふむ」
私は、ヒサメの話を興味深く聞いた。次の目的地が、私の中で決まった瞬間である。
それを見ていたミリィは、少し不機嫌そうな表情で私達を見ていた。
私がその気配を感じてミリィを見ると、彼女は慌てて笑顔を浮かべたのであった。
「さあ、そろそろ行きましょ!トーカ、冒険者ギルドに入ったら、ちゃんとするのよ?」
「承知したでござる」
「ん」
冒険者ギルドの前まで来ると、ミリィとヒサメに促されて、私は中に入っていった。
そのあとを、ミリィとヒサメが続いて入ってくる。
私は、自分に注がれる多数の視線に恥ずかしさを覚えながら受付カウンターまで歩いて行った。
受付カウンターには、昨日と同じようにティアナさんが座っている。
「あら、トーカちゃん。こんにちは。お洒落して、今日は何か御用かしら?」
笑顔でそう言ったティアナさんに、私はスカートの裾を摘まんで一礼しまして話し始めました。
「こんにちは、ティアナさん。今日は、先日の盗賊討伐の件で伺いました。あれから、警備隊の方々からご連絡は入っていますでしょうか?」
「え、ええ。まだ、連絡は来ていないわよ。トーカちゃん、どうしたの?今日はちょっとおかし……」
ティアナさんがそう言いかけますと、私のところにミリィとヒサメがやってきました。
「あ、ミリィちゃんとヒサメさん。トーカちゃんどうしたの?こんなにお洒落して、しかも言葉遣いや雰囲気まで変わっちゃってるじゃない。何があったの?」
「あはは……。そこまで言われるとは……」
「明日の予行練習でござるよ!明日行われる商業ギルドの新作発表会に、トーカ殿はモデルとして参加するでござるから、依頼を大成功させるために、拙者とミリィ殿が一計を案じたのでござる」
「そういうこと。で、ティアナさん的には何点?」
ミリィがティアナさんにそう言いますと、ティアナさんはカウンターの外を指さしました。
私達もそちらを見ますと、中にいた冒険者の方々……特に、男性の方々(中には女性の方も何人かいらっしゃいました)が、顔を赤くして目をそらしていましたり、うっとりしたような表情で、鼻息を荒くしながらこちらをじっと見つめていました。なぜか、股の間を押さえて蹲っている男性の方も見えました。
その視線に、私は恥ずかしくなって体を抱いて左右に身じろぎしますと、男性の方々の野太い歓声や、女性の方々の黄色い声が冒険者ギルドに響きました。
「うん、破壊力抜群じゃない」
「これで明日成功は間違いないでござるな」
それを見ました、ミリィとヒサメは顔を見合わせてハイタッチをしました。私は、心の中で少し引きつつも、ぼうっとその光景を見ていました。
「おやおや、下が騒がしいと思ったら何があったのかな?」
「ギルドマスター」
「伯父さん!こんにちは!」
「ギルドマスター殿ではござらんか。いつも世話になっているでござるよ」
ティアナさんとミリィ、ヒサメが階段から降りてきましたギルドマスターにそう言いますと、彼は私たちのいる、受付カウンター前にやってきました。
「ギルドマスター様」
私が、スカートの裾を摘まんで一礼した後、笑顔を浮かべそう言いますと、ギルドマスターは顎に手をやって驚いたような声をあげました。
ギルドマスターの眼鏡の奥の、私を隅々まで観察するような視線に、私は少し恥ずかしくなって、身じろぎをしてしまいました。
「いや、服装がよく似合っているじゃないか。立ち振る舞いも淑女のようだね。まだ少し粗削りなところはあるが、しっかりと礼儀作法を学べば、王国や聖王国のご令嬢方に負けないくらいの華になりそうだよ」
「やった!伯父さんのお墨付きももらえたわよ。トーカ、明日はこれで大丈夫だねっ!」
「うむうむ。拙者の助言が役に立ってよかったでござるよ」
「これは、ミリィとヒサメ君が何か企んだのかい?」
「ほら、昨日私とティアナさんが、トーカとヒサメ……特に、トーカが女の子の自覚がないって話をしてたでしょ?それで、トーカが明日新作発表会のモデルとして出ることもあって、急遽トーカの女子力向上大作戦を敢行したのよ。服装の組み合わせはリオさん、立ち振る舞いのヒントはヒサメね」
「なるほど、それでこのようなことになったわけだね。これは、新しい二つ名を考えなければならないね」
死屍累々となっている冒険者ギルド内を見回して、苦笑しながらギルドマスターが言いますと、ティアナさんが頭に手を当てて、ギルドマスターに言いました。
「ギルドマスター、また二つ名をつけるんですか?”氷の戦姫””闇夜の殲滅者””月光華”ときて、今度は何になるんでしょうか?」
「うん、そうだね……。何か麗しく可憐な物がいいと思うんだが、すぐには思いつかないね。ミリィ、トーカ君は明日の新作発表会に出るそうだね?」
「そうよ、明日の商業ギルド主催のね。うちもお父さんが出るから、伯父さんもよろしく頼むわ!」
「そうか。それでは、僕も義弟殿とマルレーンのために時間を見つけて行ってみようじゃないか。幸いなことに、明日は僕も休暇だからね。それにしても、商業ギルド主催となると、人の目も多くなるね。トーカ君、元貴族の僕から助言をしておこう。明日は、その立ち振る舞いと淑女としての心を絶対に忘れてはいけないよ。そして、貴族や有力商会には十分に気をつけるようにしてほしい。彼らは、いつでも自分の子飼いにする冒険者を見つけようと虎視眈々と狙っているからね」
「はい。わかりましたわ、ギルドマスター様」
その言葉に、私が真剣な表情で答えますと、ギルドマスターはわたくしの手をとって、そこに軽く口づけました。
それに、私が固まりティアナさんが慌てて受付カウンターの中から外に出てきました。
その光景を見た、ミリィとヒサメも驚いた表情で口を覆っていました。
「ギルドマスター、何をしているんですか!まだ成人したての子に、それはないと思います!」
「おやおや、僕は年若いとはいえ、麗しくも可憐な淑女に対して礼儀を尽くしただけだよ?あと五年もしたら、大輪の美しい花を咲かせることが予想できる女性に、あらかじめアプローチしておこうと思うのは、いけないことだとは思わないな」
「それでも、やっていいことと悪いことがあります!貴族の方々の風習というか作法というか、そういうものもあるかもしれませんが、ここは冒険者ギルドなんですよ!?」
「やれやれ」
しれっとした表情で言うギルドマスターに、ティアナさんは食ってかかります。そんな彼女に、ギルドマスターは困ったように苦笑しながら、私達の方を向いて一礼しました。
「それでは、僕はもう少し自分の仕事を片付けてこようではないか。ミリィ、義弟殿やマルレーンにも、明日僕が来ることをよく話しておいてくれないか」
「うん」
「それでは、麗しくも可憐なお嬢さん方、僕はこれで失礼するよ。特に、トーカ君、明日を楽しみにしているからね」
そう言うと、ギルドマスターは二階の執務室へと戻っていきました。
「トーカちゃん、明日以降はもっと気をつけてね!絶対、変なことを考えるのが出てくるから!」
そう言いますと、ティアナさんは私の顔をじっと見ました。
その言葉に、ヒサメとミリィは同意するようにうんうんと頷きました。私も、その表情で何となく察しまして、こくりと首を縦に振りました。
「それならいいけど。さて、これをどうしようかしらね。これじゃ、何があったのかと勘違いされるわ。みんな、この状況を可及的速やかに何とかするわよ!」
ティアナさんがそう言いますと、冒険者ギルドのあちこちから何人もの女性職員が出てきまして、いまだに野太い歓声を上げている男性冒険者の方々や黄色い歓声を上げている女性冒険者の方を、何人かで協力しながら休憩所の隅に引きずっていきます。
それを見た私は、ふと前世であった熱狂状態の、アイドルグループのファンを片付ける劇場の職員たち、という構図を思い出しました。
「さすがトーカね。普段荒事ばかりしている冒険者の男共も瞬殺だわ」
「これで、明日は拙者達の勝利でござるよ」
そう話す、ミリィとヒサメ。私は、ただただそれを見ているしかありませんでした。
「ああ、今頃冒険者たちをティアナ君たちが片付けている頃かな」
僕は、書きかけの書類から顔を上げて誰ともなく呟いた。
僕の脳裏にあったのは、甘い雰囲気の清楚な服装に身を包んだ獣人の少女と、つい先程彼女が起こした珍事の事であった。彼女は、この冒険者ギルドプラナス支部期待の新人であり、凍るような冷たい殺気を静かに放つ凄腕の冒険者だった。無口で無表情かつ気まぐれで自由気まま。それが彼女に抱いた僕の印象だった。そのため、僕は、彼女にはこのプラナスのために動いてもらおうと画策していたのだったが……。
「あんな表情をされたら、そうもいかなくなってしまうな……」
僕の姪と、冒険者ギルドプラナス支部に在籍する、現役の白金級冒険者の少女が直接の原因とはいえ、彼女があのような表情で、あのような仕草をするとは思ってもみなかったのである。
礼儀作法は粗削りといってもいいが、異国の貴族の深窓の令嬢といっても通用するであろう、その表情と仕草は、元貴族の僕でもかつて出会ったことのない美しさと可憐さであった。もし、僕が彼女の正体を知っていなければ、そう勘違いをしてしまうだろう。
今は花園で静かに花開き始めたところであるが、時が来れば、その花は大輪の優雅な花を開かせることだろう。そうなった場合に、果たして僕はそれに耐えられるだろうか。
思わず手をとって口づけてしまったが、貴族であればあの行為は、婚約者のいない令嬢を口説く時にする行為である。僕と彼女は年齢がそれなりに離れているため、見る者が見たら、その筋の趣味だと変に勘繰られてしまう行為だと後になって反省したのだが。
可憐で優雅に咲き誇る花には棘があると言ったのは、誰であったか。僕はその言葉をふと思い出した。
だが、それを手に入れる時に危険があるからこそ、人はその花を手に入れたいと思うものである。そして、そう考えるのは僕以外にもいるだろう。
「ティリウス聖王国の貴族の息のかかった者達も、明日来るだろうね。少し、彼らを牽制しておいた方がいいかもしれないな」
僕は、最近とみに獣人をはじめとした、人間以外の種族の排斥や弾圧を強めている隣国の事を思い出して、そう呟いた。可憐で清楚で、艶のある将来有望な少女。それが人間の貴族ではなく、獣人の冒険者であると知ったら、きっと彼らは彼女に手を出してくるだろう。メルキュール王国とプラナスが睨みをきかせてはいるものの、人間至上主義を掲げるルミナ教を国の宗教とし、その教会が強い権利を持つあの国である。貴族や教会、王家も含めて何かしらの行動はしてくるだろう。
「やれやれ。メルキュール王国には獣人の貴族もいるし、その流れを汲んでいる南の小国家群の王族や貴族たちにもそういった者達はいる。ティリウス聖王国の東、人の居住できない大森林地帯と山岳地帯を越えた先にあるコンロン帝国や、その先の海を越えた島国であるアキツ皇国では獣人が皇族をしていると聞く。彼らは、自分達が少数派であることを、いい加減自覚してほしいものだね」
そうひとりごちると、僕はティリウス聖王国の王都である、聖王都イスミリアの冒険者ギルドマスターへ直通になっている通信用魔導具に手を伸ばした。




