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第12話

神聖歴千五百二十年五の月二十五日。

私がこの世界に転生してきて十日が経った。私のファッションモデルデビュー――もとい、リオルイ服飾店から受けた依頼の新商品発表会まであと五日である。


この日、朝食をとって小鳥の宿木を出た私は冒険者ギルドに向かっていた。

この街の近所でできる金級の依頼を受けに行くためである。

この日の私は、神様のくれた洗濯機のおかげで新品同様にピカピカになった防具に身を包み、髪を一つの三つ編みにして、忍元結で端を縛り前に垂らすという髪形にしてみた。

少女生活も十日になるといろいろ慣れてくるもので、私も少しお洒落をしてみようかなという気分になってきたのである。

汚れのないきれいな防具を身につけて邪魔にならない程度にお洒落をするというのも、女性の冒険者としての嗜みだと、実際に自分でやってみて私は思った。

鼻歌を歌いながら、私は冒険者ギルドに向かう。私の心の中を表したのかしっぽがゆらゆらと揺れていた。


冒険者ギルドに着くと、私はまっすぐ依頼掲示板のところへ行った。そこには、数人の冒険者が依頼を吟味していた。私はそれを横目で見ながら、金級と白金級の依頼を探していた。


(金級の常時依頼はロックリザード討伐とイータープラント討伐。白金級の常時依頼はオーガ討伐とレッサーワイバーン討伐。白金級から魔物の有名どころが出てくるってわけね。これは少し気を引き締めないといけない)


私は心の中でつぶやきながら、依頼を見ていく。

その中で、一つの依頼が私の目に留まった。


(プラナス近郊の開拓村への行商人の護衛。往復二日、行商に一日の予定で、出発は北門から今日の昼十の鐘と同時……。そういえば、北の方には行ったことがない。往復に二日で中一日だから、休み日を入れても新商品発表会に間に合う。アイテムボックスの中に食糧はまだ入っているし、今は午前九時十分だから、出発までに時間はある。今回はこれにしよう)


私はそう決めると、その依頼を受けることを告げに受付カウンターに向かった。


「北の開拓村への行商人の護衛を受けたい。大丈夫?」

「あ、トーカさん。おはようございます。ええ、まだ時間もありますし大丈夫ですよ。それでは、この依頼受領書を持って集合場所に向かってください。依頼が終了しましたら、こちらの受領書に依頼人のサインを頂いて受付に提出してください。それで依頼完了となります」


受付カウンターに行くと、私は近隣の開拓村への行商人の護衛を受けることを話した。すると、受付のお姉さんは一枚の紙を私に渡した。そこには、依頼受領書と書かれており、依頼人の名前と依頼内容が書かれていた。依頼が完了したら、ここにサインをもらって来れば依頼完了となるようである。私は頷くと、それを折りたたんでウエストポーチにしまった。


「じゃあ行ってくる」

「はい。トーカさん、北の開拓村に続く道に最近盗賊が出るという噂が流れております。十分にお気をつけください」

「わかった。それでは行ってくる」

「はい。お気をつけて!」


私はお姉さんの声を背中に受けながら冒険者ギルドを出ると、依頼人の待つ北門へと急いだ。

冒険者ギルドを出ると、一度広場に向かい、そこから北に延びる大通り――北通りの人ごみをするすると避けながら北門に向かう。しばらくの間走ると、北門の前に止まっている一台の幌付き荷馬車と行商人と思しき人影が見えた。

私は、そこに駆け寄ると行商人と思われる少女に話しかけた。


「冒険者ギルドで護衛の依頼を受けた金級冒険者のトーカ。あなたが依頼人?」

「あっはい。私が依頼人です。主に北方面に行商をしている商人で、名前はフェルって言います。よろしくお願いいたします、トーカさん」

「ん。よろしく」


私は、フェルと名乗った栗色の髪の少女が差し出した手を握った。握手は大切な挨拶である。

円滑な人間関係。それが生活を豊かにしてくれることを、前の世界で、私は嫌というほど思い知らされていた。


「それで、護衛は私一人だけ?それでも構わないけど」

「それがですね。もう一人いらっしゃるのですが、今食糧を買いに行ってまして……。あ、来たみたいです!」


依頼受領書をフェルに渡しながら私が言うと、フェルがそう話した。

誰かを見つけたのか、フェルが指をさした方向を見ると、一人の娘が息を切らせながら走ってくる。

銀色の長い髪の、薄水色の内衣にハードレザーアーマーを身につけて腰に反りのある長い剣を帯刀した娘である。頭の上には三角形をした犬耳がついており、腰にはやや細長めのふさふさしたしっぽが揺れていた。背中にはやや大きめの背嚢を背負っている。


「お待たせしたでござる!いや、面目ない。拙者、食料と水を買うのをすっかり忘れていたでござるよ!」

「ヒサメさん、あまり遅いと置いていくところでしたよ!あ、そうだ。トーカさん、この方が一緒に護衛をしてくださるヒサメさんと言います」

「ん」

「おお、あなたは”氷の戦姫”殿ではござらんか!いやいや、今冒険者の中で噂になっているお方と同じ仕事ができるとはなんという僥倖!よろしくお頼み申すでござるよ!」

「その二つ名はやめて。恥ずかしい。私にはトーカという名前がある。できればそう呼んでほしい」


しっぽをぶんぶんと振りながら、にこにこと屈託のない笑顔を浮かべて話すヒサメに、私は半眼になって答えた。


「むう。二つ名は冒険者の誉れだと思うのでござるが……。わかったでござる。拙者、金級冒険者のヒサメと申す。トーカ殿、よろしくお願いするでござるよ」

「ん。よろしく、ヒサメ」


私はそう言うと、ヒサメの差し出した手を握った。その手を、ヒサメはぎゅっと握り返してぶんぶんと上下に振った。それと同時に、彼女のしっぽがぶんぶんと横に揺れる。それを見て、私は実家で昔飼っていた、ゴールデンレトリバーのマロンの事を思い出した。


「さて、もうお時間ですしそろそろ出発いたしましょうか」


フェルがそう言うと、教会の鐘が町中に鳴り響いた。それを聞いたヒサメは私の手を開放して頷いた。私も手をぷらぷらとさせながらこくりと頷く。

荷馬車の御者台にフェルが乗り手綱を振ると、荷馬車がゆっくりと動き出す。それに続いて、私とヒサメは歩き始めた。

北門の警備兵に冒険者ギルドカードを見せて門を出ると、北門の外には田園地帯が広がっていた。どうやら、プラナス周辺の近郊には一面の麦畑が広がっており、ここに畑を持つ農民たちはプラナスに居を構えていて昼間は自分の畑で作業をして、夕暮れとともに街に戻ってくるようであった。

私は、荷馬車の右横について街道を歩く。その右横をぴったりとヒサメがついて歩いていた。


「トーカ殿は猫種でござるな。拙者は狼種でござる。種族が違うとはいえ、同じ獣人の冒険者に出会ったのは久しぶりでござるよ」

「私は兎種のティアナさんと狐種のタマノさんにしか出会ったことはない。冒険者では会ったことはない」

「プラナスは鉄級から金級の冒険者に推奨される街でござるが、東側のティリウス聖王国が獣人の排斥を強めているからか、あまり獣人の者は近づかないのでござるよ。プラナスにはティリウス聖王国出身の冒険者も多いでござるからな。拙者の師匠が住んでいるメルキュール王国には、獣人は大勢居ったでござるよ。拙者の兄弟子や弟弟子、姉弟子や妹弟子にも獣人の者はいたでござる」

「なるほど。ヒサメはなぜプラナスに来たの?」

「お金を稼ぐためでござるよ。情けない話でござるが、修行の旅に出る際にこのカタナと鉢金を買ったら、修行の旅の足しにと師匠から頂いた路銀が底をついたのでござる……。それ故に、この街でしばらく級を上げながら、金策に走っていたのでござるよ」

「そう。それは苦労した様子」

「トーカ殿はどこの出身でござるか?」

「私はこの街からずっとずっと東に行った国の、山奥の里の出身」

「プラナスから遠く東というと、アキツ皇国でござるか?あそこには一度行ってみたいと思っていたでござるよ!カタナと小袖、袴といったサムライ垂涎の名品が安く買えるという話でござるからな。メルキュール王国では、サムライのための武具や防具が非常に高いのでござるよ……」

爪を噛みながら悔しそうにヒサメがそう言うと、私は心の中でアキツ皇国には絶対に行ってみようと思った。ヒサメの話を聞くと、どうやら日本と同じような環境の国であるようだ。そこならば、ジャパニーズソウルフードである、ご飯をはじめとした和食がそろっているはずである。

「そういえば、トーカ殿は何の職業なのでござるか?拙者が見たことのない武具に防具でござるな」

「私はニンジャマスター。アキツ皇国でサムライと並ぶ近接戦闘職。プラナス周辺で言うと、アサシンに近い」

「ほうほう。そう言えば、師匠がアキツ皇国にはニンジャという職業があると話していたでござる。でも、ニンジャは上位職のはずでござるが」

「私の里は山奥の隠れ里だったから。私はおじじ様からニンジャの免許皆伝ということで、ニンジャマスターの職業を授けられた。私の里の掟で、十三歳になった家を継がない子供は皆外の世界に旅立つことになっていたから、厳しく修行をした結果」

「おおう……。それは凄まじいでござるな。拙者も剣の道一筋で齢十六まできたでござるが、ようやくソードファイターからサムライに転職したのでござる。そこで師匠から許可を得て、修行の旅に出たのでござる。齢十三でとはトーカ殿はすごいでござるよ」

「私の里が変なだけ。他は違うと思う」


私がそう言うと、ヒサメは納得したような表情になった。


「そういえばフェル殿。拙者あまりよくない噂を耳にしたでござる。この街道に盗賊が出るという話でござったが……」

「私も聞いた。フェルはどうして行商に行こうと思ったの?」

ヒサメと私が御者台の上のフェルに聞くと、フェルは困ったような表情になって答えた。

「その噂は私も聞いているんですが、どうしても行かなくてはいけない理由があるんです。私は定期的に北の開拓村とプラナスを行き来しておりまして、プラナスで仕入れた生活必需品を北の開拓村に届けて、北の開拓村からボアの毛皮や塩漬け肉、エールを仕入れてプラナスで売って生計を立てているんです。この時期ですと、蜂蜜も仕入れますね。それに私が行かないと、開拓村の人が困ってしまいますし」

「それで冒険者ギルドに護衛の依頼を頼んだということでござるか」

「そうなんです。いつもと同じなら、何もなく行けると思うんですけど、不安で……」

フェルの言葉に納得したような表情になるヒサメ。そんなフェルに、私は気になったことを聞いてみた。

「フェル、蜂蜜があるの?」

「はい。高級品なので、あまり私たちの口には入ることはありませんが、富豪の方々や貴族の方々に人気がある商品なんですよ」

「なるほど」


私は、北の開拓村でどのように蜂蜜を採集しているのか気になった。地球で養蜂が始まったのは紀元前の事であるが、現代のような巣箱を用いた養蜂が始まったのが、西暦千八百年代後半になってからである。遠心分離機を用いて採蜜を行うようになったのもこの頃だといわれている。

蜂蜜が高価という話からすると、ミツバチが自然に作った巣を壊して蜂蜜を採集し、手絞りで採蜜を行っているのだろうと私は検討をつけた。


「蜂蜜でござるか。メルキュール王国でも高価でござったな。拙者、一度蜂蜜を使った焼き菓子を食したことがあるでござる。あれは誠に美味でござった……」


そう言いながら、ヒサメはとろんとした表情をして両手で頬を押さえた。おそらく、蜂蜜を使った焼き菓子の味を思い出しているのであろう。

私は、その様子を見てこの世界の蜂蜜に興味が出てきた。もし機会があれば、少しでもいいから手に入れようと思ったのである。

しばらく街道を進むと、目の前にははるか遠くまで続く平原が見えてきた。その先にはうっすらと青々と広がる森と、その先に連なる山岳地帯が見えてきた。


「私たちの目的地はあの山のふもとに広がる森と山の境目にあります。そこまであと半日くらいかかります」

「ん」

「承知したでござるよ」


私は歩きながら空を見上げると、太陽が中天を過ぎてやや西に傾いたくらいだった。そこでステータス画面をこっそり開いて時刻を見ると、午後一時三十七分となっていた。


「しかし、盗賊というのは噂の様でござったな。今のところそのような輩には出くわしてはおらぬし魔物も出現してござらん」

「今のところは、かもしれない。油断大敵」

「そうですね。では、一度道の脇にそれて休憩にしましょうか。馬もそろそろ休憩させたいですし」

「ん」

「承知したでござるよ」


私とヒサメは、フェルの言葉に同意すると街道から少しそれて平原の一角に移動して腰を落ち着けた。フェルが荷馬車の荷台から、樽に入った水を木桶に移して馬に水を飲ませているのを見ながら、私とヒサメは荷馬車の荷台の側に腰を落ち着けた。

ヒサメが背中に背負った背嚢から、クラッカー状の固い乾パンと干し肉、水筒を取り出すのを見ながら、私はアイテムボックスの中からサンドイッチとワイルドボアの串焼きの包み、ビン入りのリプルジュースを取り出した。

それを見たヒサメは、驚いたような表情で私に話しかけてきた。


「トーカ殿はコンテナ使いでござったか。てっきり近接攻撃職だと思っていたのでござるが……」

「これは魔法ではなく術。無限収納術という。私の里の者はみんな使えた。外の世界ではコンテナと言っているみたい」

「なるほど。アキツ皇国には魔法ではなく術というものがあるのでござるな。一つ勉強になったでござる。ところで……」


そう言ったヒサメの目は、私が手にしたワイルドボアの串焼きの包みにくぎ付けになっていた。

彼女はよだれを垂らして、鼻をひくひくと動かしている。耳はぴんと立ち、しっぽは左右に勢い良くぶんぶんと振られていた。

私はそれを見て大きくため息をつくと、ワイルドボアの串焼きの包みを解いてそこから二本ヒサメに手渡した。


「かたじけないでござるよ、トーカ殿!」

「別にいい」


私はそう言うと、ワイルドボアの串焼きにかぶりついた。私の隣では、ヒサメがしっぽを大きく振りながら嬉しそうな表情でワイルドボアの串焼きを頬張っていた。

私は、結局サンドイッチ三個とワイルドボアの串焼きを二本食べてリプルジュースを一本飲み干した。私がリプルジュースを飲んでいると、ヒサメが物欲しそうな表情で、指をくわえてそれを見ていた。それを目にした私は、黙ってリプルジュースを一本彼女に渡した。

昼食を取ってしばらく休憩した後、私たちは街道に戻って北の開拓村へと歩き始めた。


休憩後しばらく歩くと、街道を歩く目の前に山のふもとの青々とした森が広がってくる。街道は森を掠めるようにして続いているようであった。

その時、私のスキルである、周囲警戒・真が周囲の異常を感知した。私は立ち止まるとそのままマップを展開して敵性反応を確認する。それと同時に、五感を駆使して周囲の気配を探った。両耳が周囲の音を探り、感覚を研ぎ澄ませて風の流れと臭いを感じ取る。


「どうしたでござるか?」

「敵。数は多数。森の中にいる」


急に立ち止まった私に、怪訝そうな表情で聞いてくるヒサメ。私は彼女に短く要件を告げると、ヒサメの表情が鋭く研ぎ澄まされていくのを感じた。


「フェル殿。危ないから荷馬車の中に入っているでござる」

「まさか!噂は……」

「どうやら本当みたいだったでござるな」


ヒサメがそう答えた次の瞬間、森の中から矢が私たちめがけて飛んできた。私はそれを避けながら、矢が飛んできた方向に向かって手甲の中に潜ませてあった八本の苦無を投げつける。ヒサメも、荷馬車と自分に向けて放たれた矢をカタナで打ち払っていた。蛙の潰れたような声がすると、目の前の森の中から薄汚れた革鎧を身につけて思い思いの武器を手にした数人の男たちと、それを束ねていると思われる、手下達よりは上等な武器と防具を身につけた四人の男女が私達の目の前に現れた。


「俺達はアックジュー盗賊団だ!命が惜しかったらその荷馬車の中の物を置いていくんだな!!」


アックジュー盗賊団と名乗った一団のリーダー格と思われる、巨大で武骨な両手持ちの剣を背負った大柄な男がそう言うと、手下と思われる男たちが下卑た笑みを浮かべる。


「断るでござる!盗賊に身を落とした下郎にそう言われる筋合いはないでござるよ!!」

「お断り。こっちも護衛依頼の途中。誰であろうと邪魔するなら叩き潰す」


凛とした表情を浮かべて言い放つヒサメの横で、私は殺気を駄々漏れにして淡々と言い放った。

そんな私たちの態度を見て、大柄な男が唾を飛ばしながらがなり立てる。


「そうかい!てめぇら、やっちまいな!!このお嬢ちゃんたちに世の中のルールってやつを教えてやれっ!!」


男が指示を飛ばすと、手下と思われる男たちが私たちめがけて駆けてくる。その奥で、魔法使いと神官と思われる男女が魔法の詠唱に入っていた。


「ヒサメ、雑魚は任せた」

「任されたでござるよ!!」


ヒサメに言うと、私は手下達の上を飛び越えて幹部と思われる男女に肉薄する。手下達を飛び越えて着地した瞬間、幹部達を光の膜が覆う。防御魔法であることを察知した私は、それに舌打ちをすると、魔法を使ったと思われる神官の女に急接近し、その心臓を忍刀で一突きにした。

私が忍刀を抜くと、血反吐を吐きながら女が地面に倒れる。その瞬間、魔法使いの男の詠唱が完了し、太く長い氷の槍が私めがけて高速で射出された。


「よくもルーミスをやってくれたな!喰らえ、フリーズランス!」

「トーカ殿!!」


魔法使いの男の声とヒサメの悲鳴が重なる。私はにやりと笑ってその氷の槍を真正面から受け止めた。すると、氷の槍は私にぶつかった瞬間に粉々に砕け散った。

この世界の冒険者の能力は、アルトンと愉快な仲間たちとの決闘を経験したことですでに私の中である程度予測はついていたのである。だからこそ、このような芸当ができるのであるが。

それに、ゲームの中とはいえ、高難易度ダンジョンをソロでクリアできる程度の私の体である。アイテムを駆使しながらではあるが、ボスの理不尽な威力の攻撃にすら耐えきったというのに、この程度の魔法攻撃では私の魔法防御力を貫通することはできるはずがなかった。

そのまま私は魔法使いの男に肉薄すると、忍刀で魔法使いの汚い首を真一文字に切り裂いた。忍刀を振りぬくと、勢いよく頭と胴体が離れる。愕然と絶望の表情を浮かべた頭が地面に落ちると同時に、首から血しぶきをあげながら胴体が地面に崩れ落ちた。


「なんだよ!なんなんだよお前は!!こんなの俺は聞いていない!聞いていないぞ!!」


そう吠えながら、残り一人となった幹部の大男は激高する。

落ちぶれたとはいえ、元冒険者である。しかも、こちらは手下を合わせて十数名いるのに対して、荷馬車の護衛は冒険者の年端もいかない獣人の少女二人である。勝てない道理はなかったはずだ。それなのに、自分以外の仲間はあっさりと目の前の獣人の少女に殺され、手下達はもう一人の獣人の少女に切り伏せられていた。

狂乱状態となった男は背中に背負った両手持ちの大剣を抜き放って、私に向かって突進してくる。

私はそれを舞うようにかわすと、流れるような動きで忍刀を男の両腕と両足に滑らせた。

私と男がすれ違った次の瞬間、男の胴体から両腕と両足が滑り落ちた。

両腕と両足のあった場所から血しぶきをあげて大きな音を立てながら地面に倒れる男の胴体。私は、その男に近づくと足で上を向かせて冷酷な眼差しで睨みながら口を開いた。


「私達を狙ったのはなぜ?」

「……」


黙って何も言わない男に舌打ちをしながら、私は男の足のあった場所を思いきり踏みにじりながら、再び問いかけた。


「私達を狙ったのはなぜ?」

「北……の開拓……村に……行かせない……ためだ……」

「そう。あなたたちはこれだけの数じゃないはず。本拠地はどこ?」


今度は、男の股間を軽く踏みながら問いかける。すると、大量に血を失ったのと男のシンボルを踏みにじられているためか真っ青な顔をして男は口を開いた。


「教え……る……も……の……か……」

「そう。じゃあばいばい」


そういうと、私は男の心臓に忍刀を思いきり突き立てた。がくがくと痙攣して、男の動きが止まる。

私は、ふうと息を一つ吐くと忍刀を抜き血払いをして鞘に納めた。


「トーカ殿!無事でござるか!?」

「ヒサメ、私は大丈夫。それよりあなたとフェルは?」

「拙者もフェル殿も無事でござるよ!しかし、一人でこれだけの盗賊を仕留めてしまうとは、トーカ殿はさすが”氷の戦姫”と呼ばれるだけはあるでござる!正直に申すが、拙者トーカ殿の殺気で少し粗相しかけたでござるよ……」


顔を赤らめて、恥ずかしそうに言うヒサメ。彼女のそのような表情を見て、私はため息をついた。


「それよりも、盗賊はこれだけなのでござろうか……」

「おそらく、まだ残党はいる。何より、見かけは大きいけれどコイツは頭目じゃない。頭目は誰も手の届かない場所で事態を見守っているはず」

「そうでござるか……。それは厄介でござるな」

「とりあえず、北の開拓村で盗賊を引き渡した方がいい。私は、盗賊の死体を無限収納術で収納してくる」

「そうでござるな。放っておくと不死の魔物になる恐れがあるでござるし……。そちらは任せたでござるよ。拙者は息のある手下を縛ってくるでござる」

「ん」


私とヒサメはそう話すと、手分けして事後処理に入った。

アイテムボックスに街道に散乱している盗賊の死体と装備を入れ、森の中で倒れていた盗賊の仲間のハンターと思われる死体から眉間と首、胴体に突き刺さっている八本の苦無を回収して、全部の苦無とその死体もアイテムボックスの中に入れると、私は街道に戻った。

街道に戻ると、ちょうどヒサメが盗賊の手下たちの両手を縄で数珠つなぎにして荷馬車の後部にある台の柱に括り付け終わったところであった。


「ヒサメ、こっちは終わった」

「こちらも完了でござるよ!」

「トーカさん、ヒサメさんありがとうございます。おかげで私も馬も積荷もすべて無事でした」

「ん」

「これが拙者の仕事でござるから、気にしないでござるよ」

「では、時間がかかってしまいましたので少し早めに向かうことにしましょう」

「ん」

「了解したでござる!」


フェルの言葉に私とヒサメは同意すると、街道を北の開拓村に向かって、やや歩を急がせながら足を進め始めた。

数珠つなぎにした盗賊の手下を連れて、私とヒサメは荷馬車を挟むようにして陣形を整えた状態で進んでいく。荷馬車の左側は私、ヒサメは右側である。両側からの襲撃を警戒したための対策である。

街道の左側にはまだ青々とした森が広がっているし、街道の右側が開けた草原である。

森で単独狩猟をしながら生きる生物である猫と、草原で群れを作り狩猟をしながら生きる生物である狼。その生物的特性を考えた結果の陣形である。

この世界で生きる獣人には、それぞれの生物的特性が備わっていることは、転生してきた際に授けられた知識にあった。私の肉体が優れた瞬発力と柔軟性による、しなやかで素早い動きを軸に隠密行動に適しているのに対し、ヒサメの肉体は優れた嗅覚と聴覚で広範囲の索敵と、優れた持久力で敵を追い詰めるのに適していた。


「フェル、北の開拓村まであとどのくらいかかる?」

「何もなければ、あと一時間といったところだと思います」

「何もないといいでござるな」

「本当にそう思う」


私達はお互いに苦笑すると、やや歩く速さを速めて街道を進んでいく。

やがて、日も傾き夕日があたりを照らすころ、私たちの目の前に小さな村が見えてきた。


「皆さん、あそこが北の開拓村です!もう少しですよ!!」

「ん」

「わかったでござる」


私達は数珠つなぎの盗賊たちを引きずりながら街道を開拓村に向かって歩いていった。


開拓村に到着した私たちは、開拓村に駐屯しているプラナス警備隊に盗賊の件を伝えてここまで引きずってきた盗賊の手下達と、盗賊の幹部と思われる死体を引き渡すと、それと引き換えにプラナス警備隊発行の盗賊討伐証明書を受け取った。これを後日冒険者ギルドに持っていくと、報奨金が受け取れるということと、冒険者昇給依頼回数が加算されるとのことであった。

駐屯所を後にした私たちは、まずはフェルの定宿に宿泊することにして部屋を取った。

女性三人のため、大部屋を一つ取ることにした。宿代は、護衛を依頼したものが払うということだったので、宿泊代金の出費が出ないのはありがたかった。

部屋に案内された私たちは、まずそれぞれのベッドを確保するとそこに腰かけてほっと一息をついた。


「何とか、北の開拓村に到着することができました。ありがとうございます」

「トラブルはあったけど、あれくらいは平気」

「そうでござるよ。それが拙者たちの仕事でござるからな。それに報奨金が得られたのは僥倖だったでござる」

「そういえば、ヒサメさんは防具を整えるためにお金が必要なんでしたよね」

「そうでござる……。早く、師匠みたいに小袖と袴を身に着けたいでござるよ」

「ヒサメがんばれ。ヒサメの戦闘スタイルは機動性重視?」

「そうでござる!拙者の学んだ流派は一撃に全てをかけることを信条としているでござるからな。素早い動きができないといけないのでござるよ」

「そうなると、軽量かつ丈夫な鎧と内衣の組み合わせか強化処理を施した小袖と袴がベスト」

ヒサメの話を聞いた私がそういうと、ヒサメは驚いたように目を見開いた。

「そうでござる。だが、なぜそこまで詳しいのでござるか?拙者が拝見したところトーカ殿の防具は布と革で作られているようでござるが……」

「これでも私、鍛冶と木工と裁縫、料理と製薬の免許皆伝者。里では神匠と呼ばれてた」

「なんと!トーカ殿は随分多芸でござるのだな……。それならば、武具と防具に精通していてもおかしくはないでござるな。トーカ殿の言う通りでござる。拙者もそう思っていたのでござるが、そこまでの品というとやはり高価になってしまうのでござるよ……」

そういうと、ヒサメは耳をぺたんと垂らしてため息をついた。

「アラクネ糸で織った布で作ったものはどう?強化処理は後で施せばいいから、まずは安いものでもいいと思う。防御能力は鋼鉄製の鎧にも匹敵するというし、比較的安価な物でも、十万フラウ前後と聞いた」

「小袖と袴のデザインがないでござるよ……。あれは、ウィザードやプリーストといった魔法職が身につけるローブに使われるでござるから」

「防御能力を考えると近接職にも需要はあると思う。それに、あの糸で織った布を使った服の着心地は最高だった。下着も含めてアラクネ糸で織った布にすれば、重要部分の防御能力は上がると思う」

私がそう言うと、フェルが私の肩を掴んでググッと顔を寄せてきた。それに続くように、ヒサメも鼻息荒く顔を近づけてくる。

「どこで着たんですか?トーカさん!もしかして……」

「トーカ殿!その話をもっと詳しく聞かせてほしいでござるよ!」

「二人とも顔が近い……」

「ごめんなさい」

「す、すまなかったでござるよ」


私がジト目になって言うと、二人はすっと離れた。


「あのですね、私は行商人ということもあって商業ギルドに加入しているのですが……。今月末にある商業ギルド主催の新作発表会の広告とカタログを、特別に今朝頂いてきたのですよ。それでですね、これなのですが」


そう言って、傍らの超大型リュックサックから一枚の広告と一冊のカタログを取り出し、部屋のテーブルに広げるフェル。それを覗き込んだ私とヒサメの目に、黒い生地で作られたドレスを着た一人の猫耳少女の写真が映る。


「これが、リオルイ服飾店という女性冒険者御用達の服飾店が今回発表する新作の広告なのです」

「おお……。なんと可愛らしいお嬢さんでござるな。まるで天使の様でござる。それにこの服、一見地味ではあるが、多数のフリルとレース、リボンが非常にいいデザインでござる。このお嬢さんの愛らしさを十二分に引き立てているでござるよ」

「私もこれを見て感動いたしました。それでですね、この方の顔、どこかで見たことがあるなと思ったんですよ!」

「確かに。拙者もどこかで見たことがあるでござるよ」

そういうと、二人は私の顔をじっと見る。私は半眼で黙ってその視線を受け止めた。

「トーカさん、この方にそっくりですよね?」

「うむ。フェル殿、拙者もそう思っていたところでござるよ」

「……」

「トーカ殿、だんまりはいけないでござるよ。拙者の鼻は利くでござるからな」

「このことは他言無用。二人ともいい?」

「わかりました」

「サムライの誇りにかけて誓うでござるよ」


二人の雰囲気に負けた私がため息を深くつきながら言うと、二人は大きく頷いた。

諦めたような表情をして、私は事の経緯を、ヒサメとフェルに説明し始める。


「このモデルは私。リオルイ服飾店の指名依頼でモデルをした」

「なるほど!それで、この服の着心地はいかがでした?」

「非常に良かった。この服はアラクネ糸で織られた布を使っている。王侯貴族のご令嬢や富豪のお嬢様向けと言っていたから、冒険者の衣服にも転用できると思う」

「おお!それはすごいでござるな!ということは、拙者の小袖と袴もこれで作れば」

「機動力を損なうことなく鋼鉄の鎧並みの防御力を得られる。強化するか、それとも軽量で機動性が高く丈夫な鎧を組み合わせてもいい」


私がそう言うと、ヒサメは真剣な表情で私を見て言った。


「トーカ殿!ぜひ、この店の店主殿に会わせてはくださらんか?拙者の小袖と袴も頼みたいのでござるよ」

「それは大丈夫。時間ができたら、小鳥の宿木という宿に来てほしい。一緒に行ってあげる」

「約束でござるよ!これで拙者も小袖と袴を身に着けることができるでござる!」

「ん」


私が言うと、ヒサメは耳をぴんと立てながら、しっぽを大きく左右にぶんぶんと振って嬉しそうな表情を浮かべた。


「しかし、トーカ殿はこのような表情もできるのでござるな。”氷の戦姫”という二つ名は戦闘時のトーカ殿を表しているのであろうな。あの殺気は身も心も凍るような思いがしたでござる」

「トーカさんは非常に可愛らしいです!私も新作発表会に伺わせていただきますね」


きゃいきゃいと笑顔を浮かべて話す二人。年頃の娘のかしましい雰囲気に押された私はため息を吐いた。私達の部屋のドアがノックされたのは、そんな時だった。


「はい。どなたですか?」

「村長のウィルです。フェルさん、少しお話があって伺ったのですが」

「はい、今開けますね」


そう言ってフェルが立ち上がり、部屋のドアの鍵を外して扉を開くと、部屋の外には壮年の男性が立っていた。筋骨隆々としたがっしりとした体つきの彼が、この開拓村の村長であるらしかった。


「村長さん、どうなされたんですか?」

「はい。フェルさんと、護衛の冒険者様方にお願いがあるのです」


部屋に入ってくると、空いていた椅子に腰かけた村長さんは私たち三人を見回して口を開いた。


「フェルさん、実は花園にジャイアント・ビーが巣を作ってしまいまして、予定していた採蜜が行えていないのです。今まで得られた蜂蜜は、いつもの量の半分の量にしかなりませんでした」

「それは……。困ったことになりましたね。駆除の依頼は出したのですか?」

「駐屯地の方々が総出で討伐に向かったのですが、予想よりも巣が大きくて討伐計画が頓挫してしまったのです。不躾なお話だと思いますが、護衛の冒険者様方にジャイアント・ビーの駆除をお願いしたいのです!」


話しながら深々と頭を下げた村長さん。私は、それを見て心の中でジャイアント・ビーを何とかしないと蜂蜜を購入する計画が暗礁に乗り上げてしまうと思った。それに、ジャイアント・ビーは驚異的な魔物であるが、魔物図鑑に書いてあった項目を参考にするならば、それ以上に得られる素材と蜜が魅力的なのである。


「どうしますか?トーカさん、ヒサメさん。私としても、このままだと蜂蜜を仕入れることができなくなってしまいます」

「ううむ……。村長殿、巣の大きさはどのくらいなのでござるか?」

「大きさは約五メルだとのことです」

「五メルでござると!?それでは金級冒険者のパーティーで事に当たる事になるでござる!おそらく数は五十匹以上はいるでござるよ!」


驚いた表情で叫ぶヒサメ。ジャイアント・ビーが驚異的と言われる所以は、圧倒的な数と個々が持つ毒針があるからなのである。魔物図鑑によると、回復魔法と解毒魔法を使えるプリーストを伴ったウィザードが火炎魔法で焼き尽くすか、氷結魔法で凍らせるかが一般的な駆除の方法であった。近接攻撃職にはいささか分の悪い相手なのである。

だが、一匹の大きさが小型犬くらいになっても所詮ミツバチはミツバチである。策を弄すれば十分勝機はあると踏んだ私は、村長さんに声をかけた。


「私が駆除する。駆除の方法は正攻法で行っても無理。だから、作戦がある」

「作戦ですか?」

「村長さん、ジャイアント・ビーが巣を作ったのは木の洞の中でいい?」

「はい」

「ん。花園の場所はどこ?」

「花園はこの村の北の入り口から少し進んだ場所にあります。街道沿いですので、すぐにわかると思います。ジャイアント・ビーが巣を作ったのは、花園の中にある一番大きな木ですね」

「ん。わかった。早速行ってくる。ジャイアント・ビーの素材と蜜は全部私がもらうのでいい?」

「はい。私どもはそれで構いません。ですが……」

「平気。私に任せて」


私はそう言うと、部屋を出てジャイアント・ビーの巣のあるという花園に向かった。


村の北門から外に出ようとしていた私の背後から、ヒサメの声がした。

私はそれに振り返ると、私を追って来たのかヒサメが息を整えながら背中の大量の革袋を背負いなおした。


「トーカ殿!待つでござるよ!」

「ん?ヒサメ、どうしたの?」

「どうしたではござらんよ!いくらトーカ殿の実力を知っているとはいえ、いささかこの件は分が悪すぎるでござる!」

「勝機があったからそれに賭けただけ。それに、里でジャイアント・ビーの駆除は何回もしたことがある」

「そうなのでござるか?」

「ん。それに、ジャイアント・ビーは素材と蜜が魅力的。外殻は火に弱いという欠点はあるけど、武具や防具の素材になるし、大量の蜜は濃厚美味で滋養強壮に優れている。巣は高級蜜蝋の材料になる」

「そうではござるが……」

「ヒサメは夜目は利く?」

「猫族よりは利かぬでござるが、普通にカタナを振るう分には問題ないでござるよ」

「ん。ならついてきて。数が多いから手を貸してほしい。素材と蜜は山分けにする」

「おお!それはいいでござる!!素材を入れる革袋は、この通り村長殿から頂いたでござるからな!」


そう言うと、ヒサメはしっぽをぶんぶんと振りながら私の後をついてきた。

こうして、私はヒサメと一緒にジャイアント・ビーの駆除作戦を開始したのである。

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